2.
光里という女性を一言で現すなら、変人だ。
桜はそう思う。
桜が光里と出会ったのは大学の入学式だった。
苗字がたまたま前後だったから入学式の座席が隣になったたけ。
お互い1人ぼっちで大学生活をスタートさせるのは嫌だったから、どちらかともなく声をかけ、LINEを交換した。
それが2人の始まり。
光里の第一印象は真面目そうな人。髪色こそ明るいが、スーツは品よく着こなしているし、メイクも多分覚えたてなのか、最低限で済ませていた。
言葉遣いもしっかりしていたし、まともな知り合いを得た、と桜は安堵した。
それは多分、光里も一緒だっただろう。
まあ、友人としてはちょっと物足りないかもね。
桜は心の中で舌をペロリと出した。
それが覆されたのは、入学式から1ヶ月後。
1限目の授業前。
「ねえ、今日さ、飲みに行かない?」
光里からそう誘われた。
「...未成年なんだけど」
入学式から徐々に派手になった顔をキョトン、とさせて光里は「知ってるけど」と言った。
「え、でも桜、お酒好きでしょ?」
「まあ、好きだけど」
酒豪の家に生まれた桜は高校生の時から親の晩酌に混ざっていた。桜のお気に入りは飲みやすいレモンサワー。
「じゃあ決まり!新宿なら年確されないし、行こう!」
嬉しそうに笑う光里に、桜はつい、しょうがないなあと笑顔を返した。
真面目だと思ってた大学最初の友人は、こんな不良な一面もあったらしい。
「え?今なんて?」
大衆居酒屋のテーブル席。お気に入りのレモンサワーを2杯ほど飲んだタイミング。
「だから、彼氏と別れた」
同じくらいお酒を飲んだ光里がなんの脈絡もなく光里に告げた。
私たちは今、次のおつまみを枝豆か冷奴かにするかで揉めてたはずなんだけど。
「ていうか、彼氏いたんだ」
「まあね。でも別れちゃったから今日は振られた記念日。お酒くらい付き合って?」
「その割には全然平気そうだね?」
光里がしれっと枝豆だけを注文したことには目を瞑り、桜はヘラヘラと笑う目の前の彼女に問いかけた。
「まあ、好きで付き合ってたわけじゃないし」
「そもそも、どこで知り合ったの?」
「マッチングアプリだよ。この前付き合って2ヶ月目くらいに振られちゃった」
「ああ、最近流行りのやつね」
気軽に恋人が作れるアプリ。前々から存在は知っていた。だが、知らない人と表面上だけでやり取りをして、実際に会うのは精神的に負担が大きいような気がして、桜は敬遠していたものだ。
「今回はちゃんと好きになれると思ったんだけどな」
豪快に喉を鳴らしてお酒を流し込む光里の声色に、桜は一瞬、寂しさを感じた気がした。
「ちなみになんで別れたの?」
失恋した友達にかける言葉を知らない桜が言えたのはそれだけだった。
しかし、光里は慰めの言葉など必要としてなかったのか桜の予想外であっけらかんと答えた。
「私の恋愛観が分からないんだって」
「恋愛観の相違ってこと?」
「そう。私の恋愛観って、1.浮気は好きになってから。それまでは体の関係は大丈夫。2.セフレはバレなきゃ大丈夫。3.私だけを好きでいることだから」
指を順々に立てて桜に説明する光里。彼女は、自分の恋愛観に疑いはなく、曇りのない目をしていた。
だから桜は、その恋愛観ってクズ男とかモラハラ男と同じだよ、という本音に蓋をして「へえ...」と返すしかなかった。
「でも、これ理解してくれる人いなくてさ。価値観が合わないって理由で毎回振られちゃうんだ」
その人たちの感性は正常だよ
喉まで出かかった言葉を押し戻すようにレモンサワーを一気に流し込む。
お酒を飲む仲にはなったがまだ忌憚のない意見を言えるような間柄ではないことは自覚している。
ただ、彼からすれば、とんでもない女を彼女にしてしまったと思うだろう。
見た目は真面目そうで、ややメイクは濃いが清潔で顔立ちも整っている女性からそんな恋愛観が出てくるとは。
表面だけみれば、「私だけを好きでいてくれれば、他の女の子と仲良くしていいよ」と言っているようにも聞こえるが、少し深読みすると、「私もそれをするけどそれでも私のことだけを好きでいて」と言っているのと同じだ。
「光里はさ、どんな恋愛がしたいの?」
本音の代わりに問いかける。
「やっぱり安定的な恋がしたいかなあ。ずっと思い合えるようなさ!」
屈託のない笑顔に桜は思わず目を細めた。
クズな恋愛観を持っているくせに安定的で幸せで、相思相愛な恋愛がしたいという彼女。
きっと、ちゃんと恋愛なんかしたことないに違いない。
こんな思考になるなんて、どんなふうに育ったんだろう。
彼女の第一印象は思い違いだった。
なんて面白くて、なんて変な人なんだろう!!
かくして、桜のなかで、光里は変人格付けられた。






