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破滅の日・4

残虐なシーンがあります。ご注意ください。




 ゲイル王国の王城を、暴徒と化した民衆が襲った日。

 長年の敵対国家であるアズノル国との国境で戦闘が起こった。


『不遇の天才であり正しき次代のゲイル王国王妃となるべきであった令嬢の命を懸けた願いを叶える』


 そんな、吹けば飛ぶような理由で国同士の戦の端緒が切られることになるなど、誰が予想しただろう。

 しかも、根拠にも足らぬ書状一枚を以て開戦理由として掲げるなど。


【現在のゲイル王国はその長たる王族および貴族たちの腐敗が酷く、自分の欲求を叶える為ならば誰が傷つこうと誰を傷つけようとも構わないのだというとても危険な思想に満ちています。

 この手紙を読んだ心ある方に私は訴えたい。

 どうか、ゲイル王国の民衆を助けて戴けないでしょうか。

 彼の国の上層部には、もはや誰も民草の暮らしに目を向けることはありません。

 私もいつまで生きていられるか分からないと、この手紙を遺すことにしました。

 本当は私自身の手で、民を守りたかった。けれども、私の知識を使って国力を大きくすることには貪欲でありながら、私自身の影響力が大きくなることを善しとしない王族の手により、私の名誉は地に墜とされ続けています。功績は取り上げられ、蔑ろにされる日々。王太子の婚約者の地位を剥奪される日も近いでしょう。そうして、その後は自死に見せかけて殺されることになる。

 もし私が死んで、それが自死であると知らされたなら、どうかこの手紙を思い出して欲しいのです。

 権力に抗おうとして抗いきれず、志半ばで死んでしまった哀れな一人の人間の、最後の望みを叶えて戴けないでしょうか。

 どうか、どうかゲイル王国の民に幸福を。悪魔の如き王族と貴族たちから取り戻す力をお貸しください。

 大陸標準歴1092年 冬の偶数月 嘉日 ゲイル王国 アルフェルト王太子の婚約者でありゾール侯爵家が一女リタがここに記す】


 使者が差し出した書状にある日付はリタ・ゾールが自死したとされる日付よりもひと月ほど前のものであり、そこに記されているサインも本人の手に見えた。


 だが、だからどうだというのか。


 どこから手に入れたのかわからないが、たかが一侯爵令嬢直筆のサインが入った嘆願書にどんな意味があるというのか。

 彼の令嬢は、婚約者であった王太子の愛を喪った事により心神耗弱となり自死へ至ったことは完全なる事実である。

 頭のおかしい令嬢の妄想を本気に受け取るなど愚の骨頂である。

 まるでなにか謀略に巻き込まれて殺されたように書き残すなど、正に心身共におかしくなっていたことの証左となれど、それを真に受けて他国が挙兵するなどありえない判断としか思えない。

 正直なところ、いくらアズノルがゲイル王国と敵対していると言えども、正気の沙汰とは思えなかった。


 なのに。


『彼の令嬢は優秀過ぎる故に王族から嫌われ、冤罪を掛けられ自死に見せかけ殺されてしまった。残念ながら我が国にはゲイル王国との交流はなく、彼の令嬢に関しては素晴らしい功績を伝え聞くばかりであったが、いつか彼女の理念が真となった暁には、正常な国交が結べる国になると信じていた。だが、その彼女は彼女の母国により殺されてしまった。彼女の作る未来のゲイル王国に期待を寄せていた国は多い。しかし、そんな国もゲイル王国と国交が結ばれているが故に行動に起こせずにいる。だからこそ、まるで国交のない我がアズノル国が、無念を晴らすべく立つことにした』


 一方的かつあまりにも強引なその口上に、開戦の知らせを受けた王国騎士団団長レット・ワートは眩暈がした。


 常なら、栄えあるゲイル王国の王国騎士団団長であるレット・ワートが国境になどいることはない。王城内に用意された騎士団長室に常駐している。

 情報が、王都にいるレット達に伝わるまで、かなりの時間を要したであろう。

 現場に責任者である騎士団長がいることを、神に感謝するべきかもしれないが、今のレットにはとても感謝する気持ちになれなかった。


 何故なら、レットが此処にいる理由は、兵力である騎士団員のほとんどを王都へ集結させたせいなのだから。

 

 王太子であったアルフェルト殿下の乱心による民衆の暴徒化は日々その勢いを増していた。

 王都の治安維持に必要なのは武名より人手だと国境付近に勤めていた団員を王都へ戻し、国境の治安に睨みを利かせるつもりで入れ替わりに王国騎士団団長であるレット・ワート以下側近たちがアズノル国との国境に詰めることとされたのだ。


