表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
21/25

第20話:香の記憶と、空白の侍女

香の記憶は、嘘をつかない。


ただし、それを読むには“香りの言語”を理解していなければならない。


ユウは、妃の部屋で使われていた香炉を丁寧に解体し、微かに残った粉末を指先ですくっていた。


白鸞花はくらんかだけじゃない……他にも、沈香、蘇合、少量の没薬……」


組成が精緻すぎる。妃の心を乱すだけの毒ではない。


これは――“記憶を混濁させる香”


目的は狂気ではない。“ある記憶”を曖昧にし、封じることだ。


(妃が覚えていた“赤子の声”だけが、なぜか消されていない)


ユウはそこに、意図しない“薬の偏り”を感じ取った。


つまり、仕込んだ者は未熟。あるいは……途中で何かを誤った。


その夜、ユウは禁じられた宮女記録庫を開いていた。


官吏の目を欺くため、古い鍵を複製し、眠らせた門衛からこっそりと入手した。


(妃付きの侍女“セイ”――三ヶ月前に“病死”と記録されている)


しかし、その記録には不自然な空白があった。


死亡時の確認者の署名が――ない。


(病死を記すなら、必ず医官の署名が要る。……つまり、公式記録ではない)


セイの名前は、その後どこにも出てこない。


まるで最初から存在していなかったかのように、記録の“縫い目”から剝がされていた。


「セイ様を、お探しですか?」


突如、背後から声がかかった。


振り向くと、そこには宮中清掃係の少女――ミリがいた。以前、ユウが毒虫に咬まれた際、手当をしてくれた娘だ。


「彼女、私の姉です」


ユウの背中に冷たい何かが走った。


「……セイは、どうなった?」


ミリはためらい、そして絞り出すように語り始めた。


三ヶ月前のある夜。


妃が産気づいたとき、侍女のセイは医官を呼びに行こうとした。


しかし、その直前に“ある宦官”が部屋に現れ、妃の口に香を焚いた。


そして――赤子は、生まれることなく“消えた”


セイはその夜以降、“病にかかった”とされ、誰にも会わず、数日後に“火葬”されたと知らされた。


「でも、私は信じてない。姉は、そんな死に方をする人じゃない。私、彼女が遺した“香札”を持ってます」


ミリが取り出したのは、淡い紫の布で包まれた、手製の香札だった。


香を封じるための木札の中には、細く折りたたまれた和紙が入っていた。


そこには、ただ一言。


「あの子は、確かに生まれた」


ユウはその夜、妃の部屋を訪れた。


「妃。……ひとつ、試してほしい香があります」


彼が取り出した香は、**“逆記憶香”**と呼ばれるもの。


記憶を混濁させる香とは逆に、脳の“匂い記憶”に刺激を与え、眠っていた体感記憶を呼び起こすものだ。


ゆっくりと香を焚くと、妃の目が震えた。


「……これは、あの夜……セイが……」


「妃が出産した夜に使われていた香です。思い出していただきたい、“どこまでが本当”だったのか」


そして――妃の手が、唇へと伸びる。


「……わたくしは……赤子を、抱いていた」


涙がひとすじ、頬をつたう。


「でも……赤子の声が、……途中で、止んだのです」


ユウは静かに頷いた。


それが、真実。


だが“誰がそれを止めたのか”は、まだ不明だった。

一度完結済みにしておきます。

明日以降執筆が終わり次第、再開します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