第11話:毒見役の遺言
秋の気配が忍び寄る頃、王都で起きた一件の訃報が、遠く離れた辺境の村にも静かに届いた。
それは、国王の側近であり、長年にわたり「毒見役」として仕えてきた男の急死だった。
「……急性の心不全と、記録にはあるが」
ユウは、王都から届いた一通の手紙を卓上に置き、そっと紅茶の湯気を見つめた。
診療院の木窓から差し込む斜陽が、積み上がった医学書の背表紙を金色に照らしている。
ユウの脳裏には、毒草の図鑑に記された一文が思い浮かんでいた。
──毒草《眠り花》は、紅茶に紛れると、蜂蜜のような香りを帯びる。
「先生、王都の毒見役が亡くなったって話、本当なんですか?」
診療院の助手、セラが診察室の扉から顔を出した。
その表情は、いつもよりわずかに硬い。
「本当だよ。だが、気になるのは……遺言が残っていたという点だ」
「遺言?」
「“最後に飲んだ紅茶の香りは、春の花のようだった”と書かれていたそうだ」
セラが眉をひそめる。
「それって、どういう意味です?」
「つまり、彼は自分が毒を盛られたことに気づいていた……それも“匂い”で、だ」
ユウの目が、まるで薬瓶の中を透かすような光を宿す。
「春の花……“眠り花”の香りは、蜂蜜に似ている。つまり、それが手がかりだと彼は言っている」
「じゃあ、その紅茶に毒が仕込まれていた……?」
「だが奇妙だろう? 毒見役が毒を見抜けずに死んだ。これは、ただの過失だろうか?」
ユウは、机上の手紙を開いた。そこには、王都での診療を依頼する文面とともに、毒見役の遺品が同封されていた。銀のティースプーン。柄の裏には、うっすらとした白い粉がこびりついていた。
ユウは、それを手に取ると、銀に反応する特殊な薬液をティースプーンの縁に落とした。
──じゅっ、と小さく泡立つ。
「やはり。これは“銀毒反応”。有機ヒ素系の毒物だ」
「ヒ素って……」
「通常の茶葉には含まれない。つまり、スプーンに仕込まれていた可能性が高い。紅茶そのものではなく、器具が“毒”だったんだ」
セラは言葉を失ったように、スプーンを見つめた。
「誰がそんなことを……」
「毒見役の任務とは、“食事に毒がないかを確かめること”だ。しかし、“器具に毒があるかどうか”までは、通常、見ない」
ユウの目が細められた。
「これは“盲点”を突いた犯行だ。つまり──“毒見役にしか効かない毒”という意味で、極めて皮肉な殺し方だ」
その時だった。
窓の外で、小さな物音がした。
ユウは気配を感じてそっと席を立ち、戸口の向こうへと歩いた。
診療院の庭先には、一人の若い男が立っていた。
旅装のまま、砂まみれの靴を履いたまま、彼は低く頭を下げた。
「辺境診療院のユウ先生でしょうか。王都より参りました。毒見役アレストの息子、リュカと申します」
その声は、震えていた。
怒りか、恐怖か、それとも──。
「父は、最後の手紙で先生の名を挙げていました。
“真実を知りたければ、辺境の医師に相談しろ”と」
ユウは無言でリュカを見つめた。そして静かに言った。
「わかった。君の父の遺言、確かに受け取った。
真実を見つけよう──毒見役に相応しい、確かな目でな」