第1話:布のねじれ
(……高いな)
ユウは、何もかもが高くて白い王宮の廊下を見て、そう思った。
天井も、壁も、値段も、空気も。
辺境で風に吹かれた小屋で育った少女にとって、王宮はまるで劇の舞台のようだった。
「こちらが、昨夜亡くなった皇子様の寝所です」
案内したのは若い女官。だがその顔は硬い。目が怯えている。
「死因は……?」
「……わかりません。医官は“先天の弱り”と」
(先天……この三人目でまた?)
ユウは眉をひそめた。
今回で、三人目。すべて違う妃の子で、生後七日で死亡。
病の兆候もなく、痙攣も嘔吐もなし。ただ眠るように亡くなったという。
ユウは黙って部屋に入った。
柔らかな寝台。絹のおくるみ。
死んだ子の姿はすでに白布に包まれ、安置されていた。
ユウはまず――床を見る。
次に窓の格子。寝台の傾き。おくるみの折り目。
それから。
「……これ、おくるみ、ねじれてる」
「……え?」
ユウはしゃがみ込み、手のひらで布の跡をなぞった。
「左肩から布が回って、首の下で交差して……右脇で結んでる。これ、完全に喉に圧がかかる巻き方」
「で、ですが……妃様が直々にお包みを……!」
「違う。これ、誰かが後から巻き直してる。
妃様は左利き。巻きの向きが違う。――抱いた女の癖だよ」
その場の空気が凍った。
「……あなた、証拠は?」
「赤ん坊の首に、赤い痕がある。圧迫の痕。
喉に血が滲んでるのは、布の縫い目に毛羽立ちがあったから」
「……つまり?」
「布の癖が死因。呪いじゃない。
……この巻き方、三人とも、同じ女が抱いたんじゃない?」
女官が青ざめた。
王宮にいる誰かの名前を、心に浮かべているのだろう。
「調べて。三人とも、同じ女官が最後に抱いてたら……それが“答え”」
ユウは立ち上がり、呟いた。
「癖だけはね、嘘をつかないんだよ」
その一言で、後宮の空気が、音もなく揺れた。