第9話 深層への挑戦
静寂が、
ダンジョンを
支配していた。
小野裕子は、
荒い呼吸を
抑えながら、
壁に
背を預ける。
「……助かりました」
その声は、
まだ
震えていた。
葛城亮は、
短く
頷くだけだった。
「無事なら、
すぐ
戻った方がいい」
淡々とした
口調。
感情を
感じさせない。
裕子は、
その言葉に
一瞬
言い返しかけた。
だが、
足が
動かない。
身体が、
正直だった。
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三層目の
奥。
ここから先は、
Cランクでも
危険域。
深層と
呼ばれる
境界だ。
裕子は、
カメラの
状態を
確認する。
配信は、
続いている。
コメントは、
止まらない。
「続き見たい」
「撤退しろ」
相反する
声。
そのすべてが、
彼女を
縛っていた。
亮は、
通路の
先を
見つめている。
「……まだ、
異常が
残ってる」
低い声。
経験に
裏打ちされた
判断。
裕子は、
その横顔を
見た。
この人は、
何者だ。
そう
聞きたかった。
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奥から、
低い
振動音。
空気が、
わずかに
歪む。
亮の
表情が、
変わった。
「来る」
短い
警告。
次の瞬間、
通路の
天井が
砕けた。
瓦礫。
土煙。
そして、
姿を
現す
魔物。
先ほどとは
比べ物に
ならない
圧。
完全な
イレギュラー。
深層の
主に
近い存在。
裕子の
喉が
鳴る。
「……無理」
逃げ道は、
もう
塞がれていた。
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亮は、
一歩
前に出た。
「下がって」
その声には、
逆らえない
力があった。
裕子は、
反射的に
後退する。
カメラが、
彼の
背中を
映した。
地味な
装備。
だが、
立ち姿は
異様だった。
空気が、
変わる。
亮は、
剣を
構えた。
次の瞬間。
世界が、
切り取られた
ように
感じた。
踏み込み。
一閃。
速すぎて、
裕子の
目には
軌跡すら
見えない。
魔物が、
咆哮を
上げる前に、
崩れ落ちた。
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静寂。
瓦礫が、
地面に
転がる音だけが
響く。
裕子は、
立ち尽くしていた。
理解が、
追いつかない。
これが、
人間の
動きなのか。
コメント欄が、
爆発する。
「今の何」
「早すぎ」
全国に、
配信されている
映像。
亮は、
はっとして
振り返った。
カメラ。
赤い
配信ランプ。
「……まずい」
小さな
呟き。
遅かった。
すでに、
すべてが
映っている。
裕子は、
息を
呑んだ。
「……全国」
「見てます」
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転移結晶が、
淡く
光り始める。
ダンジョンが、
不安定に
なっている
証拠。
「今すぐ、
戻る」
亮は、
有無を
言わせず、
裕子の
手首を
掴んだ。
光が、
二人を
包む。
次の瞬間、
地上。
待機エリアは、
騒然としていた。
職員。
警備。
ざわめき。
モニターには、
先ほどの
映像が
繰り返し
流れている。
裕子は、
呆然と
それを
見つめた。
自分が、
助けられた
瞬間。
そして、
常識を
超えた
一人の男。
亮は、
帽子を
深く
被り直す。
だが、
もう
遅い。
深層での
戦いは、
全国に
拡散されて
しまった。
葛城亮の
平穏な
日常は、
この瞬間、
終わりを
告げた。




