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汚い潔癖症  作者: どるき
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汚い潔癖症

 土曜日の午後、もうすぐ3時になろうかという昼過ぎの緩やかな時間。

 僕と彼女は遅い昼食でファストフード店を訪れていた。

 遠くから聞こえてくるのは明日の選挙の演説であろうか。

 選挙権のない僕からしたら大人が騒音を撒き散らして練り歩いているとしか思えず、正直言って邪魔でしかない。

 ふと、注文待ちの手持ち無沙汰を周囲を観察して紛らわせていると、持参したアルコールで机を消毒している人がいた。

 あの席はさっき店員が拭き掃除をしていた場所なのにと小首を傾げる僕の疑問に、目の前にいる彼女は答えてくれた。


「潔癖症なんだろう」

「潔癖?」


 聞き返した僕は「まさか」と思ってしまう。

 なぜなら件の人物は綺麗付きとはとても思えなかったからだ。

 足元は泥汚れがついているし、顔には無精髭が伸び、服もよれていてくたびれている。

 潔癖症というのならばもう少し小綺麗にするものではないかと。


「キミはカレの外見を見て信じられないという顔をしたが、潔癖症であることと汚いことは矛盾しないんだ。むしろ他人から見て汚いくらいの方が潔癖症になりやすいんだよ」

「どうしてさ」

「潔癖の基準っていうのはあくまでその人次第だからね。例えば……キミやボクが気にせずに触っているこのスマホの画面だって数え切れないほどの雑菌にまみれているんだ。理屈の上ではメチャクチャばっちいよ。だけど多くの人は目に見えた汚れがついていなきゃ気にしない。それに実際にスマホの画面についた雑菌による健康被害なんて天文学的な確率の不運と踊っちまわなきゃ起きないから、理由もなく汚れを気にし過ぎる方が問題になるくらいさ。その上でスマホの画面についた雑菌がどうしても許せない人だっている。そういうカレのような人を潔癖症というんだよ」

「でも……そんな細かい汚れも許せないようだったら、自然と綺麗好きになるんじゃないの?」

「だからこそ『その人次第』なんだ。潔癖症の人だって汚いと思ったものを排斥しなきゃと想うのとは逆に、別に構わないと思っているものには普通の人と同様に寛容になるんだよ。カレの場合は露骨だね。キミが気にした身だしなみに関してはむしろ汚いくらいでも気にしないのに、テーブルの上の雑菌には病的な嫌悪感を持っているわけだ。まあ……その潔癖さを机の消毒程度に向けているうちは可愛いものだよ。その程度なら潔癖症というほどでもないことが多いからね。特にこれからの時期は病気のウイルスが怖い季節だし」


 そういうと彼女は外にふと視線を向けていた。

 視線の先からは街頭演説の声がきこえてくる。

 そういえば僕より年上の彼女には選挙権がきているんだったなと、ふと思い出す。


「ふーん。そういえば明日って選挙があるけれど、君はもう18になったから投票できるんだよね。行ってくるの?」


 我ながら少し変な話の振り方であるが、テレビでは政治家の綺麗汚いが連日のように報道されているのを踏まえると、この潔癖症についての見解を踏まえた彼女がどう解凍するのか僕は気になってしまった。

 やはり綺麗さを押し出している候補に入れるのであろうか。

 それとも些細な汚さよりも清濁併せ持った実績のある人物に入れるのだろうか。


「こういうことは、いくらキミとボクの関係でも気安く聞くものじゃないよ。特にこういう公共の場所では」 

「ごめん」

「でもキミに悪気がないのは知っているからヒントだけは教えてあげる。こういうまさはるの話にも、さっきまで言ってた潔癖症ってのは当然あるよ。キミもそれが気になったから聞いたんだろうけれど、ボクが今言えるのはこれだけ……ボクはボクが思う尺度で綺麗な人間に投票するよ」

「それって──」

「番号札627番のお客様──」

「おっと、ボクらの番だ。潔癖症の話はこれくらいにしてお昼にしよう。もうお腹ぺこぺこだ」

「う、うん」


 番号札の呼び出しが遮ったことでこの話はお開きとなり、食後に寄った彼女の家でも続きはでなかった。

 まあ……僕から彼女に出すものは別にあったわけだがそれはまたご愛嬌。

 しかし週明けの月曜日。

 学校の教室で1日ぶりに見た彼女からは少しだけ悲しそうな雰囲気を感じられる。

 一昨日、彼女の部屋で僕が何か粗相をしてしまったのであろうか。

 だが彼女のそんな空気は僕の顔を見るとすぐに吹き飛んだあたり、思い過ごしだったのかもしれない。

 今の思い過ごしも彼女が言っていた潔癖症の一例なのかもしれない。




 今朝のニュースはとある政治家が当選したことをテレビではこの世の春かのように大きく取り上げていた。

 報道では落選した対立候補とは異なるクリーンな人物だと持ち上げていたが、過去のSNSの炎上を見るに素行の悪さは比ではない。

 よくよく主張を見ればその人物よりも掲げる内容はお粗末である。

 ああ、これもまた彼女が言っていた「汚い潔癖症」なのだろう。

 「汚い」と決めつけた嫌いな相手を排斥するために「より汚い」人間を持ち上げることにも厭わない潔癖症は世の中には多いようだ。

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