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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

仮面舞踏会

作者: つみき

 携帯を見ると何通もの着信履歴が表示された。

 発信者は所属してる野球チームの監督やチームメイト達。

 返信をせずそのまま携帯を閉じる。

 時刻は十八時、日は沈みかけていて夕焼けの空が広がっていた。

 人気のない通りにある中世の美術館のような建物。

 招待状に記載された地図の印はおそらくここだ。

 館内に入ると受付に仮面をした女性がいる。

 見慣れない光景に、怪訝な面持ちで問いかけた。


「あの……」

「招待状をお持ちですか?」


 淡々とした口調で語る女性に、家に届いた招待状を渡した。

 女性は招待状を受け取りじっくり目を通す。


「確認ができました。こちらは会場で使う仮面と鍵です。会場へ向かう際は必ず仮面をして下さい」


 カウンターに白い仮面と十七番の番号が刻まれた鍵が置かれた。それらに訝しげな視線を送る。

 仮面の瞳からはなにか眼を射るような光が発していた。

 黙ったまま仮面と鍵を受け取り会場へと向かう。

 扉を開けて中へと入っていった。


 会場内は多くの人で賑わっていた。

 きらびやかな衣装を身に纏い歌を歌っている人もいる。

 しかし、人々は仮面をしておらず素顔を晒していた。

 思わず仮面に手がかかる。

 その時、声を掛けられた。


「ああ、仮面は外しちゃダメだよ。みんなつけているんだ。ただつけてないように見えてるだけ」


 振り返ると自分と変わらないぐらいの年齢をした青年がいた。


「どういう事だ?」

「初めての人だよね?紹介するよ。ここは何者にでもなれる場所。なりたい自分を想像しながら仮面をつけるんだ。そしたら他の仮面をつけてる人からは、そのなりたい自分が写るわけ。ほら、たとえばあの人を見てみてよ」


 青年が指を刺した方向に視線を向ける。

 そこにはよく映画とかで見る大物のハリウッド俳優がいた。


「びっくりしただろ。でもあの人は本物の俳優ではない。その俳優を想像した人だ。僕らは仮面を通して俳優に見えてるだけ」

「なるほど、説明ありがとう。ところで君は?君も誰かを想像してるの?」

「僕は君と同じ招待状をもらってここに来た人間さ。君が今見てる僕の姿は、本当の僕だよ。僕は本当の自分になりたかった。ここにくる人達は現実で何かしら不満を抱えているんだ。叶えられなかった夢を叶えるために、なりたい自分になるために、この場所がある」


 見渡すと場内の人々は輝いているように見える。

 自分の世界に入り込み、彼らは欲求を満たしている。

 天井に取り付けられたシャンデリアの鮮麗な光が人々の顔を照らす。

 彼らの生み出す陽気な雰囲気が会場を飲み込んでいた。


 初めて見る優美な光景に目を向け、ポケットに手を突っ込む。

 硬い感触がした。


「そういえばこの鍵は一体何に使うんだ?」

「ああ、その鍵ね。それは自分の世界を作れる部屋の鍵だ。こっちに来てみなよ」


 促されるまま青年の後について行く。

 行き着いた先は広場に掛かった階段の先、二階のフロアだ。

 フロアにはいくつもの道が分かれていて、道一つ一つにホテルのように等間隔に無数のドアが設置されていた。

 青年に鍵の番号を伝え場所を教えてもらう。

 十七番の番号が振られた扉を見つけ、前に立った。

 鍵はこの扉のものだ。


「開けてみなよ」


 鍵を差し込み扉を開ける。

 開けた先は球場のベンチ、その先には何度も夢見たメジャーのグラウンドが広がっていた。

 客席は人で埋められていて、観客の歓声が聞こえる。

 マウンドには相手投手が投球練習をしている。どうやら試合途中の場面だ。

 試合は九回裏ツーアウト、ランナー満塁の一発出ればサヨナラの場面でスクリーンには自分の名前が映し出されていた。


「へぇー、これが君の夢か。野球をしてたんだね」


 青年の不思議そうな物言いになにか弱みを握られたような感じがして否定しようとする。が、青年はユニフォームの姿でベンチに座っていて、その光景が出てくる言葉を詰まらせた。

