第四話 お子様ランチと三人衆
待ちに待った水曜日。
レストラン『フォレーヴ』の初めての定休日だ。
おお、なんだ? 別に大変な日々を送ってるわけじゃないだろって?
年下の女の子とただ楽しく生活しているだけだと思われたら心外である。
そもそも、働くというものの重みをひしひしと感じられる一週間であった。
また、新たな人間関係をゼロベースで作り上げるのは、トランプタワーみたいに、繊細で慎重な感性が必要になる。
まあ、なんにせよ、今日は休みだ、ハハハっ。
自室の椅子にもたれかかる。
ティア、いないなー。
どこ行ったんだろう?
休みなのに、まさか店の方に行ってるとか……。
あの働き者の考えることは分からんぞ。
毎日、俺よりも早く起きて買い出しに行き、夜もディナーのせいで、そんなに早くは寝られないはずだ。
まあいいや、俺も宿題とかやらなくちゃいけないこといっぱいあるからな。
◇
あれからどれくらい経っただろうか。
やっぱり帰ってこないティアである。
思わず、店のある方角を向く。
ちょっと行ってこよう。
店の鍵は閉まっていた。
さすがに、店にはいないか……。
というか、電話すればいいだけでは?
すっかり忘れていた。
でも電話ってさ、案外直接会って話すよりも気まずいことも多いから、きっと眼中になかったんだろうな。
その刹那。
店の扉が内側から開けられる。
チリチリンと鈴の音を伴いながら。
そこにいたのはやはり月城ティアであった。
「どうしたんですか、未佐?」
「いや、家にいないから、どこ行っちゃったんだろうなって」
未佐と呼ばれるのにも、だいぶ慣れてきた。
しかし、ティアは肩をすくめ、
「ああ、そうですか。何かあったんだか心配したじゃないですか。電話で十分じゃないですかね」
「ああ、すまん。すっかり忘れていてな。勉強のやりすぎかな」
「そうですか」
冷たく言い放つティア。
こいつ素で冷たいっていうか、クールな奴だからな、一応。
それに、この前分かったことだが、俺よりも勉強できるからなこいつ。
学校行ってないのに、なんで高校数学とか古文とかわかるんだよ。
「で、何してたんだ、ティア?」
「別になんだってよくないですか」
「分かった、じゃあ帰るな、バイバイ。ってわけにもいかないだろうよ。せっかくここまで来たんだから教えてくれよ」
「しょうがないですね、新メニューの開発です」
そう言うとキッチンに案内された。
なにやら、フライパンと皿が並べられ、調理の途中であったことが分かる。
(そして、その邪魔を現在進行形でしていることに、今更ながら罪悪感を感じた)
「あの、私の店にお子様ランチがない事に気が付きまして……。私はあまり小さい子供が得意でないので、完全に失念していました」
「まあ、ティアって理攻めで効率主義みたいな所があるからな」
まさに子供とは水と油みたいなもんだ。常に数手先まで考えて動いている感じだ。
でも、お子様ランチがないのは少し寂しいかもな。
俺も小さい頃は、あれに目を輝かせていた覚えがある。
「で、どんな風にする予定なんだ?」
「やっぱり、定番メニューをそろえつつも、何か面白味のあるものも入れたいなと」
可愛らしいキャラクターの描かれた小さな皿に盛りつけられた料理を覗き込む。
ていうか、キッチンの奥の方まで入ってきたのは、初めてかもしれない。
どれどれ、オムレツ、ハンバーグ、パスタ、ふりかけのかかったご飯。
「いいじゃないか、すごい美味しそうだし。まあ足りないものといったら、上に刺さってる国旗くらいか」
まあ今見ると、どの国の旗が刺さっていても、反射的に社会の知識と結びつけてしまうというか、純粋な模様として見ることはもう無理だよな。
「まあ旗も大切ですが……もう少し追加で一品くらい入れたいんですけど、何がいいでしょうか。せっかく来たんですから、アドバイスの一つくらいくださいよ」
難しいこと言うな……。
面白味もあって子供の舌にも合う料理――何かないかな。
「かぼちゃコロッケなんてどうかな? やっぱり揚げ物を出しとけば、ガキでも誰でも満足すると思うんだよね。それに、コロッケとかクリームコロッケとかと違ってそこまでメジャーじゃないし、甘いからデザート感覚もある」
我ながら完璧な意見だ……。
ティアは目線を逸らしながら、
「えっと、なんか微妙です。まず、揚げ物に対する信頼が高過ぎます。やっぱりフライってどれも外から見たら見た目が同じなので、ちょっと見栄えが渋いです」
ふうん。
まあ、ティアは食器とか盛り方にもかなり気を遣うからなー。
「じゃあ、はんぺんフライなんてどうかな。あんな三角形の食べ物は他にないからな」
「それは、まあ確かに見た目的には面白いですが、流石に原価が安すぎて、外食してまで食べるものじゃないっていうか――ああなんか、否定してばかりですみません」
素直に申し訳なさそうな表情をするティア。
年下の役に立てない自分のほうが情けなく思えてきた。
「ティアも色々考えてるんだな、原価とか利益率とか」
「ええそれはもちろん。あくまで商売ですからね。店長として、経営者として、チェーン店ではないので、いっぱい工夫するべきところは頑張っているんですよ」
少し誇らしげに頷く彼女。
すげえな……。
俺の五倍くらい立派だ。
ティアはフライパンを握り直す。
「で、未佐。結局どうしましょうか。あと一品」
「そうだな、自分が小学生の頃に好きだったもんとか入れればいいんじゃないか」
「小学校、ですか……」
「どうした?」
「いえ、なんでも。そうですね、かりんとう、とかでしょうか」
「渋いチョイスだな」
俺もどちらかというと甘党だから好物ではあるが。
ただお子様ランチの片隅にかりんとうが乗っているのを想像すると、そのシュールな姿に自然と顔が引きつる。
「あっ! あとはあれが好きでしたね、春雨サラダ」
「ああ、春雨か……。まあ、入れられなくもないか……」
なんとも絶妙なものである。
まあ、春雨サラダってサラダって名前がついてる割には、野菜の摂取量が少なすぎる気もするんだよな。
名前詐欺というか。
「やっぱりカボチャコロッケが一番だと思うんだよな」
「でも食べてみないと、何のフライだかよくわからないのがネックなんですよね。それに野菜ももう少し取り入れたいですし」
「そうだよな、衣とか皮とかで包まれてる系の食べ物は、いざ食べてみないと、何を食べているのかすら分からないことってあるよな」
包まれてる系の食べ物はダメってことか。
でも焼売とか春巻きとかは一目瞭然だよな。
その個性をカボチャコロッケにも分けてほしい。
それにやっぱり子供といえども、ちゃんと野菜は取った方がいいってことか。
ん? 春巻き? 野菜?
