二度目の初夜
女性を軽視する発言があります。ご注意ください。
「なかなか楽しい余興だったな。参列した者たちの怨嗟の籠った視線を集めるのは最高の気分だった」
婚礼の宴を終えて、上機嫌でゲイル王国王城の湯殿から戻ってきたパススが国王の寝所の扉から入ってきた。
鍛えられた厚みのある肩へと掛けられただけの白いガウンと、上気した浅黒い肌とのコントラストが目に眩しい。
アズノル国第八王子であるパススは国内に留まっている事が少ない。
自らが組織した対ゲイル王国工作部署と行動を共にしている為に、ひとり怠惰な生活をしている気にもなれず鍛えることにしているので、他の兄弟たちとは違ってその体についているのはだるだるの脂肪ではなくしなやかな筋肉ばかりだ。
引き締まった体が動くのは見惚れるほど美しい。
左右に控えたアズノルから連れてきた小姓が送る陶然とした視線を当たり前のことだと気に掛けることもなく、パススは軽く手を振る事で下がらせた。
扉の前で腰を落として頭を下げたまま、後ろに下がるようにして閉めて小姓が部屋から下がると、寝所には新郎たるパススと、新婦たるピリア、そしてもう一人が残った。
「今夜は夫婦となって初めての夜だと思ったが。どうした、ピリア。お前の純潔を捧げて貰えるのだろう?」
パススは「誰だ」と問わなかった。
もうひとりの気配をよく知っていたからだ。
紗の帳が掛けられた大きな四柱式寝台の上に腰かけていたらしい女性が、恭しい手つきで帳を開ける。
露わになった寝台へ寝そべり、肌が透けるような瀟洒な薄衣を身に纏って片肘をついてけだるげに上半身を持ち上げている女性が、パススの問い掛けに笑顔で答えた。
「御冗談がお上手ですね、パスス様。私ピリア・ゲイルは既にゲイル王国王太子であるアルフェルト・ゲイル様の御子を産んだ妻であった者。純潔などであろう筈がございませんわ」
さらりとされた告白の言葉に、それまでどこか面白がっていた様子であったパススの表情が変わった。
「なん……だと?」
愕然としたその表情に、ピリアの目元が愉快そうに一層弛む。
「既に破瓜は済ませております」
恥じらいさえ感じさせない言葉に、目の前の偉丈夫は激高した。
「お前、こんなくだらない作戦の為に浪費するのは嫌だといっていただろう!」
びりびりと空気が震撼する。だが相対した華奢な女性はそれに居竦むことなく、当然のことだと笑顔で告げる。
「はい。ですが、今夜この場所に破瓜の証があるのを誰かに見つけられても困りますでしょう? 性交ナシで工作のみで終わらせる事ができるなら純潔のままで良かったのですが、パスス様はそう選択されるとは思えなかったので。あらかじめ済ませておきました」
冷静かつ論理的な説明を受けたパススは、部下により勝手に下された判断に反論したいとは思ったが、判断の内容自体には異議がないことを自らの中で納得し、怒りを収めることにした。
全てが終わった後で、破瓜の証が見つからないよう処理を施すことなど訳はない。だろう
だが、物事にイレギュラーな出来事は付き物だ。
最中に乗り込まれてはさすがに誤魔化し切れないかもしれない。乗り込まれないように全力を尽くすのが部下たちの役目であるだろうと思うが、不安の芽をつぶしておきたい気持ちは理解できた。
元々、パススは女性に処女性を求める気はない。
ゲイル王国の王太子を篭絡する為ですら、消費するに値しない安い仕事であると断じた人間から、それを奪いあげてみたかったにすぎない。
何故なら、あの時点でのパススは……いや、現時点であってもパススはアズノル国の王位継承権すら持たない単に八番目に生まれた王子というだけの存在でしかない。
敵国の次代の王たる器として定められたアルフェルトに対して「勿体ない」とされた213の純潔に興味が引かれた。それだけだ。
