お色気侯爵様と妖艶魔女の婚約
魔法属性を主張しすぎる程に主張している真紅の髪の毛は華やかに巻かれ、同じく属性と同じ赤の目は長い睫毛が縁取る中で美しく煌めいていた。
建国を祝う年に一度の祭りは三日間行われ、国中の人々が王都に集まるのは毎年恒例の事であった。
しかも、今年は騎士団の中でも魔道部隊が北の山に住み着いて甚大な被害をもたらそうとしたネームドのドラゴンを討伐したというめでたい話もある。
他国を蹂躙したドラゴンを国に入れてはならないと先陣を切って駆け付けたのが、魔道部隊第一部隊長ロザリンド・フィオルデンで、氷の攻撃をしてくるアイスドラゴンとの相性が良かったのもあり、最初から最後までロザリンドの独壇場であった。
二年前、ロザリンドが十八歳の時、彼女はとある男性と婚約をした。
ローレンス・ガルダシア。二十三歳にして侯爵であり、類い稀なる美貌の持ち主。結婚相手どころか婚約者すらいない、未婚令嬢が血眼になって縁を結びたがるような男がロザリンドの婚約者となった。
艶やかな黒髪は前髪は少し長めだが全体的に短く、神秘的な紫の目は切れ長で、口元の横にある黒子が男ながらに色気を生み出していた。
背が高く体格も良く、顔良し、家柄良しの全てが揃っているローレンスを狙う女はとても多すぎるほど多かったが、ロザリンドとの婚約が発表された時は至る所の貴族家で絶叫、慟哭、悲鳴が上がったという。
滴る様な色気を持つローレンスと艶やかで男の欲を掻き立てる色気を持つロザリンドの組み合わせは、それはもう様々な反響を呼んだ。
いやらしい下品な体で籠絡した。
百戦錬磨の技術であの魔女を落としたのだろう。
出会った日に体の相性を確かめたのではないか。
という下世話で品の無いものから。
二人並んでるだけで空気が変わる。
見てるだけでドキドキしちゃう。
下手な女に取られるくらいなら文句つけられない美人の方がマシ。
顔が良いからいつまでも見てられる。
なんてものまであった
そんなロザリンド・フィオルデンが魔道部隊に入ったのは十五歳の時であったが、この時から彼女は注目を浴びていた。膨大で強すぎる炎の魔力を持つ魔女として、というものよりも彼女の外見があまりにも大人びていたという方で目立っていた。
同年齢の令嬢達に比べても顔立ちが大人びている事に加え、豊かな胸元とハリのあるお尻に対して引き締まったウエストは成熟した大人の色気を持っていた。まだ十五歳なのに。
その所為で洒落にならない事件が起こり、新入りの場合は第五部隊から始まるものだが、ロザリンドの身を守る為に第一部隊所属になったのは有名な話である。
ロザリンドは十七歳の時に単独で三体のネームドモンスターを討伐した功績により男爵位を授けられた。元々は伯爵家の生まれのロザリンドだが、先祖返りの強い魔力を持って産まれた事が彼女の不運だった。
母の血筋に炎の魔法使いがいたのだが、数代は魔力なしが続いていた事もあり、血筋に魔法使いの素養があると母は忘れていた。
そんな中で生まれた両親に似ないロザリンドの赤髪と赤目で父は母の不貞を疑った。母は否定した上でロザリンドを拒絶し、離れで最低限の養育をされただけで放置されていた。
結局、母方の祖父母がロザリンドが十歳になって屋敷を訪問した時に真実がきちんと伝わったが、十年間放置されて顔もまともに見た事の無い両親に何の感情もなかった。
膨大な魔力を制御する方法も教わらなかったロザリンドは人への関心がほとんど無く、笑う事も話すこともしなかった。離れで一人で生きていたロザリンドは言葉を知らなかったのだ。
あまりの惨状に祖父母が怒り狂い、ロザリンドを連れ、伯爵家と絶縁をした。実の娘相手でも許さず、侯爵家から切り捨てられた伯爵家の末路は察して然るべきだろう。
当時、侯爵であった祖父母に連れて帰られたロザリンドは言葉を覚えるところから始め、三年で文字の読み書きと会話が出来るようになった。
そして二年かけて魔力制御を覚えて魔法も習得して十五歳になった時に家を出て魔道部隊に入ったのは、祖父母は優しかったが、伯父夫婦が跡取りとして住んでいて、妻の方に毛嫌いされていたからである。
侯爵家から出て行った義妹が産んだ子供には強すぎる魔力を持つ子供が産まれたのに、己の子には出なかったと突きつけられたからである。
そしてその子供達は母親の感情に敏感で、祖父母の目の無いところで嫌がらせをしてきた。
