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第五話

 貴族の男性は面子を大事にしすぎるきらいがある。

 また、猟犬や馬に関して、自分の命令を聞かなかっただけで簡単に撃ち殺してしまう人も多い。


「名誉のために愛する犬だろうと断罪できる、それが男らしさの証明なんだよ。可哀想だからって他所の家の犬を連れ帰って来ちゃう僕は男らしさからほど遠いんだろうね。ごめんね。ただでさえ貧乏でやりくりが大変なのに。」


 コリンの犬を撃ち殺せと言い切ったソーンの姿によって、当時の私は兄の言葉と兄の行動を思い出していた。


 我が兄は私と同じ色合いながら、外見は私と違って華々しい美男子だ。

 けれども彼の中身は面白みのない学者肌でしかなく、両親の死で子爵の家督を継ぐ事が無ければ、大学に残って動物行動学の研究者になりたかった人である。


 そのためか、キツネ狩りに参加してはキツネを逃がしてしまうという、貴族の風上にも置けない行動を取られる人でもあるのだ。


 そんな兄の仕業によって兄が参加するキツネ狩りは、通常は残念会で飲んで終わるはずらしい、が、その日に限って狐が逃げた罰を主催者の猟犬が負う事になったそうだ。


 兄の罪悪感はいかほどのものか。

 彼は罪悪感に突き動かされるまま、生贄になりかけた一頭の大型犬を引き取って帰って来たのである。


 けれど我が家の家族となったその犬は、前の飼い主が理由をつけて撃ち殺したくなる気持がわかるほどに、猟犬どころか番犬としても及第点を与えられない間抜けな犬だった。

 しかしながら、兄とベアトリスが出会うきっかけを作ったという事では、あの犬は飼い主にとって最高の犬だったと言えるだろう。


「何をなさっているのですか?」


「飼い犬を埋葬しています。広々としたところで眠らせてやりたくて。」


 兄が公園の敷地の片隅に老衰で死んだ犬を埋めたのは、当時貧乏な我が家が自宅を売らねばいけないかもしれないギリギリにあったからである。

 そして、見ず知らずの男爵に最後に残っている財産全てを兄が賭ける原動力になったのは、犬の埋葬時に出会ったベアトリスに兄が恋をしたからである。


 玉砕しようが告白だけはしたい。

 そのための体裁を整えるぐらいの金が欲しい。


 今となってはこれは兄と私の笑い話だが、男爵に貸したお金が戻って来なかった場合、私にお金を残す名目で兄は自殺を考えていたのではないだろうか。

 ベアトリスのお陰で兄はいつも笑顔で幸せそうだが、ほんの少し前の兄の目尻には笑い皺などなく、眉間に皺ばかりが増えていたのである。


「お願い!僕のアビーを返して!」


 私は私の名前を叫ぶ子供の大声でもの思いから覚めた。

 ソーンの右手によって首根っこを掴まれてぶら下げられた仔犬は、首つり死体のように脚や全身をだらっとさせて垂れ下がっている。

 その仔犬の哀れな姿は、兄の自殺の可能性に脅えていたかっての私の恐怖を呼び起こした。


「きゃああ。ソーン様!私をそんなに撃ち殺したいと思われてらっしゃったの?」


 ソーンは驚いた顔で私を見返した。

 そしてすぐに頬を紅潮させると、私にふざけるな、と唸り声をあげた。


「私が撃ち殺せと言っているのはこの犬だ。関係のない女が男のする事に口を挟んで来るんじゃない。」


「まあ!その子の名前はアビーですの。私と同じ名前ですわ。コリンさまは私にあやかってその子に名前を付けられましたの。つまり、その犬を殺すことは、私を殺すと同義語なります。」


「だから君は何を言っているんだ?」


 私はソーンの真ん前に一歩進み、犬を返して欲しいという風に彼に向かって両手を差し出した。


「何だ、その手は?鞭が欲しいのか?」


「引っ込みつかないのはわかります。だからこそ笑い話で済むうちに犬を返してください。今日はパーティですのよ。」


「男に意見するとは思い上がった娘だな。」


 ソーンは口元を歪めると、私の手の上に仔犬を返すどころか、犬をぽいっと放り投げた。


「まあ!なんてことを!」


 私は宙に浮いた犬へと両手を差し上げており、犬に夢中になったがために、犬を手に入れたそこで体のバランスを大きく失った。


「おおっと。間に合って良かった。」


 聞きなれた声に私の身体は硬直したが、私の身体は地面に激突するどころか横倒しのまま宙で止まっている。

 しっかりした腕が私を抱き留めており、私は心臓がどきんと鳴った。


 いえ、心臓が止まったかもしれない。


 だって、黒い瞳が私を覗き込んでいる。

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