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第五話 世界を変える蝶、店を営む少女

「どんなって、さっき言っただろう、親友だよ、親友。恥ずかしいから何回も言わせないでくれよ。それとも、これだけじゃ不満かい?」


 明確に含みを持たせた言い方をするのは水村セイラ。

 ティアの自称親友である(略して自称親(じしょうしん))。


「そんな言い方をされたら、聞かないわけにはいかないな」


 セイラはまた可笑しそうに笑い、


「ちょっと質問がざっくりしすぎてない? どんな関係か、なんて一言で表せるのだとしたら、親友、友達、幼馴染、そんな言葉しか思いつかないぜ」


 それに、そんなに聞きたいことがあるなら、直接聞けばいいじゃないか、と補足するセイラ。


 その通りである。

 

「じゃあ、未佐、話を変えようぜ。ティアと一緒に生活してるんだよな? やっぱり住処とセットの方が人は集まるのかねぇ」


「ああ、まあそうだな。ティアも男を雇うつもりはなかったらしいんだが、まあ俺の名前がこれだからな……」


 というか、なんで『フォレーヴ』の求人情報まで知ってるんだよ。

 それにわざわざ水曜日を狙って訪れたのも、水曜日が定休であることを知っていたためだろう。

 親友……恐るべし。


「はははははは、なるほどな、ああ見えてティアも抜けてるとこがあるんだよな――で、どんな感じ、二人での生活は?」


「どうって、別に何もないさ。ただ、お互い気を遣うことも多いから、まだまだ慣れるまで大変そうだが」


「そうか。念のために言っておくけど、ティアちゃんが可愛いからって、寝込みとか襲っちゃダメだぜ!」


 それをするのはお前だけだろ、と心の中で突っ込み。


「あっそういえば、ティアにカチューシャ勧めたのって一年前の私なんだぜ」


 確かにティアにとって、あのカチューシャは、一種のトレードマークみたいな感じだからな。

 

 幼馴染、恐るべし……。

 するとセイラは、こっちを向いて


「そういえば、ティアはいま何してるんだ?」


「店の方で片付けでもしてると思う。新メニューの開発をしてたんだよ」


 俺も片付けを手伝おうかと申し出たが、謹んで断られたからな。


「新メニュー?」


「ああ、お子様ランチだよ」


「お子様ランチ、か……。まあティアって子供苦手だからな、あんまり気が回らなかったのも当然かも」


 と、ここで会話が行き詰まる。

 とは言っても、共通の話題はティアに関するものくらいしかないからな。


 すると水村セイラは俺の方に少しだけ近寄り、


「ちょっと来て、いい物見せてやるぜ」


 そう言って渡されたのは、一般的なサイズのビニール袋。

 中身を覗き込む。

 そこにあったのは、大小さまざまで香ばしそうなパンの袋である。


 パン……?


「もしかして君の家はパン屋なのか?」

「君じゃなくて、セイラでいいよ。あと、うちはパン屋じゃないぞー」

 

 なぜか誇らしげなセイラ。

 水村セイラ、水村……。


「まさか、水村ロイヤルホテル?」


「そう、そのまさか……社長の娘が私だー」


 水村ロイヤルホテル。

 ここから徒歩で十分ほどにある、格式もそれなりに高い人気ホテルで、この市の中では知らない人も少ないであろう。

 なるほどセイラは男っぽい口調からして上品な感じではないが、別に失礼で無礼な印象はないというか、滲み出る育ちの良さを感じた。


「で、そのパンは朝食のビュッフェも出してるやつなんだぜ。つまり高級品だ」


 水村ロイヤルホテルの娘とティアが親友――一体どういう繋がりが?

 ますます謎は深まるばかりだ。


「ティアとは、もうかれこれ十年くらいの付き合いになるかな。まあ、歳は一歳だけ違うんだけど」


 俺の内心の疑問に答えるかのように、呟くセイラ。


 その瞬間、扉が開く音が響く。

 ティアが帰ってきたのである。


 リビングにたむろしてるセイラを発見すると、はぁーとため息し、


「セイラ、だから来るときはちゃんと連絡してって言ってるでしょ」


「いやーいいだろー別に。なに、私が遊びに来て嬉しくないの、ティアは?」


 挑発するように見つめるセイラ。

 やっぱ、この少女があんな良い家の娘なんて思えんな……。


「それは……」

 と露骨に照れてしまって返事に固まるティア。


「未佐もすみません。彼女が迷惑かけたみたいで、彼女は水村セイラ。私の幼馴染です」


「いや、さっきちょっとだけ話したからな、何となくセイラのことはわかったよ」


 と返す俺。

 すかさずセイラは、


「へぇ、ティアも男子と暮らしてるなんてびっくりだぜ。あんなに男の子に対して奥手だったのによ」

 

