表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/53

ピリア・ゲイルの婚姻




 ピリア・ゾールにとって人生初であった最初の婚姻は、一国の王太子との結婚式としては異例ともいえるほど地味なものであったが、人生二度目となった婚姻、一国の最後に残された王族として他国の助力を得る為に王子を婿に迎える為の結婚式は、その準備期間の短さも考慮れば異例といえるほど豪華なものとなった。



 その婚礼衣装は華やかで豊かな色彩の薄衣を幾重にも重ねた手の込んだ作りのものであった。

 その一枚一枚に金糸と銀糸を使って施された豪奢な刺繍が刺されている。

 ゲイル王国では見慣れない不思議な意匠のそのドレスは、アズノル国伝統の婚礼衣装であった。


「私の母が、アズノル王との婚礼で着たものなのだ」

 目を眇めて花嫁を見つめるその瞳には、どこか面白がるような光がある。


「光栄でございます。私の母は実母も義母もすでに亡くなっております。アズノルへご挨拶に伺う際には、殿下のお母上にもお礼を申し上げねばなりませんね」


「あぁ。きっと喜ぶ。母は俺を王とするのが夢だったのだ。それを叶えてくれたお前には感謝するだろう」


 勿論、その王とはゲイル王国の王ではない。


 アズノルの王とならねば、意味が無いのだ。

 パススにとって、ゲイル王国を獲ることにしたのは、その為の足掛かりとしてでしかない。




***



 一度目の時の様な王城の周りを埋め尽くす民衆が歓喜を表す歓声は聞こえない。

 豪華な食事の前に座る列席者の人数も半数に満たず、その顔は一様に蒼褪めている。

 ピリアの横に立つ男を視線で殺そうとするかのように強く睨む者。

 俯いたまま白くなるほど拳を握りしめている者。

 最後の王族を名乗る、たかが元子爵令嬢でしかない王太子妃の厚顔な顔に冷めた視線を向ける者。

 おどおどと、王宮でのパーティーに呼ばれた事、それ自体に恐縮する者。


 表情も胸の内に抱えたものも多種多様でありながら、その思う所は奇しくもひとつだ。

 

 茶番。


 この婚姻ほど、その言葉が似あうものがあるだろうか。


 ある日突然、残った貴族たちの元へ届いた一通の招待状。


 謹慎処分を受け北の離宮に軟禁されていたからこそ、王都で起こった暴動に巻き込まれずに生き残ってしまった王太子妃と敵国であった筈のアズノルの王子との婚姻に関するものであったことに、地方にいて王宮を襲った惨劇に間に合わなかった者たちを驚愕に陥れたのだった。


 王都で暴動があったことや国境でいざこざがあった事までは知っていた者も多かったが、まさか民衆により王のみならず王都にいたほぼ全ての貴族位にある者の命が奪われていたと知る者はいなかった。


 残された王族と呼べる地位にある者が、王により毒杯を賜る寸前であった王太子妃ひとりであった事も。


 ここに参列しているゲイル王国の貴族たちは皆、招待状にある極わずかな情報以上のモノを求めて急ぎ駆け付けた者ばかりだ。


 王都の惨劇を知り、慌てて領地へ取って返してしまった者もいた。

 しかし、この国に残された道が他にないのだと理解し、陰で騎士団長からの誘いを受けていた事で、いつか来るその日を待つことにした貴族達は王都へ残り、この茶番でしかない婚姻式を見守ることにしたのだ。


 勿論、元王太子妃の覚悟が如何ばかりかと見定めるつもりであった。

 王太子として頼りなくはあったが、それなりに教育を受けてきたアルフェルトに、道を誤らせた悪女なのか。

 アルフェルトの浅墓で愚かな思考が生来の資質によるものであり、上手くいっていたと思われた教育はまったく無意味であり、外面のみであってピリアはそれに巻き込まれただけの被害者であるのか。


 王太子から望まれて手を払いのけられる子爵令嬢などいない。庇護欲を誘う幼いあの令嬢には受け入れるしかなかったのだろうとも思ってしまうのだ。


 なにより王都にあったポラス子爵家のタウンハウスには、暴徒の餌食となった子爵家当主と、ピアが養女となった際に縁戚より引き取られた義理の弟が残虐な暴行を受けた痕も生々しく残った遺骸が残されていたと騎士団長レット・ワートが証言したこともある。

「王太子妃の希望を受けて、王都入りした翌日生存者を探して回ったのです」

 直接「自らの親族を探して欲しい」という言葉を言われた訳では無かったが、親兄弟を気にするのは当然であろうと朝一番にポラス子爵家のタウンハウスに赴き、そこで無残な姿となった子爵の遺体を発見したのだという。


 親兄弟が残っているならまだしも、一人残された小娘ひとりで敵国の王子を引き入れる伝手がある訳もない。

 ましてや、たったひとりの実の父親を亡くすような計画を企てることもないだろう。


 ピリア王太子妃が、王の指示により北の離宮に幽閉されていたという事もあり、それ以上の疑いを向ける者はもういなかった。



 だが、それといつか決起する時の旗印となれる存在であるのか、彼女が寄越した情報は信じるべきかということは全くの別物だ。


 敵の懐深く入り込み、手に入れた情報を流すのは容易い事ではない。

 偽の情報を掴まされ罠に嵌められる訳にはいかないのだから。



 なにより、厚顔にも積年の敵国でありながら友好の手を差し伸べるなどというふざけた言葉を弄して王配の座を得ようとするパススという王子を易々と信じる者はいない。


 経験も知力も足りない王太子妃を操り、ゲイル王国を手に入れようとしているのは間違いない。


 だが、どう足掻こうにも現状今すぐ盤上をひっくり返すことはできない。

 兵力は壊滅状態であり、行政においても命令系統は滅茶苦茶なのだ。

 現状ゲイル王国には、直情的な行動が許されるような余裕はまったく残されていない。


 陰でゲイル王国に残された兵力を結集し、決起する日までに力を溜める必要があった。

 

 ほんの少しの判断ミスがこの国の命運を左右するのだと理解できた者は、招待状へ参加の返事を出し、この席に着いた。



 貴族らしい笑顔を顔に張り付け新郎新婦に向け拍手を送る。


 そうして、花婿へ呪いの視線を注ぎ続けた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