だから破瓜していようといまいと、ゲイル王国の王太子が抱けなかった女の身体を蹂躙できるならそれで十分なのだ。
膜一枚に価値を認めている訳でも、それを破ることに興味がある訳ではない。
その先の肉の味さえ自分だけが知っているなら、何の文句があるだろう。
なによりも、213が自分で破った程度では、パススに貫かれればまた血が流れるだろうことは想像に難くないが、それについては指摘しないでおいた。
アルフェルトが貫いたことになっているそこから更に血が出たと噂が流れるのも悪くないだろう。
「なるほどな。それで、どうして207が此処に?」
ひとりほくそ笑み機嫌を直したパススがようやくそれを訊ねた。
「破瓜は済ませましたが、それだけです。213としても座学を受けたのみです。パスス様の体力性欲を考慮すると、私ひとりでは抱き潰されてしまう可能性が高い。演技としてはそうされたと周囲に印象を与えることは有効ですが、翌日の私にピリアとしての演技ができなくなるほど体力や思考力を奪われる訳にはいかないですから」
アズノルの王族は男女区別なく、閨事に長けていた。
現在の王は、昼夜を問わず部屋に籠り、抱き潰された何人もの寵妃たちが意識を失って部屋から連れ出されては新たな寵妃が引き込まれていくということで有名だ。
その王子たちも、同じように身体に溜まった熱を放出するのに女性ひとりでたりたことが無いと言われている。
つまり、パススも閨事に関する欲深さと体力は別格なのだ。
「それで、207に助力を求めたか」
視線を向けられた213が、跪いて答えた。
「はい。ただ私とて213と大差はありません。破瓜は夫と済ませておりますが、婚姻を結んですぐに寝たきりになってしまいましたので実践は足りていないかと」
パススの欲を、処女も同然の213ひとりで受け止めることは難しい。
翌日以降の演技を考えなくていいならばともかく、そうではないのだ。まだまだ、難しい局面は続く。
しかし。
確かにアズノルでは、王族が一対一で夜を過ごすこと自体がない。
大抵は王族がひとりに対して多数の異性や時に同性により奉仕を捧げる。
だがここは一夫一婦制を謳うゲイル王国である。側妃は王と王太子にのみに許されたことであり、それも婚姻より五年経っても妃に子が生まれなかった時にのみ許されるだけだ。
それを婚姻当日の初夜に親族とはいえ他の女性を一緒に侍らせるなど掟破りに他ならない。が、元より横紙破りな婚姻だ。
今更かとパススは嗤った。
「共に破瓜を済ませただけに等しい初心者ふたりで、俺を満足させられるのか? まぁいい。愉しませて貰うとしようか」
「そこはお手柔らかに」
213と207がピリアとカロラインの顔となり、にこやかな笑顔を浮かべて頭を下げた。
カロラインがピリアの指示を受けてベッド脇に置いてあったオイルランプに火を燈した。
アズノルの後宮で常用されている甘やかな薫りが立ち上る。
「痛みを暈かし、性感を高める香だったか。俺には効かぬぞ?」
つまらなそうに指摘してきたパススに、ピリアが答えた。
「私もカロラインも、ほとんど破瓜を済ませただけのようなものですから」
「女に痛みを感じさせるほど稚拙ではないつもりだがな。だが、俺は女に痛みを与えることに喜びを覚える次兄殿とは違う。使用を許そう」
「それは……ありがたき幸せ」
知りたくもなかった情報を与えられてピリアが尻込みする。
そういうことに喜びを感じる層が一定数いるのは知っていたが、実際にこの人がそうだと言われると指が冷たくなった気がした。
「第二王子殿下にだけは寝所に呼ばれたくないですね」
カロラインにとっても同じようで、声が硬くなっていた。
少しだけ脅えた様子のふたりに、パススが余裕を見せる。
「こい。愉しませてくれるのだろう?」




