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第四話

 私はあの時のあの場所で、婚約を受けられないと男爵に伝えられなかった。

 あの時に私が婚約をちゃんと辞退する強さがあったならば、今、このような事になってはいなかった。


「アビー、大丈夫?」


「大丈夫よ。ちょっと思い出したの。」


 ベアトリスは優しく微笑んだ。

 それから私の顔へと手を伸ばし、彼女は母親のようにして私の涙を拭った。


「ドレスの事、友人に聞いたわ。酷いことを言われたんですってね。もう安心していいのよ?私のドレスデザインを盗んだ衣装屋など、二度と私の目の前で商売が出来ないように潰してしまいましたから。」


「え?」


 衣装屋を潰した?

 たった三日前の話ではありませんか?

 ベアトリスは私の呆けた顔が面白かったのか、口元に手を当ててコロコロと笑い出した。


「お姉さま?」


「あなたはそんな顔をする必要は無いの。あなたとアラステアこそ幸せが似合う方達ですわ。何かあったならば私に相談してくださいね。私があなた方の表情を曇らせる原因、ぜんぶ、潰して差し上げますから。ええ、そうよ。あのあばずれとあなたを苦しめる男爵様だって。」


 ベアトリスは無邪気な笑顔しか私に向けてはいないが、私はこんなに怖い人を前にしたのは人生初めてだと脅えるしかなかった。

 私は大きく息を吸い込むと、大丈夫よ、と笑顔を無理矢理に作った。


「大丈夫?なの?男爵様に罰を与えるべきじゃないの?」


「これは私だけの問題なの。男爵様は関係ないわ。彼が悪いわけじゃないの。」


「それで、あなたが悪い?どうしてそう思うのかしら。私はあなたがとっても真っ直ぐな良い子だと思うのに。姉もそう言っているのよ?」


 私はそこで普通の笑顔に戻った。

 ベアトリスは侯爵家の令嬢だ。

 彼女の姉に当たる伯爵夫人には、可愛い息子のアランとコリンがいる。

 私がコリンを助けたことをベアトリスは言っているのであり、私はあの子とのことを思い出して幸せだったひと時をも思い出したのだ。


 コリンを庇ったのは私一人じゃない。

 そこには男爵様もいた。


 あれはベアトリスの姉の家で行われたパーティでの出来事である。

 夜ではなく昼間のガーデンパーティという子供達も参加できる気軽なものであるが、デビュタントとその家族を招いて結婚市場のパーティを忘れられる楽しいひと時を与えようという、誰もが楽しみにしている恒例のものである。


「コリンやアランの結婚相手を今から見繕っているだけよ。」


 ベアトリスが言うには、結婚には親が必ず関わって来るので、自分の息子が結婚する時に相手の家族を見定められるようにするのが本当の目的なのだという。


「気が早いわ。」


「そうね。姉の要注意家族リストはどんどんとページ数を増やしているって聞いているから、もしかしてコリンやアランは結婚できなくなるかもしれないわね。う~ん。私の子供が娘だったら、絶対に姉のとこには嫁がせたくないもの。コリンもアランもとってもいい子だけれど、母親であるブリジットは強烈でしょう。」


 ベアトリスは時々実の姉や自分の母親や親族に対して凄く辛辣になる。

 私はこんなセリフを聞いた時はいつも言葉を失ってしまう。

 いいえ、私には母も近しい親戚もいないので、年上の女性にはどう対応して良いのかわからなくなるだけかもしれない。


 よって当日のその日は、ブリジットとベアトリスが気兼ねなく口撃し合えるようにニコニコ笑ってベアトリスの隣に座るだけにしていたのだが、庭で起きた大きな悲鳴によってそのひと時は壊された。


「きゃあああ!犬が!犬が!」


「何だこの犬は!」


「やめて!僕の犬を虐めないで!」


「まあ!コリンの声だわ!」


 ブリジットは立ち上がり声がした方へと向かっていき、私も可愛い子供の危機かもしれないからと慌てて席を立ってブリジットを追いかけた。


 私達が辿り着いたそこには、ドレスの裾を汚して泣いている若い女性と、その女性の父親らしい男がコリンの大事な宝物、生後三か月の仔犬を右手にぶら下げているという状況であった。


「まあ、まあ、コリン。どうしたって言うの?まあ、ソーン様。我が家の粗相を謝罪いたしますわ。申し訳ありません。さあ、さあ、お嬢様。ドレスの汚れを落とさせてくださいな。どうぞ、館の中にお入りください。」


 そこでソーン令嬢とその母親はブリジットが呼んだ召使いに庇われながら館の中に入って行ったが、父親であるソーンは怒りを静めなかった。

 いや、コリンの台詞によって後に引けなくなったのかもしれない。


「お願い。アビーを返して!ジェイクが勝手にケージを開けたの。見るだけっていうから連れて行ったのに、ジェイクが開けちゃったの。アビーは悪くないよ。返して!僕のアビーを返して!」


「私の息子のせいにする気か!これは君の監督責任、いや、聞き分けのない犬が悪い。駄犬は飼い主が責任を持って撃ち殺すべきだ。」


 残酷な言葉にコリンは蒼白となって言葉を失った。

 なんて意地悪な男なの、と私はソーンの前に進んでいた。

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