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第6話:《毒見役》の食卓

 朝餉あさげの膳が、何ともまあ、豪勢だった。


 瓢箪型の漆器に盛られた白粥、乾し柿を刻んだ小皿、鶏のゆで汁に浮かぶ椎茸の吸い物。どれも素朴ながら品のよい味付けで、辺境の診療院で三日干し魚を齧っていたあたしには眩しすぎる食卓だった。


 だが、その中央に鎮座している一品が、あたしの食指を凍らせた。


 ――揚げ豆腐に、奇妙な黒い粉末が振りかけられている。


 「さあ、異端の先生。まずは貴女からどうぞ」


 にこりと微笑んで箸を勧めてきたのは、先帝付きの元侍医だったという白髪の老人――敬老殿けいろうでんに住まう謎多き人物、そん大人である。


 毒見役、とは名ばかりの役職かと思っていたが、どうやら本当に“最初に口にする者”を意味していたようだ。


 「……これは、何の粉ですか?」


 あたしは静かに尋ねる。少しでも、時間を稼ぐために。


 「紫蘇しそ黒五加皮こくごかひを煎じて乾かしたもの。滋養強壮、食欲増進……ただし」


 ただし、のあとに続いた言葉はない。孫大人は微笑んだまま、言葉の続きをあたしに委ねた。


 あたしは小皿をそっと回して、香りを嗅ぐ。鼻腔を突くのは、わずかな酸味と、土のような乾いた匂い。


 「……これは、薬味ではなく、意図的な“偽装”ですね」


 「ほう?」


 孫大人の眉がわずかに上がる。


 「紫蘇の匂いに似せてますが、これ、乾かしすぎた蛇床子じゃしょうしが混じっています。催淫と利尿を兼ねる薬ですが、一定以上摂ると心拍に異常が出る。つまり――薬効の被害は食後に出る」


 「毒ではないと?」


 「ええ、“ただの薬”です。だが、量を間違えれば毒にもなる」


 あたしは箸を伸ばし、その揚げ豆腐をひとくち齧った。たしかに、香りは強いが、味は妙に鈍く、口の奥に残るざらつきがあった。


 そして――


 「……ああ、これ、甘草も混ざってる。わざと後味を甘くして、“これは滋養の薬”だと誤認させるために。つまり誰かが、“毒ではないが毒と疑われる何か”を仕込んだ」


 「誰が? そして、何のために?」


 あたしは答えず、代わりに吸い物の椎茸を持ち上げて見せた。乾物と思いきや、生椎茸をさっと湯通ししただけだ。辺境ではありえない、贅沢な調理。


 「……これは、誰のための膳か。孫大人のではなく、たぶん、誰か“消えて困る者”の膳」


 「ふむ、面白い」


 老人は口元を覆いながら、目を細めた。


 「貴女、すでに気づいておられるでしょう? これは“毒見”ではなく、“毒を誰が用意したか”を見抜くための場だと」


 あたしは、ゆっくりと席を立つ。小皿の裏に、赤く染みついた薬草のかけらがあった。何気ない位置に、だが、意図的に残されていた。


 「この膳の調理人に訊いても意味はない。問題は、これを“誰に食べさせたかったのか”。そして、その人物が“今、どこにいないのか”」


 静かに、水平に、思考を並べる。


 ――もしこの毒もどきの膳が、“ある人物のため”に用意されたのなら。


 ――そしてその人物が“昨夜から姿を見せていない”としたら。


 あたしは、ひとつ深く息を吐いた。


 「……いま、御膳部ごぜんぶの倉庫を調べさせてください。椎茸の仕入れ台帳と、紫蘇粉の在庫に異常があるはず。そこに“毒を盛ろうとした者”と“その意図を隠そうとした者”の、両方の痕跡がある」


 孫大人は、目を細めてうなずいた。


 「よろしい。貴女には、やはり“異端の目”がある」


 そして、膳の端に置かれた小さな壺に手を伸ばした。


 「それでは、次の膳へ進もうか。“本物の毒”が出るのは、そこからだ」

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