叱責
謹慎を申し付けられて以来、ずっと自室で一人悶々と過ごしていたアルフェルトの処へ、陛下から呼び出しがあったのは三日後のことだった。
きちんと入浴して身繕いも整えてはいたが、出された食事も咽喉を通らずにいたアルフェルトの頬は幾分こけて見えた。
何度考えてみても、何故自分がピアの泊った部屋で寝ていたのかも、本当にそこでピアを奪ってしまったのかも、何もかも思い出せずにいたアルフェルトは、何を問い詰められたとしてどう答えればいいのかも分からないままで、陛下が入室してくる前から動揺で視線が揺れたままだった。
だから、部屋へ入ってきた途端の父ザクセン・ゲイルが、国王としての態度を崩さないまま開口一番、怒鳴り付けられて頭が真っ白になってしまったのだ。
「馬鹿者! この痴れ者が!!」
びくん、と大きく身体が跳ねた。震え出す身体を懸命に抑え込み、アルフェルトはとにかく何か喋らねばと自分の中の事実を口にした。
「……も、も申し訳、あり、ません。じ、自分でも、なんで、あ、あんな処にいたのか。まったく以て身に覚えがないのです」
だが、その言葉は当然のことながら国王陛下の逆鱗を刺激した。
「ふざけるな! では、お前は自分の我儘でゾール侯爵家の養女にまでして婚約を結んだ子爵令嬢が、赤の他人によって手籠めにされているすぐ横で、呑気に朝まで寝ていたというのか!」
示された言葉の意味を理解したアルフェルトは羞恥で顔色が変わる。
「ですがっ」
反射的に反論を繰り返そうとしたものの、アルフェルトは訴えるべき言葉を見つけることができなかった。
自分が、不埒な行いを愛する女性に強要した屑だと認めるか、それとも愛する女性が悪意に満ちた犯罪行為の標的とされている間、すぐ横で眠りこけていた間抜けだと認めるのか。
どちらを受け入れたとしても、男としても、この国の王太子としても失格の烙印を受ける事となる。
どちらがマシかなど、考えるだけ無意味だ。どちらも選ぶ訳にはいかない。人として終わる。
反射的に立ち上がって反論しようとしたアルフェルトへ、父王ザクセンが現実を突きつける。
「くどい。幾ら言葉で否定しようにも、お前の吐精でべとべとになったベッドの上で泣いて震えるピア嬢の姿を見た者は人数が多すぎて、どこまで口止めすればいいのか、そもそもそれは可能なのかも分からない有様だ。侍女の悲鳴を聞いただけの者ならもっと多い」
ぎろりと睨みつければ、それ以上の異論を口にする勇気も萎んでしまったらしい。アルフェルトは、そのまま俯いて黙り込んだ。
「避妊するような脳も無かったようであるし、子を孕んでいるやもしれん。前の婚約者を自死に追い込んでまでお前が望んだ相手であろう? もしお前がやったのでは無かったとしても、受け入れろ。この婚約がまた白紙になるようなことにでもなれば、お前の妃になってくれる令嬢など誰もいなくなる。次はないのだ」
そもそも、リタ・ゾール侯爵令嬢を自死に追い込んだアルフェルトに、ピア・ポラス以外の婚約者など迎え入れられる訳がないのだ。
性格に問題があろうとも国の為に外交へ尽力していた(させていた)令嬢を、その仕事に就いていなかった王太子が蔑ろにした挙句無実の罪で追い詰め、自死へと向かわせたのだ。
その自死は、王立の学園内で沢山の学生たちが見ている前で、自分に掛けられた濡れ衣を晴らす為にしたものであるのだ。
いくら未熟な学生だとしても立ち回り方があまりにも悪手すぎた。
濡れ衣かどうかもきちんと調べずに追及するなど、王太子にあるまじき愚かな行為である。王としては、教育係は何をしていたのだと臍を噛む思いだったのだ。
挙句の、今回の暴挙である。
そんなに安易に王太子妃候補となる令嬢をホイホイと入れ替えるような真似を重ねていては、臣下たちの心が王族から離れかねない。
「二年後を想定していた婚姻を早めるしかなかろう。腹が大きくなってからでは遅いのだ。挙式は三か月後とする」
「が、学園は……私たちは二人共まだ二学年です。修めねばならぬ学業が、残っております」
慌ててアルフェルトが問い掛ければ、王は鼻白んだ様子で答えた。
「お前は卒業しろ。必ず最優秀の成績で、だ。ピリア嬢も、未来の王妃が学園を途中退学などと恥ずかしい経歴にする訳にはいかない。だが、王妃教育は急務となる。特別待遇として王宮内にて補講を受けることで卒業とする処置を学園に求めることにしよう。それでいいか?」
いいかと言いつつ、拒否は受け入れないと言わんばかりの厳しい口調で告げられると、項垂れたままのアルフェルトへ一瞬だけ視線を向けるも、父親としての言葉を掛ける事もなくそのまま入ってきた扉から歩いて出て行ってしまった。
ひとり残されたアルフェルトは、しばらく動くこともできなかった。