4.全滅
「クリケット」を襲った敵機は、全ての魚雷を放ったわけではなかった。
むしろ大半がまだ魚雷を抱いたままだ。敵の狙いは、あくまで輸送船への攻撃なのだ。
司令は急げと言うが、本艦は既に最大戦速を出している。これ以上急げない。
「戻ーせ」
右反転を完了させた本艦は舵を戻した。前方を飛んでいく敵機を真っ直ぐに追っていくが、さすがに駆逐艦で戦闘艇には追い付けない。
被雷し両舷から光線銃を掃射された「クリケット」は、大破したその姿を無惨に宇宙空間にさらしている。しかし本艦は安否も尋ねず、その脇を高速で通過した。
艦橋スクリーン上、前方で光線銃と思しき光が明滅し始めた。ただ1隻で輸送船の守りについていた「哨戒艇22号」が発砲しているのだ。つまりそこまで敵機が到達しているという事だが、哨戒艇の古い光線銃はどれだけ役に立つか。
「1番赤外線観測器、高熱源探知」
「前方大爆発!」
前方での爆発。何が爆発したか気になるが、私はそれを見ることができない。私の見張り画面にも大変な事態が映っている。
「『リーフホッパー』、爆発炎上中」
一瞬、艦橋内がざわめいた。
画面内で、2機の敵機と共に残してきた「リーフホッパー」が爆発し、左舷側から黒煙が上がっている。本艦からは「リーフホッパー」の右舷しか見えず、詳しい状態は分からない。
「前方、また大爆発、大きい!」
前方の様子も深刻だ。
「大爆発」と報告される程の爆発が、2回。それもわざわざ「大きい」と付け加えられる程の。それだけの爆発を起こせる物は、この宙域にひとつしかない。
「『ディフェンダー』、レーザー信号に応答なし」
燃料を満載した液槽船「ディフェンダー」――最も速力の低いあの船が、爆発を起こしたのだ。
・・・・・・
もはや無事な輸送船が1隻しか残っていない船団の元へ駆けつけると、護衛の「哨戒艇22号」はまだ戦っていた。
搭載している光線銃が弱く、敵機に脅威とみなされず無視されたのだろう。実際に、今も敵機は光線銃を撃つ「哨戒艇22号」に対し何の反応もみせない。
「敵機4機、旋回中」
「4機――?」
艦長が聞き返す。敵が1機減っている。
「電探、1機で飛ぶ敵はいないか」
「いません」
電探で捉えられない――すると「クリケット」が1機撃ち落としたのか。左右から5機に襲われながら、よくやったものだ。
残った4機の敵機は大きく旋回し、雷撃針路をとろうとしている。曲がった先にいる船は最後に残った貨物船「ノースライン」だ。護衛する「哨戒艇22号」が死に物狂いで光線銃を撃っている。
そして傍らには、黒焦げになった液槽船「ディフェンダー」が漂流している。宇宙空間ゆえ酸素がなく、船内を満たしていた空気と予備の備蓄酸素を使い切って火が消えたのだ。今は搭載していた燃料を空間に垂れ流しながら沈黙している。
大型の貨物船「ノースライン」の右舷側に、小さな「哨戒艇22号」が果敢に立ちはだかって光線銃を撃っている。最大戦速で突っ走ってきた本艦は急速反転して速力を落とし、「哨戒艇22号」と前後に並んで「ノースライン」の守りについた。
「右、光線銃撃て!」
本艦の強力な対空光線銃が一斉に光線を吹く。迫り来る4機の敵機はもう近い。雷撃されるまで、あと少々――だが敵機の針路だけでも妨害すれば、「ノースライン」は守れる。
――!