「生春巻きなんてどうかな?」
「ああ、なるほど、生春巻きですか。見た目もいいですし、ソースとかに工夫すれば、子供でも野菜を取る手段として悪くないかもです」
笑顔を見せながら書き留めるティア。
やっと少しは役に立ててのだろうか。
すると、ティアは少しだけ戸惑い、ためらいつつ、それでいて俺の目をしっかりと見つめようと努めながら、
「じゃあこんど味見してくれますか?」
「ああ、もちろん。喜んで」
嬉しいな、誰かの役に立つことは。
◇
ティアみたいに、ああやって他人の提案をすぐに取り入れる人間も少ない。
普通は、他人に助言を頼みながらも、最初から自分の案で行く気しかないような人間ばかりである。
まあ、いい。
一人で家に向かう。
いつもそうだ。ティアは閉店後に店の片付けをしているから、俺だけ先に帰る日々である。
手伝おうと申し出てても、毎回丁重に断られる。
鍵を開け――って開いてるじゃねえか!
あれ? 確かに、ティアを探しに急いで家を飛び出したのは事実だけど、戸締りを忘れる程おてんばではない。
やられた、泥棒だ――しかし、玄関には知らない人間の靴が一足。
泥棒は土足で上がりそうなものだが……。
とにかく、リビングへ。
ガチャっ。
そこには、知らない少女――そうは言っても、俺と同じくらいの年齢に見えるが。
ストレートのロングヘアでシンプルな髪型。身長は平均的。
セミロングでカチューシャをつけているティアとは全く違う雰囲気だな。
少女はこちらに気づくと、まるで自分がこの家の持ち主であるかのごとく、
「おっ、見慣れない顔だな。私は水村セイラ、よろしく」
いやいや、自己紹介を急にされたけど、不法侵入には変わりないぞ。
「ど、どうも……太田未佐といいます」
「ふうん、未佐ねえ、未佐、よし覚えた。いやいいぜ、未佐もタメ口で。だって、どうせ同じくらいの歳だし」
「えっと、俺は高一ですけど……」
水村セイラは、不敵ににやりと笑い、
「予想通り、私と同じ歳だな。でも、なんかびっくりしたぜ。あんなに身持ちが堅いティアが、まさか男子と住んでるなんてな」
おそらく、ティアの知り合いらしい。
水村さん(?)はどことなく、堂々としている所があって、カッコイイかもしれない。
「水村さん? 君はティアの知り合いなのか? そうだとしても、どうしてここにいるんだ?」
「……いやいやっ誤解しないで、私は別に泥棒でも何でもないから! えっと、そうだな強いて言うなら、ティアの親友、もしくは幼馴染かな――家の合鍵を任されてるくらいの。たまにこうやって、いきなり遊びに来るんだよ」
若干焦りながら答えるセイラ。
ティアの親友……?
ティアとは全然似てないな。初対面の俺に対して、めっちゃグイグイ来てるし。
すると、セイラは向き直り、こっちをまっすぐ見つめ、
「じゃあ、今度は私から質問な。えっと、ズバリ、ティアはどんな子?」
「難しい質問だな……」
あいつはどんな奴なんだろう。
「真面目、几帳面、仕事熱心、クール、ちょっと冷たい、って感じかな?」
と割と真剣に考えた末に答える俺。
「フーン、そうかそうか。いやーそう言ってくれると、親友の私としても鼻が高いぜ」
謎に照れるセイラ。
なんなんだ、この少女は。
「俺からももう一つ質問していいか? 君とティアはどんな関係なんだ?」
「どんなって、さっき言っただろう、親友だよ、親友。恥ずかしいから何回も言わせないでくれよ。それとも、これだけじゃ不満か?」
にやり、可笑しそうに目を細めるセイラであった。