最初の頃は理解出来なかったが、ある程度物事が分かるようになると嫌がらせだと理解出来た。それだけでなく、体の成長が早かったロザリンドを上の従兄が女として見るようになり、身の危険を感じたのもあった。
魔法を教える教師の魔女が、ロザリンドの外見が齎すトラブルを予期していて教えこんだのが功を奏し、情緒は育ちきっていないながらもある程度は理解出来て逃げる道を選んだ。
爵位を与えられると言うのは独立を許されるということで、引き止める祖父母を説得してロザリンドは侯爵家から籍を抜いて男爵となった。
第一部隊の者達は事件をきっかけにロザリンドが見た目とは裏腹に中身はまだまだ子供だと理解した上で、彼女の身の上を踏まえて根回しをした。
まあ、ネームドモンスター討伐はロザリンドの実力である事には間違いなく、彼らがしたのはロザリンドが一人でも生きていける手段を得る事だけだが。
バックグラウンドが割と重たいロザリンドだが、ローレンスも負けてはいなかった。
ローレンスは美男美女と名高い両親から生まれた美貌の持ち主で、母親に似た艶やかさは幼いながらに女性を魅了した。彼には魔力がこれっぽっちも無かったのに、あまりにも人の目を引いたので検査が行われた程だ。
彼の不幸はその美貌で、十二歳になったばかりの彼の部屋にメイドが忍び込み襲おうとしたのだ。
あまりの驚きと恐怖で叫んだ事で事態は発覚し、メイドは水面下で処分されたがこの一件は始まりに過ぎなかった。
何かあれば直ぐに体で籠絡しようとする女達にローレンスは女性への恐怖を増していった。
彼が十六歳の年、両親が馬車の事故で亡くなった。しかしこれは事故に見せかけた殺害で、親戚の令嬢がどうしてもローレンスと結ばれたかったのに侯爵夫妻が取り合わず、令嬢の両親が侯爵家の乗っ取りを画策した事と令嬢の望みから侯爵夫妻を殺した。
杜撰な計画は直ぐに露呈して親戚一家は処刑された。
若くして侯爵を継いだローレンスを狙う者は令嬢だけでなく、親戚を名乗る者達もで、遂には王家が乗り出して表面上は沈静化した。しかし、ローレンスの妻の座は空席のままで狙う者は常にいて、ローレンスは社交をやめてしまった。
女性への恐怖を植え付けられた彼だが、貴族として後継者を残さねばならずその悩みを持ったまま月日が流れ、彼が二十三歳になった年に王家から一人の女性を紹介された。
社交は最低限も最低限しかしていないローレンスでも知っている『紅焰の魔女』ロザリンド・フィオルデン。功績により男爵位を有する魔道部隊の第一部隊副隊長で妖艶な魔女として有名だった。
女性への恐怖があるローレンスに紹介するには圧倒的に間違いだと彼自身が思っているのに、紹介者である国王は「大丈夫だ」と何故か自信満々だった。
ローレンスの屋敷にいるのはローレンスの美貌に惑わされない鍛え上げられた少人数だけで、その中でも執事のヨゼフは父の代からガルダシア侯爵家を支えてくれていた有能な人物である。
そのヨゼフが短期間でロザリンドについて調べ上げてきた報告を受けたローレンスは頭を抱えた。
彼女は第一部隊が厳重に囲っている事もあり、噂しかないのだが、性に奔放だとか男を侍らせているとかそんなものばかりであった。
ただ、三年前に事件があり、それは揉み消されたらしく詳細は分からないまでも彼女が団員に襲われた、という話が残されていた。当時の彼女はまだ十五歳でしかなく、多くの噂に紛れ込んだその話を聞いたローレンスは少しばかり心を痛めた。
自身にも同じ経験があるが、望んでもない欲望に晒されるのは恐怖しかない。
全ては噂の域を出ないので真実かもわからない、とヨゼフも断定は避けていたので、一度だけ国王の顔を立てて会う事にしたローレンスは、思い込まなくて良かったと後から何度もその時の事を思い返す事になる。
「ロザリンド、フィオルデン、です」
「ローレンス・ガルダシアと申します」
大きな目は目尻が垂れ下がっていて、少し伏し目になるだけで雰囲気が変わる。ぽってりとした唇は口紅を塗っているのか赤いが下品とは思わない。はっきりとした顔立ちとメリハリのある体付きなのは見てわかるが、どこか雰囲気に違和感がある。
同席していた国王はにやにやと笑い、第一部隊の隊長は困り顔をしている。そして見合い相手のロザリンドは微笑みながらも目の焦点が合わないというか、あちらこちらを彷徨っている。
「あー、ローレンス。ロザリンドは子供だと思え」
「は?」
