プロローグ
(また誰か、死んだらしい)
土を打つ雨音を聞きながら、ユウはぼんやりとそう思った。
見上げた空はどんよりと灰色に濁っていて、まるで人の腐った内臓の色だ。
臭いも似ている。薬草と、膿と、湿った血の匂い。
ここは〈草落〉。帝都のはるか西、流刑者と病人と奇人変人しかいない、国の忘れ去った土地である。
そしてユウは、その中心にある小さな診療院の主だ。齢十六にして、薬師でも医師でも祈祷師でもなく、ただ――**「見てわかる」**というだけの女。
「膿の色が黄緑だったら、肝が腐ってる。白ければ腫れすぎ。
匂いが甘ければ糖の毒、しょっぱければ、血が足りない」
それはどこで習ったのか、誰に教わったのかも分からない。
けれども、当たる。だから皆、恐れながらも頼ってくる。
そうして今日も、老いた男が診療院の戸を叩いた。
「娘が……夜になると、笑いながら喉を掻きむしるんです。これ、呪いじゃ……」
ユウは無言でその娘の手を取り、爪の間の土を見た。
次に首筋、髪の根元、耳の裏――それから、ひとこと。
「……頭に虫がいる。喉が痒いのは、幻覚だね。
井戸の水、変な泡が立ってたでしょ。あれ、毒だから」
「あ……ああ、あの白い泡……!」
「病じゃない。毒でもない。これは、誰かが捨てた薬草の煮汁のせい。……呪いでも神でもないよ」
恐怖に震える親子を残し、ユウはまた雨空を見上げた。
(あーあ。もう少し静かに暮らせないもんかね)
その三日後。
彼女は、帝都の黒衣の使者に連れられ、王宮の門をくぐることになる。
そして、誰もが呪いと恐れる「皇子の連続死」の真相を――
ただ“目で見て”、暴くことになる。