 球場のアナウンスが自分の名前を呼ぶ。


「ほら、いって来なよ」


 青年がバットを差し出す。

 納得がいかない表情でバットを受け取り、その時に自分もユニフォームの姿であることに気がついた。

 あまりにも唐突な状況に戸惑いつつもバッターボックスへと向かう。

 席に立つ前に一度軽くスイング。しばらく振ってなかったとはいえそこまで衰えてはいなかった。

 ボックス内に入り相手投手を見定める。

 投手は右投げで年齢は自分と同じぐらいだ。

 右手にボールを持ち左足を高く上げる。勢いよく踏み込んで投げた。

 ボールは高回転しながら急なカーブを描く。

 ゾーンに入る位置が予測できたのでそこに思いっきりバットを振る。

 ガンッと大きな打球音が球場全体に響いてボールは見事にフェンスを超えた。

 サヨナラ満塁ホームランだ。

 観客は大きな歓声を上げ球場全体が震えた。

 ダイヤモンドを一周する。

 よく知らない選手達がはしゃぎながらベンチから出て来てホームに帰ってくるのを待っている。

 選手の顔に表れた歓喜が狂喜に見える。


 心の底からくる嫌悪感が胸を締め付ける。

 一刻でも早くこの場から離れたい気分だった。


 ベンチに戻ると青年がこちらに近づいて来た。


「すごい!見事なホームランだったよ!」


 青年の言葉に適当に相槌を打ち、扉のノブに手をかける。


「もういいの?他にも自分の望んだ場面を創れるけど…」

「もういい、少し休憩する」


 一階の会場に戻り休憩用に設置された長椅子に二人で座り、会場の真ん中で熱唱している女性の歌を聞く。

 女性はなんだか苦しげに歌ってるように見えた。

 オレは青年に話かけた。


「なあ、ここを紹介してくれた時『本当の自分になりたかった』と言ったよな。あれ、どういう意味なんだ?」


 青年はよくぞ聞いてくれたとでもいうような笑顔でこちらを向く。


「俺はさ、大学ではどうやら友人達から静かで真面目なイメージを持たれてるみたいなんだ。だから少しでもずれた行動をしたら、『俺の中にそういうイメージがついちゃうぞ』とか言ってくる。そういう言葉を言われるたびに本当の自分が殺されたような気分になる。本当の自分は違う。真面目でも静かでもない。思いっきり騒いで、いらんことばっかりして楽しみたいでももうできない。そういう風に周りからの評価が固まってしまったから、本当の自分を出せば周りは俺を殺しに来る。本当の自分と周りからの自分とのギャップに悩んでた時に招待状が届いたんだ。この場所は素晴らしい!どんなに騒いでも、どんなに暴れても誰も俺を失望しない!歌を歌いながら自分勝手に踊っても誰も俺を幻滅しない!むしろ一緒に踊ってくれる人がいる!」


 青年は興奮気味に話す。


「ここは何も夢を叶えるだけの場所ではい。現実で溜まった鬱憤を晴らすため、ここで思いっきり自分の思うままの事をする人もいる。君はなんでこの場所に来たんだい?」

「オレは野球チームに所属してる選手だ。試合にはほとんど出してもらえない。ずっとベンチで、たまに敗戦処理で主力を残すために代打として起用されるだけ。オレよりも上手いやつらはいくらでもいる。そういうやつらに全然近づけなくてそれで劣等感を感じて、嫌になってここに来た」


 青年はうんうんと首を振り、同情するような顔をする。


「君と同じような悩みを抱えた人はここにたくさんいる。ここの人たちはよく自分の悩みを話してくれるし聞いてもくれる。なにか自分の話を聞いてほしいと思ったのならいつでもここにくればいい。心が軽くなるよ」


 その後は青年のこの場所での友人達と会い、彼らに合わせて悩みを言い合ったりして、歌ったり、踊ったりもした。

 ただオレは彼らに故知れぬ反撥を感じらようになっていった。


 あれから何日か、オレはこの会場に通っていた。

 初めて来た日以来、二階の部屋は一切使っていない。

 会場に来てる連中には来るたびに顔を合わせたくないという気持ちが少しずつ大きくなる。


 舞踏会で自由気ままに振る舞う連中にも、人間の持つ汚れた悪が何かの形で現れる。

 けどオレはそれを嫌だとは思わない。

 そういった悪は誰しもが持つし、悪のない透明な人間などあり得ない。

 いたとしてもそんな人間はつまらないに決まってる。

 むしろオレは、そういった悪は人間らしいものとして認めている。

 では連中に顔を合わせたくないという気持ちになるのは何故だろうか?

 あんなに輝いて見えていたはずなのにどこか苦しそうに見えるのは何故だろうか?