「右舷、魚雷接近!」
私が見る3番光学観測器に、魚雷が映った。思ったより早い。
「電波妨害、出力最大。熱源囮弾発射!」
敵魚雷の電探誘導を無力化するため妨害電波を出し、赤外線誘導の無力化のため熱源囮弾を発射して引きつける。
「――魚雷外れた、被害なし」
左舷側見張員の声。
それと同時、3番光学観測器に見える敵機が針路を変えた。
「敵機、上げ舵をとった」
敵は何か嫌がるように距離をとって本艦を飛び越そうとしている。先ほどの魚雷の発射も、妙に早すぎた。
どうやら、本艦の光線銃射撃が効いたらしい。強い対空光線に阻まれて十分に接近しきれず、魚雷は撃ったものの妨害電波と熱源囮弾のせいで目標を見失ったようだ。
敵の発射が早かったため対応するための時間が多くとれ、上手く逸らすことができた。敵機からの光線銃掃射も、未然に防げた。
――私はそう思った。
「いかん!」
「上げ舵一杯、最大戦速!」
突然の号令。機関推力に押し出され、ぐっと艦が前に出る。「哨戒艇22号」に覆いかぶさるように、本艦は斜め上に向け急速前進を始めた。
「左、光線銃用意。敵機を見つけ次第、令なくして撃て!」
それを聞いて私は、艦長たちが慌てる理由に気付いた。
本艦、そして「ノースライン」の直上を越えた敵機は今「ノースライン」の左舷側にいる。いま動ける護衛艦艇は本艦と「哨戒艇22号」のみで、どちらも右舷側にいる。「ノースライン」の左舷方向には艦がいない。
いま「ノースライン」は、敵機に無防備な左舷を見せているのだ。
本艦の艦体が「ノースライン」の陰から出る。すぐ光線銃が撃ち始めたが――
「『ノースライン』、被雷した!」
間に合わなかった。
最後の輸送船「ノースライン」への、雷撃を許した。
本艦の光線銃は直上を通過する敵機を猛射する。魚雷を撃ち切っていたとしても、まだ光線銃がある。無防備な「ノースライン」を掃射されたらたまらない。
私が見る3番光学観測器に、右舷方向に遠ざかる敵機と本艦の光線銃の青い線が見えている。
敵機を拡大して見ていると――1本の光線が、その機体を貫いた。
「敵機、1機撃墜!」
せめてもの、反撃であった。
・・・・・・
本艦の反撃は、意外に効いたらしかった。
3機に減った敵機はそのまま飛び去り、反転して来ない。
敵は、わが「インセクト」級の新型光線銃を侮っていたのかもしれない。初めの1機の損害はまぐれと思っただろうが、2機目を撃墜されて対空光線の強さを知り、脅威が大きいとみて攻撃を諦めたようだ。
電探で確認すると、前方に残してきた「リーフホッパー」を襲っていた敵機も退却していく。
どうやら、敵を退けることは辛うじて叶ったようだった。
・・・・・・
払った犠牲は、大きかった。
「リーフホッパー」は両舷中部に大穴が空き、反対側の宇宙空間が見えている。1本目の魚雷が開けた穴に2本目が飛び込んだようだ。
それでも乗員に生き残りがおり、本艦が近づくと、内火艇が2隻、艦の陰から出てきた。本艦は速やかに艦を寄せて乗員を収容し、積めない内火艇は放棄した。
「クリケット」は前部を大破し、両舷は光線銃の掃射により焼けただれ小さな破孔が無数にみられた。
しかし驚くべきことに機関は無事らしく「戦闘不能ナレド航行ハ可能ナリ」とレーザー信号回線を通じて知らせてきた。空間跳躍も可能で、航行するだけであれば十分ついてこられる状態だった。
「ノースライン」は魚雷を食らったにしては破孔も小さく、まだ動けそうに見えた。しかし試験的に機関を前進にかけたところ被雷箇所の船体構造材が歪みだし、船体が曲がり始めたため航行不能と判断され、放棄が決定された。
被雷箇所は船倉であり、また「ノースライン」の積載品は食料や日用品であったため大した火災も爆発も起こらず、乗員は無事であった。本艦と「哨戒艇22号」が接舷して乗員を収容した。
現在の「SZ504」船団の残存艦船は、わが駆逐艦「グラスホッパー」、僚艦「クリケット」、そして「哨戒艇22号」の3隻である。
もはや、進むことはできなくなった。
「SZ504」船団は、輸送船団である。輸送船を全て失った今、積載した輸送物件を目的地に届けるという任務は、果たせない。わが船団が前進することに、もう意味はない。
輸送船全滅――その結果だけを携えて、「SZ504」船団はスギパール星系へ向け反転した。
敵戦闘艇の作戦行動範囲から離脱するため、高速を出す。「哨戒艇22号」は旧式とはいえ元駆逐艦であり、速力はそれなりに高く足手まといにはならなかった。
・・・・・・
暗黒の宇宙空間を、輸送船を全て失った船団が突っ走っていく。
足を引っ張っていた戦時標準船「ディフェンダー」が今はいない。それゆえ高速航行ができ比較的安全であるという事は、輸送船団としては痛い皮肉であった。