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第三話

 コールドウェル伯爵令嬢はダンスホールにて全ての観衆の視線を集めていた。

 私と同じ髪型に結った髪は、私の色褪せたものとは違ってハニーブロンドという素晴らしい色合いのもので、彼女の瞳は誰もが羨むサファイヤブルーだ。

 誰もが思い浮かべる艶やかな美女、それが具現化したような人なのだ。


 私とは違う。


 兄は私と同じ色合いなのに、私と違って華がある。

 それで兄は苦労もしているようだが、ベアトリスが兄に好意を抱いて自分から話しかけたのは兄の美貌があってこそだと思う。


 そう、私みたいな地味な女は、誰の目にも入らない。


「アビゲイルはいつもに増して綺麗ね。婚約発表が近いからかしら。」


「うふふ。婚約発表用のドレスとして注文したら届けられた品だそうよ。マダム・ランターニュもよくご存じなのよね。彼女のドレスデザインはいつも最高ね。」


 もう一人の中年女性が私達の間に入ってきた。

 いいえ、私こそ敵地で敵に囲まれてしまった、と考えるべきであろう。

 私を囲む貴婦人達は扇で顔を隠しながら、あからさまに私の全身を舐めるように見下ろしてはクスクス笑いに興じるのだ。


「ドレスばかりが浮いているわ。」


「アビゲイルの為に作られたドレスがどうしてご自分に似合うと思われたのかしら。あなた、鏡をご覧になった事がありますの?」


「いいこと?いくら話題が欲しくても人様のドレスデザインを盗むのは一番やってはいけないことよ?お金に物を言わせるなんて、一番はしたない事よ?」


「これはベアトリスがデザインして下さったものだわ。」


「まああ。ベアトリスに盗作した濡れ衣を着せるなんて。なんてひどい。」


「あの方がこんな小姑にこんな陰湿な嫌がらせを受けていただなんて!」


「ちが、違います!」


「素敵な方ですものねえ。ベアトリスは。ご自分の恋が叶わないからと言って、敵わない相手をベアトリスという兄嫁に見立てて八つ当たりされたの?」


「まあまあ、なんて嫌らしい。」


 私はいたたまれないなんてものじゃ無かった。

 私のせいでベアトリスと兄の幸せの現実まで汚されてしまう気がした。

 何を言っても私が全部を台無しにしてしまう気がした。


 そう、すでに台無しにしているって自分でも分かっているわ。

 男爵が美しい伯爵令嬢に恋をしている、それは有名な話ですもの。


 辛かった私は、ここで大失敗をしてしまった。

 泣きながらパーティ会場を飛び出したのだ。

 たった一人で。


 付添い人もつけずにデビュタントが一人でふらふらと他家の館の中をさまようなんて、一番やってはいけないことをしてしまったのだ。


 それで私は破滅した。

 いえ、私が彼を破滅させた。


 私は誰にも泣いている顔を見せたくはないと適当な部屋に入ったが、そのすぐ後に男爵がその部屋に入って来たのである。

 後ろ向きでもわかる。

 彼の足音で彼だとわかるなんて、私ってなんてしつこくて重いの!


 それでも彼の足音は私を宥めた。

 彼がいつもと違う行動を取った私を見咎め、いつもの優しさでおかしな素振りをしている私を追いかけてくれたのだと私はわかっている。

 分かっているけれど、とっても嬉しかった。

 だからこれ以上彼に迷惑をかけちゃいけない。

 だから急いで涙を拭いて、何でも無いと言おうと息を大きく吸った。


「こんな風に呼び出すのは止めて欲しい。迷惑だ。」


 初めて聞いた辛辣な声。

 誰もいない部屋でたった今彼が私に放った言葉こそ、彼が私に言いたかった言葉に違いない。

 私は自分の足元が一気に崩れた感覚となっていた。


 迷惑だ。


 迷惑だったの?


 私は涙が再び零れてきていようが、言われっぱなしの自分が情けなくて、彼に言い返してやろうと振り返った。


 彼は、ヒュー・ノーマンは、アシュベリー男爵は、思いっきり息を吸った。

 私の涙が見えたから、紳士としての思いやり精神でも目覚めたのか。


 振り向いた私の顔が泣き顔だったからか、アシュベリー男爵は辛辣なセリフをさらに私に投げる事を躊躇ったようだ。

 躊躇ったどころか、真っ黒な瞳が零れ落ちそうなぐらいに両目を一瞬大きくさせた後、自分を落ち着けるようにして思いっ切り息を吸い込んだのだ。


「アビー。あの、今のは。」


 私は彼の表情の変化と彼の声質が変わった事で、声をあげる気力が湧いて出たのかもしれない。

 いいえ、単純に怒りが吹き出したのよ。

 私が迷惑だって言ったじゃないの、と。


「迷惑でしたら、では、私など追いかけなければ良かったじゃないですか!私はあなたを呼び出してなんかいません。あなたに話なんてありません。」


「アビー。」


 彼はさらに何かを私に言おうとしたが、彼はそこで口を噤むしかなかった。

 私を追いかけて来たらしい女性らしき複数の足音が聞こえたと思ったら、大きく部屋のドアが開け放たれたのである。

 それから彼女達は大きく悲鳴を上げた後、私と男爵が婚約しなければならない言葉を叫んだのだ。


「未婚の女性を部屋に追い詰めて何をなさっているの!」


 男爵は奥歯を噛みしめた。

 そして、戸口へと振り返り、私が今まで聞いた事など無い声を出したのである。

 先ほど私に与えたよりも、冷たくて辛辣な低い低い声だ。


「婚約の申し出だ。私とグロッサム子爵令嬢の婚約についてグロッサム子爵の了解はとってある。邪魔をしないでいただきたい。」


 彼は私に振り返り直すと私に手を差し伸べた。

 私は彼の手を取ったのか、そんな事さえ覚えていない。


 だって、恋した人の将来を私のせいで台無しにした、その罪悪感で目の前が真っ暗になってしまったから。

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