 家にいても同じ虚しい日々が続くだけ、それだったら舞踏会に来て自分の中にある疑問を解決したいと思っていた。


 その日もオレは取り憑かれたように舞踏会へ行き、青年の話相手となって一緒に会場を見て回る。

 疑問を晴らす答えを見つけるため、色んな人と出会っては彼らの話を聞いていた。

 他者と比較して優越感に浸っている者、ひたすら承認欲求を満たす者、野生にかえり思うままに暴れ回る者。

 ただそれらは少なからず誰にでも持ってるものだ。

 連中に対する嫌悪の正体ではない。


 今日も答えを得られなかったとあきらめて会場から出ようとした時、一人の老人を見つけた。

 その老人は汚れたシャツを身につけ、無精髭を生やして長椅子にぐったりと座っていた。

 周りが明るく輝いているように見せかけてる雰囲気の中で、老人のえらくみすぼらしい姿に目を離せなかった。


「どうしたの?……ああ、あのじいさんかい?あのじいさんはいつもあの椅子に座って何か独り言をぶつぶついってるんだ。よくわかんないじいさんだよ」


 オレは老人に話が聞きたいと思い、近くまで行く。

 すると老人はぽつんと吐き出すように言った。


「もっと光を」


 思わず足を止めて老人の顔を見る。

 老人は神へ懇願するような、あきらめたような顔つきで哀愁が漂っていた。

 さっきの言葉だって誰かに聞かせようとして言ったわけではない。つい口から出てきた言葉に違いない。

 何故だか老人の言葉に対して反抗したい気持ちになった。

 よく分からないが連中に対する嫌悪感と似たようなものを感じる。

 オレはそのまま老人に背を向けて離れていった。


 この不思議な居心地の悪い雰囲気の中で、時には争いが起きることもあった。

 これといった理由ではなく、極くつまらない理由で。

 歌い声が大きい、静かにしてくれとか、ここは自分だけの場所だ。邪魔をしないでくれとか、そう言ったことで、今まで明るい雰囲気だったはずなのに急にとげとげしいものがみなぎってくる。

 しかし結局殴り合いや喧嘩になることはまれで、周りになだめられてほとぼりは冷めてしまう。

 釈然としない仲直りになってしまう。

 だが対峙の瞬間にある当人達の表情は相手を倒そうという闘志あふれるものではなかった。

 むしろ彼らは弱々しい、いじめられたような表情で、背を丸くしてちぢこまった様に見える。

 彼らは本当に腹を立てていたが、対峙した相手に対してではなかった。

 誰にもわからない不思議な怒りを彼らは胸の中に蓄えている。

 青年はこういった状況を見るたびに、なんてバカなやつらだと呟く。


 しかし連中の悲しい人間のあり方を見て、老人の言葉の意味がやっと理解できたような感じがした。

 この舞踏会にくる連中は人生に注ぐべき熱量を他の小さい無駄なものに注いでいるのだ。

 本来なら途方もない熱を注いでやっと得られる称賛が、この場所では簡単に手に入れられる。

 そして行き場をなくした熱量が彼らを弱々しい姿に変えてしまう。

 もっと光を、ゲーテの臨終の言葉だ。あの老人は今になってやっと気づいたのかもしれない。

 老いてしまった体にはもう何かに打ち込めるだけの熱量はない。

 老人にできることと言えば、神に縋り自分の人生に対する偽りのない本音を語ることしかできない。


「やる事ができた。もう二度とここに来ることはない」


 青年に言った。最後の別れの言葉だ。

 こんな場所で無駄に時を費やしている暇はない。


「いきなりだね。どうして?ここなら君の夢を叶えることができるんだよ。君は何者かに称賛されたかったんじゃないの?」


 言うべき言葉はもう見つかってる。


「どうせ称賛されるなら、たくさん熱を注いで称賛されたい。お前も現実に自分の居場所がないのなら努力して作ればいい。少なくともこんな場所で作るべきではない。本当の自分を知る者は別に多数でなくたっていいじゃないか。少数でもいいから努力してみたらいい」


 青年は面食らった顔をした。

 立ち止まったままの青年を置いてオレは会場を出る。

 清々しい気分だ。

 体の中にある全ての細胞が、皮膚の中で蠢いているのをはっきりと感じる。

 これから先どうなるかはわからない、けれど今は自分の中にある有り余った精力を消化したい。

 振り返ることなく一直線に家へと駆ける。


 明日からまた野球をしよう。

 監督からは怒られるかもしれないし、チームメイトからは邪険に扱わられるかもしれない。

 でもそれでもいい。それでもまた少しずつ、変えていけばいいのだから。

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