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桃千代さん、混乱する

「桃千代殿。室町の一休禅僧はご存知か?」

「はい、存じております。型破りな言動で民に親しまれ、優れた書を残したと聞いております」

「そうだな。それに優れたとんち話も数多く伝承されておる」

「とんち話ですか?」


 形式的な挨拶を無難にこなした桃千代は、膳に茶菓子と蜜柑が置かれた亀甲の間で、二人目の婿候補の伊達馬八郎との関係を深めようと会話をしている。


「こんな話がある。かの将軍足利義満公にお目通りをした時の事――屏風に描かれた虎の絵が、毎晩出てきて騒いでうるさい、縄を用意したから縛ってくれと義満公から話があった」

「はい」

「その訴えを受けて一休禅僧はどうしたと思うかわかるか? 桃千代殿」

「……わかりませぬ」

「ちなみに、それがしであれば喜び勇み、縛られる事を受け入れるのだが」

「え?」

「それにこんな話もある。とある川の橋の入口に、この橋渡るべからずと書かれた立て札があった」

「はい……」

(虎は?)

「その立て札を見て一休禅僧はどうしたかわかるかな桃千代殿?」

「えっと……わかりませぬ」

「ちなみにそれがしであれば、立て札を見て瞬時に渡るであろう」

「え? なぜでございますか? 渡ってはいけないのではないですか?」

「渡り終えた後の処罰が鞭打ちだと想像しながら喜び勇み渡るであろう」

「…………」

(このお方はなんですの?)

 

 桃千代は幼い為、現代で言う所のМ気質という特殊なへきを理解する事が出来ない。


「それより、この蜜柑を頂いてもようござるか?」

「あ、はい。当荻野家自慢の荻蜜柑でございます。よろしければ剥いて差し上げますが?」

「なんと! 桃千代殿が剥いて頂けるのか?」

「え? そんなに驚かれる事ですか?」

「体の奥底に震えが走ってな。桃千代殿、改めて聞くが蜜柑をどうしてくれるのだ?」

「え? ですから、剥いて……」

「何をだ?」

「蜜柑を……」

「み、蜜柑を?」

「剥きます?」

「ふ〜っ! なんだか震えがとまらんな!」

「…………」

(ちょっとお待ち下さい。一回深呼吸しなきゃ)

 

 足利義満公の虎の話の結末がどうなったのか? この橋渡るべからずと書いてある立て札の橋をなぜ渡るのか? という疑問が改善されない苛立ちと、快感を露わにしている男を見て、自分の方が何かおかしいのか? という考えが生まれ桃千代は混乱した。

 しかし先ほど一度乱心した手前、もう二度と癇癪を起こしてはならないと自らに言い聞かせた。


「そ、そういえば馬八郎様は先の戦で初陣されたとお聞きしました」

「さよう。齢的には少し遅かったが、部隊の隊長として十と九投石隊を率いた」

「初陣ですのに立派なお立場ですね」


※戦国時代の逸話で有名なのは、武田家の小山田信茂が率いた投石隊です。

石合戦などもすでに鎌倉時代末期の文献にも記載されていた様に、地味ながらも投石は一つの兵法として存在していました。


「その戦なんだが、夜間まで続いてな」

「え? 暗闇での戦ですか? さぞかし不安であったでございましょう?」

「ああ。手持ちの石がなくなり、皆は地に落ちている石を手探りで拾い上げ投げていた」

「……して、その戦はどの様な顛末であったのでしょうか?」

「石ではなく、部下の股間にある丸い石を握ってしまい、危うく喧嘩になるところじゃった。ハハハ!」

「それはそれは……うふふ……」


 桃千代は、相づちの意もあったにせよ、不覚にも笑ってしまった自分をこの上なく恥じた。


「その時、もし逆の立場であったらやみつきになってしまったであろうな。ハハハハハハ」

「…………」

(なるほど。やっとこのお方の異質な所が理解出来ました)

 

 その直後桃千代はすっと立ち上がり無言で退室。父が待つ本丸へやり場のない怒りを露わにして向かった。そして勢いよく襖を開けた。


「桃千代? お主どうしたのじゃ? 馬八郎殿との歓談は終わっ――」


 本丸に入室するなり、父荻野式尾の問に答える事なく問答無用に股間を握り潰した。

 

 「私は今回はどなたとも婚姻はしませんっ!」


 そう桃千代は怒鳴りつけ、先ほど父が斬った掛軸の欠片、手ぬぐいなどを投げつけ乱心した。しかし、城主の悶絶声を聞きつけた侍女、手練れ侍六十九人衆により取り押さえられ別室へ連れていかれた。

 



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