「別に、私は不自由のない人間関係が築きたいだけだから。セイラも変なことばっかり言わないで」


 えっと、セイラと俺は同い年だから、ティアはセイラの一歳下ということになる。

 なのに、タメ口だし、なんか仲良さげじゃないか――これが幼馴染+親友効果か。

 なんか、こんなに子供っぽいティアを見るのは初めてだ。

 俺には到底見せない顔である。


「でもなー私は、ティアの幼馴染かつ親友かつ恩人でもあるからなー」


 セイラはティアに笑いかける。

 こう見ると、セイラって、話し方とか発言内容ははるかに幼いんだけど、顔立ちは大人っぽいんだなー。

 ティアはうつむきながら、


「なんで今、そんな話を……」

「いやだってさあ、未佐も知りたがってたぜ」


 ティアは目を見開いて、俺を見る。

 

「いやいや、俺はそんなこと言ってないぜ」


 まるで臭いものに蓋をするかのような反応になってしまった。


「いずれ……話さないといけませんかね……」


 ティアが意味深な発言を残すと、セイラが


「飯だー、飯」


 っと言い放つのだった。

 というか、定休日のときは飯がどうなるんだろう。

 まかないは当然ないわけだし。


「そうですね、じゃあ作りますか」


 そう言い残して、キッチンへと向かうティア。

 俺とセイラはティアについて行こうとする。


「未佐だけ来てください。セイラはそこにいること」


 突然の戦力外通告にセイラは猛抗議をしたが、請け合ってもらえず、キッチンは俺とティアの二人。

 するとティアは、


「セイラは、彼女はずっとあんな感じなんです。水村ロイヤルホテルの次期社長の候補でありながら、あんな風に下品な人間なんです」


 一見すると、セイラに対する悪口としかとれないような事を平気で言ってのける。


「でも、彼女は私の恩人で、大切な人なんです……。不完全なのはわかっています。でも今はこれしか言えません」


 ティアはまた、俺に対して謝った。


「いいんだよ、言いたくなったら話してくれれば」


 ティアの顔に笑顔が戻る。

 そして、


「分かりました、ありがとうございました――では、未佐もセイラと待っていてください」


 え? 俺も戦力外?


   ◇


 リビングでセイラと夕食ができるのを待つ。

 気の抜けたセイラと意味もなく時間を過ごす。


「ティアってさ、本当に働き者だよな」


 俺がそっけなく呟く。


「未佐もそう思うだろ。まあ、これも昔からだからな。ただし、ちょっとだけ変化した事もあるかもだぜ」


「具体的に言うと?」


「なんつーかさ、言葉では言いにくいんだけど、迷いがないって言うか、一瞬一瞬を大事にしてる、みたいな? 昔のティアは、強がってはいたんだが、ちょっと俯きがちだったんだぜ」


 よくわからないな。


「まあ、きっと未佐のおかげなんだろうけどな」


「そうかな……俺は何もしてないぜ」


「でもさ、私以外の年上の人とあんな風に呼び捨てで話しているのを、私はあんまり見たことないぜ?」


 そうか、そうなのか。

 何と反応すればいいのか困惑していると、


 ティアが無言で料理を運んできた。

 セイラならここで、『おっまたせー』とか言って入ってくるのが目に浮かぶが、まあそうしないのはティアのクールさ所以だろう。


 煮魚、きんぴらごぼう、小松菜の煮浸し、白米、みそ汁、サラダ


 運ばれてきたのは、まさかの和食。

 ティアが作る和食というのは全く想像ができなかったのだが、言うまでもなく美味しそうな品々がそこには並んでいた。

 セイラは目を輝かせ、


「おお、和食かーティア!」


 セイラにファーストレスポンスを奪われたことに若干の残念感を抱く俺であったが、それでもティアの方に向き直り、


「意外だな、ティアが和食とは」


「これくらい余裕です」


 とティアは自慢気に言うのであった。


 料理の感想?


 もちろん美味しいかったさ。

 ちょっとうちの母親が気の毒になるくらいには。

 

「やっぱり、ティアはうちの料理人になってもいいと思うんだよねー」


 唐突に語りだすティア。


 ホテルの料理人か。

 別にティアの技量から考えても、むしろふさわしいといえる。


「流石にそんな程度ではないわよ」


 と真面目な顔をするティア。


 どうして、ティアはレストランを始めたんだろうか。

 というか丁度いま、一つの疑問が浮かんだ。


「そういやティア、『フォレーヴ』ってどんな意味なんだ?」


 どっかの外国語だろうか。


「レーヴってのは、フランス語で夢を意味するんです。でもレストラン『レーヴ』だけだと、何となく安直かなって思って、それっぽい言葉を頭につけただけです。深い意味はありません」


 と答えるティア。

 

「そんなこと言っちゃって、ティアの嘘つき。店名を決めるのに三日もかかったんじゃないか」


 とすかさず揚げ足を取るセイラ。

 やっぱりこの二人のコンビは……。


 まさに正反対の名コンビであった。



 

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