隊長のアドルフ曰く、ロザリンドは子供の頃にまともな育ち方をしていなかったのに体の方が育ってしまい、外見と内面が釣り合っていないのだという。
戦闘に関しては圧倒的なセンスがあり、またその強さから単独行動が許されているのと、時間をかけて関わりあったので第一部隊の隊員だけは慣れたし、子供のように対応しているのだという。
一応十歳から十二歳程度の情緒にはなっているようだが、その外見から男を無駄に引き寄せるので常に隊員と行動を共にしていたところ、男狂いと噂されるようになったという。
男が好む見た目と、自身で手に入れた爵位、それに高い報酬もあり彼女を狙う男は多い。しかし中身がこれなので結婚するにしても相手を選ばないとろくな事にはならない。
「三年前に事件があってな」
「詳細が分からなかったのですが」
国王が深い溜息を吐きながら教えてくれたのは、王家が全力で揉み消した醜聞。
王妃の甥が魔道部隊に所属していて、王妃の甥という立場でロザリンドに迫り襲いかかったのだという。その甥は当時29歳。妻子がいるにも関わらず十五歳の少女を襲った事は当然問題だが、ロザリンドは魔法の教師から「男の人が襲って来たら遠慮せずに魔法を放ちなさい」と入念に言い含められていた。
そしてロザリンドは遠慮せずに魔法を放った。ロザリンドの適性魔法は炎である。そして膨大な魔力を持つ彼女の生み出した魔法は爆発を起こした。
幸いにして相手は生きていたが、ロザリンドの乱された服や、中途半端にずり下がったトラウザーズ、そして号泣しているロザリンドを見た女性隊員が直ぐに状況を察して男を捕縛した。
見た目こそ大人びていても年齢は子供で中身は更に幼い、そんなロザリンドを襲うなど許されるはずもなく。しかし王妃の甥という立場は厄介だった。
幸いなのは、男の妻が子供に手を出そうとしたと言う事実を心底軽蔑し、拒絶した上、罪を償わせると言ったことだろうか。
謝罪の為にロザリンドに対面した妻が、見た目に反してあまりにも幼い彼女の生い立ちを知って同情したのが大きかった。
世間体というものと王妃の甥とは言っても、王妃の母親が異なる姉の子で名前を散々使ってきた愚か者であり、そんな者の為に王家の名を貶められたくなくてロザリンドの許しを得て徹底的に揉み消し、ついでに男も表舞台から消えた。
そんな事件もあり、ロザリンドの庇護者を増やしたいがまだまだ心が成長していないので待てるだけの人間で王家が仲介出来るのがローレンスだった。
「おじさま、この人は、怖くない人?」
「そうだよ。この人もロザリンドのように、女の人に怖い思いをさせられてきたからロザリンドの気持ちを分かってくれるよ」
いい歳したおじさんが見た目だけは美女に向かって甘やかすような話し方をするのは中々に見ていてきっついな、とローレンスは思ったが口に出さないだけの理性はあった。
「えっと、お兄さん、女の人、怖いの?」
何度も言うが、見た目は妖艶な美女なのにあどけない幼子のような話し方のギャップにローレンスは警戒心とか恐怖心よりも庇護欲をそそられた。
信頼出来る使用人はいても結局は一人で戦わなければならなかった過去を持つローレンスには他人事のように思えなかった。
「ロザリンド嬢、私とお友達として婚約しませんか?」
「お友達っ!いいよ!」
と、まあこんな感じで婚約をした二人だが、片や女性は苦手な男、片や中身は幼子な女で手を繋ぐのも中々に難しい。
ローレンスは中身が子供とわかっていても肉体は見事なまでの女性で本能的に震えが出てしまう為だ。嫌いな訳では無い。寧ろ好感を持っているからこそ迂闊に触れる事が恐ろしい。
ロザリンドは周りから「男の人と簡単に触れ合ったらダメだよ」と教わって来たのと、かっこよくて綺麗なお兄さんだなぁ、と思ってちょっと照れてしまったからで。
まあ、そんな訳で周りの悲鳴とか絶叫とか評判とか全く気にせず婚約した二人は、結婚式はあまり急がなくても良いというか、隊長の引退に伴いロザリンドが隊長となる為、直ぐに結婚は難しいと言うこともあり、ロザリンドが二十歳になってから、と決まっていた。
どちらも結婚を望む者が後を絶たないので、二人の仲は良好だと見せつけろと国王に命令されて、それなりに大きな夜会などには参加しているものの、踊ることは無い。
ロザリンドを囲う第一部隊の隊員が周囲からの接触を阻んでいる中、ロザリンドが取り敢えず笑っていれば良いと言われるままに笑いながらローレンスに耳打ちし、ローレンスが微笑みながら耳もとで囁く姿は踏み込んではいけない色気に溢れている。のだが、二人の会話は至って健全だ。
