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間者とその主



「どうだった? ハニトラは上手く行ったか?」


「……勝手に王太子妃の私室まで侵入してこないで下さい」


 勝手に部屋に入るどころか、四柱式のベッドの上でごろりと横になっている男に向かって、ピアは声を潜めて苦言を呈した。


「俺に向かってそんな口を叩くのはお前くらいだぞ」


 文句を言っているようではあるが、その口調はどこまでも愉快そうである。


「この作戦を台無しにしたいのでしたら、今すぐそう仰ってください。私は今すぐこの国から逃げますから」


「くくく」


「笑っている場合ではありません。それとも本気で、“ゲイル王国を存続させる為に人質としての要求を健気に受け入れた王太子妃”ではなく、“嬉々として敵国の王子と通じ、それを引き入れた国家反逆罪の罪人”という設定に切り替えたいのですか? ならばそれに続く、今以上に納得できる筋書きをお願いします」


「報告を受けたら、さっさと引き上げるさ。さぁ、首尾を報告して貰おうか」


 報告を求めるにしても、男はまったく悪びれることなく、大きなピアのベッドに寝そべったままだ。

 そのことについて指摘したとしてもより相手を面白がらせるだけだとピアは溜息を飲み込んで報告をする。


「……お陰様で、ゲイル王国の国内に残っている残存兵力の取りまとめに関して、快く受け入れて貰えましたわ」


 相手の興味を極力引かないようにする為にも、出来る限り簡潔に、感情を揺らさないようにして言葉を選んだつもりであった。だが、無駄な努力であったようだ。


「それで? どこまで許した? チューはしたのか? 舌は入れたか? 乳は揉ませたのか?」


 高貴な男が矢継ぎ早に問う下世話な話題を、ピアがばっさりと切り捨てる。

 

「……私が、私を安売りするとでも?」


 美しく笑うその顔は、どこまでも傲岸であった。

 先ほどまでの可憐で健気な様子も、奮い立つ気丈な様子も、欠片ほども見受けられない。

 ただひたすらに、自信に満ちた美しく強い女性がそこにいた。


「くっくっくっ。あーっはっは! いいないいぞ! やっぱりお前は最高だな!」


 嗤い転げる男の顔へ、ぼすん、と羽根枕がぶつけられた。


「お静かに、と申し上げました」

「くっくっくっくっくっ」

 ようやく声を上げて笑う事を止めた王子は、けれどもぶつけられた枕に顔を突っ伏す様にして、全身で痙攣するように声を出さずに、そのまま嗤い続けたのだった。


 そうして一頻り笑いの発作が収まるまで嗤い続けた王子は、満足げにベッドの上で伸びをすると、だらりと身体を投げ出し、ピアに向かって言うでなく呟く。


「あぁ、本当に愉快だ。糞くだらないモノに成り下がったこのシナリオで、お前という存在は、唯一の収穫となるだろう」


「……この国を獲って、アズノルの王太子となられるのですよね」


「それは決定事項だからな。だが、それだけだ。愉しいというものとは別だ」


 ゆるりと立ち上がり、振り向いて跪くでもないピアの顎へと手を掛けた。

 ぐいと持ち上げ、その瞳を極至近距離から覗き込む。


「いいな。一本筋の通った女は好きだ。その芯を、砕き踏み躙ってみたくなる」


 相手の体温すら感じるほど近くで囁かれる言葉にも、ピアは何も反応しなかった。


「顔色ひとつ変わらないか。そそる女になったな、お前。今宵の夜伽にはお前を呼ぶことにしよう」


 じゅるり。

 わざとらしい音を立てて、パススがピアの右の頬を舐めた。


「……今のゲイル王国としては、アズノル国の王子のご要望に応えるべき、なのでしょうね。ただ、先ほども申し上げましたが、またシナリオを変えねばならなるかもしれませんが、よろしいですか?」


 さすがに、今この時点で最後の王族となった王太子妃をベッドに侍らせたことが、生き残っていた騎士団員にバレたり勘ぐられるのは面倒臭い事に成り兼ねない。

 その事を指摘されて、パススは少しだけ考える。


「確かにな。朝から晩までお前を組み敷いて啼かせている声を騎士団の奴等に聞かせてやるのは楽しそうだが、その後が酷く面倒臭くなりそうだ。まだ奴等にはやってもらわねばならない事が沢山あるのだからな」


 パススとしても、反乱軍を完全に纏める事ができるとは思っていない。

 だが、その兵力の在り処を探り出してくる前に事を起こして、取りこぼすのは遠慮したかった。

 王太子妃の婿として、この国の支配者たることができたとしても、変に火の付いた反乱軍にチマチマと抵抗されるのは面倒でならないだろう。


 小さな喉奥に引っ掛かった小骨のように、いつまでも痛むようにでもなってしまったなら目も当てられない。その先にあるのは消耗戦だ。


 相手に諦めさせるまでに費やす時間も手間も金も無駄でしかない。


 それ等が少なくて済む方法。

 その手段を得る為に、今夜ピアは騎士団長と会う必要があったのだ。


 王族として、女として。

 騎士団長という武力としてある程度の求心力を持つ者の心を掴み、忠誠を誓わせる。

 そうして、いつか来るであろう決起の日の為に、力を集結させておく。


 そう信じさせてゲイル王国に残された戦力に関する情報を労せず集め、反乱の芽が芽である内に叩き潰すのだ。


 パススは、ゲイル王国を獲りたいのではない。

 ゲイル王国を戦利品として、アズノルの王太子、引いてはアズノルの王になりたいのだ。

 ゲイル王国のシケた反乱などを相手にしている暇はない。


「ふふん。初夜を楽しみにしていよう。お前も期待していろ」


 アズノル国の王宮内では、女性の啼く声が聞こえない時などない。

 歴代の王が、朝から晩まで、場所を問わず盛ってきたからだ。


 血統的に盛んということもあるのだろうが、生まれ育った環境がそうなのだ。

 無駄に血を増やすことのないように避妊薬や避妊具の種類も多ければ、種を溢さずに済む交合についての知識や技も多い。

 

 実際に、ピアは知識としてしか教えられていないが、パススは多くの実践も熟してきた。


「ゲイル王国に残された最後の王族となった者として、尊厳を損ねることのないよう務めさせて頂きます」


 ピアが夜露を含んだ黒絹のドレスの裾を摘まみ上げ、静かに最上級の礼を取る。



 その作法は、アズノルのものではなく、ゲイル王国のものであった。




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