1.序章
『妖』と呼ばれるものがこの世にいる。
普通の人間の目には見えない、人間ではないもの。妖怪やもののけとも言われているそれらは、ときには人を驚かし、ときには人を襲う。
しかし時を経て、人はその存在をデタラメだとか本当はいないと思うようになってしまった。この男も、そのひとり────
「やばい、寝過ごした!」
寺内満守は今年で17を迎える。そして今日は高校2年生となり初めての登校日だ。
「母さんごめん!朝ごはんいらないや!」
「そうだろうと思って作ってないわよ〜」
ソファに前のめりで座りながらテレビを観ている。相変わらず呑気な母親だ。
満守は急いで制服に着替え、黒縁メガネをかけた。黒髪からピョコと所々寝癖が出ているが気にしない。顔は悪くない方だが、そのせいでよく地味と言われたりする。
「行ってきます!」
「いってらー。あ、お弁当。まあいいか」
そんな母の言葉に気づかず、満守は玄関を飛び出して自転車をこいで行った。
やっと学校が見えてきた。徒歩や自転車に乗っている生徒もいるのを確認すると、満守はサドルから降りて自転車を押して歩いた。
「よぉみっつー!」
「おはよ、りつ」
「みっつー」とあだ名で呼ぶのは満守の親友の天都律。
「相変わらず白いなぁお前。」
「そう言うお前は少し焼けたか?」
「おう!休みの間はずっと外で筋トレだ!」
「マジかよ」
律はスポーツマンで少しバカなところがある。室内のバドミントン部なのにこんなに日焼けしているのは律くらいだ。しかもまだ季節は春だ。
「お前だけ夏みたいだな」
「俺は好きだけどな、なつ!」
同性の満守でも、律のこの笑顔が素敵だと思う。バカだが顔と性格がいいのが律の長所だ。
「律くんおはよ!」
「律くん今日もかっこいいね!」
「サンキュー!」
キャッキャと言いながら女子は通り過ぎていく。律は慣れたような手を振り返す。
「いいよなモテて…」
「俺からしたらお前もイケてるって!」
「お前から言われてもちっとも嬉しくないよ」
そんな会話をしているとすぐ学校についた。
自転車を置いて昇降口に行くと、クラス表が張り出されている。
「お願いします、かおりちゃんと一緒のクラスでありますように!」
花中香は満守の思い人で、去年は律も入れて3人同じクラスだった。
「おっ、花中は2組だとさ。で、みっつーは・・・」
2組のクラス表を指でなぞっていく。
花中の上に寺内の苗字はない。
「俺も2組だ。別れちまったな」
「僕は1組だよ・・・しかも仲良い奴いないし!」
「まあまあ、隣のクラスじゃないか。お前の代わりに俺が花中と仲良くしてやるよ」
いつもの冗談だったが、律の目には少し寂しさが見えた気がした。