周りが騒がしいのと、耳打ちするといいですよ、と仲の良い隊員に言われたロザリンドが素直にそれに従ってるだけだし、ローレンスは国王の狙いが分かっているからそれに便乗しているだけで。
婚約して一年も経たない内にロザリンドはローレンスの家に居候する事になった。
侯爵家を出てから魔道部隊用の寮に入っていたのだが、不届き者がロザリンドの寝込みを襲おうと画策している事が判明したのだ。
ローレンスという婚約者がいるのによくもまあ、と言うのが同僚の考えで、まあそれならそれでとローレンスに打診した結果、心配性に進化したローレンスがロザリンドをさっさと連れ帰った。まあ、まだ触れられないが。手すら繋げないが。
ロザリンドへの本能的な恐怖は無くなったが、こう、恥ずかしくなってきたのだ。ローレンスと婚約して、交流の為に屋敷に来るようになって、歳が近い侍女と仲良くなったロザリンドが目に見えて情緒の成長を見せ始めて少しずつ外見に見合うようになってきたわけで。
「旦那様、いい加減焦れったいです」
「手を繋ぐくらい行けますよね!?」
と言う逞しい侍女の後押しは聞かなかった事にしていた中での居候生活は、ロザリンドを成長させた。
魔道部隊は魔法馬鹿の集まりで人としての感情の成長にはあまり向いていなかったのだろう。
母親ほどの年齢の侍女や若い侍女と話すようになったロザリンドは年齢と中身が釣り合うようになった。それでいて、恥ずかしがり屋な彼女はローレンスを欲まみれに見ることはない。
仕事が休みの日は刺繍をしたり、花を育てたり、お菓子を作ったりととても可愛らしい姿を見せてくれる。
まあ、二度目のギャップにやられた感じである。
そうやって侯爵家内で焦れったい空気が流れる中、ネームドドラゴンの出現に国内が緊張していた。ロザリンドは魔道部隊の中でも最強の魔女となっていたので、当たり前のように出撃する事になる。
「ローズ。約束して欲しい。無事に帰ってくると」
「分かってるわ。ロス、私の帰る場所はここだもの。あなたの為に、必ず帰ってくるから祈ってて」
そうしてロザリンドは約束を果たした。
他国を蹂躙した恐るべきネームドのアイスドラゴンを丸焦げにした上で体内から破裂させたロザリンドは、妖艶な見た目と苛烈な力で恐れられた。
建国祭三日目の夜、王宮で開かれる舞踏会でロザリンドは王族と共に入場する事になっていた。その為、ローレンスは一人で会場入りする事になったが、それを逃す程令嬢達は甘くなく、全力で拒否しているローレンスにまとわりついて離れない令嬢にローレンスの具合が悪くなってくる。
気持ち悪くて限界、と込み上げる吐き気と冷や汗に気を失いかけたローレンスを救ったのは炎の蝶だった。
「わたくしの婚約者に纏わりつく盛りのついた猫って見苦しいわね」
真っ赤な髪の毛、真っ赤な目、ローレンスの、髪色の黒の身体のラインを隠さない挑発的で着るものを選ぶドレス。
炎で出来た蝶は人を害さないようになっているが、それを知らない令嬢達は悲鳴を上げている。
「ロス、あちらへ。陛下がお呼びよ」
「分かったよ。ローズ」
差し出した手にロザリンドはそっと重ねるが、ロザリンドはローレンスの為に夜会の時は必ずグローブを付けている。未だに怖がっていると思っているのだ。
「悪女っぽかったですよ」
「ふふ。大成功ね!ルナとマリカがこうすると良いって教えてくれたのよ」
楽しそうに笑っているだけなのに周りからは妖艶に見えるロザリンドをエスコートするローレンスの微笑みも色気が溢れていて、すれ違う時に直視した者は暫く動けなくなっていた。
「来月には結婚式だから最後の追い込みなのかしら」
「勘弁して欲しいね。私は君以外無理なのだから」
「ふふ。ロス、私もよ」
国内一妖艶な色気を持つ二人は周りを誤解させるような空気を撒き散らしながら国王の元へと向かった。
なお、二人が照れずに手を握れるようになったのは結婚式前日で屋敷の使用人達は拍手喝采した後、手を繋ぐだけでこれなら、それ以上は?と思ったが考えることをやめた。
一つだけ言えるのは、始まりこそ色々あったけれど、二人はお互いを尊重し合い、愛し合う仲になったという事だ。
友人に「お色気お姉さん系ヒロインが好き!そんでもってお色気お兄さんと婚約してるけど、手すら握れないの好き!」と叫んだら「読みたい!」と言われたので書きました。