 つまりは、今ゲイル王国の国境に、敵国アズノルの軍勢を抑える兵力はない。


 取り急ぎ開戦の知らせを王都へ送り騎士の派遣を要求したが、ここ数年は睨み合うばかりで戦争など起きていなかった。

 訓練こそ怠りはしてこなかったが、軍勢を揃えて兵力を派遣するとなると、司令官となる騎士団長レット・ワートとその側近が皆、この国境に派遣されていることがネックになるだろう。


 王都が落ち着いたという話も届いていなかったことも考え合わせると、多分、兵力の派遣は間に合わない。


 心が付いていかない防衛戦は、当然ながら呆気なく突破されてしまった。


 後手後手に回るばかりであった騎士団には、アズノル国を迎撃するどころか民衆を逃がすこともできなかった。むしろ市民兵として子供や老人に鍬や鋤を持たせて作らせた人の壁で時間を稼ぎ、なんとか上層陣のみが戦闘区域からの離脱を成功させることができるような状態であった。

 


「なぜ、王都と連絡が取れないのだ。このような根拠薄弱な内容で開戦するなどありえない。一刻も早く国を挙げて対応を強化し、ついで各国へと訴えかけ支援を要請して頂かなくてはならぬというのに」


 回答どころか応援も全く来る様子がない。孤立無援状態で敗走を続けながら騎士団長レット・ワートは歯がゆい思いをしていた。


 正直なところ腹立たしくもある。たかが侯爵令嬢ひとりが死んだからなんだというのだ。

 アズノル国も、勝手に未来での正常な国交を夢見て、それに破れたから兵を挙げるなど暴挙に及ぶとは。

 このような不条理な開戦理由があって堪るものかと憤る。


 最後はとにかく王都へ逃げ込むつもりで、町や村から馬や食料を奪いつつ騎士団団長レット・ワートとその側近たちは王都へと隠れ進んだ。




***



「見えたぞ! 王都に着いたんだ」


 遠めに見える王都からは、煙が上がっている様子も、戦闘している気配も見て取れなかったことに安心する。


「よかった。かなり遠回りすることになったので時間が掛かってしまったが、まだ王都には戦火が上がっていないようだ」

 不覚にも、そう安心したことで涙が溢れてきそうになるのを必死で堪えて馬を駆る。

 

 果たして、ようやく辿り着いた愛しい王都であったが、常ならば活気ある筈のそこは異様なほど静まり返っていた。


 城壁の東西南北に置かれた通用門に人気はなく、門番もいない。

 ただ、大きな門が開かれているのみだ。


 異様な空気に警戒しつつ、一団はその門を潜る。

 人で溢れている筈の大通りですら人影はなく、家屋の扉は固く締められている。

 なにより、人の気配がない。


 レット達とて武人である。一般人が声を潜めて隠れようともそこにいる事を見破ることくらい楽勝だ。

 なのに。

 門を潜ってからここまでくる間、誰の気配も感じられなかった。そんなことがあるだろうか。



「……王都で、なにが起きたんだ?」


 騎士団長以下側近一同が王都を離れていたのは二、三か月程度でしかない。

 その間に、一体なにが起こったというのだろう。


 アルフェルト王太子殿下の乱心と、それにより民衆が貴族個人に卵を投げつけたり、邸へ石が投げ込まれるなどの悪質な悪戯が横行していた事は知っている。


 うろちょろと逃げ隠れをしながら後ろから襲ってくる卑怯極まりない愚民どもを捕まえるのは難しく、いつ何時、どこで発生するかもしれない事件を取り締まるのは、少数精鋭ではどうにもできなかった。


 だからこそ、王命を受け入れレット達は国境付近で何もないつまらない辺境で過ごさねばならなくなったのだ。


 だが、その後も収まるところを知らないように激しくなる一方の暴動と、その理由がアルフェルト王太子殿下の非道なる行いにあると知った国王陛下の英断により、ついにアルフェルト殿下は王太子の地位を剥奪された上で、処刑の憂き目に遭うことが決定されたとのことだったのだが。


 王都と最後に連絡が取れたのはその知らせが最後だ。


 ただ、実行については当初の予定より大分ズレているようで特に報告も受けていなかった。

 アルフェルト殿下は、王太子の身分を剥奪されたとしても、王国ただ一人の王子である。

 その処刑ともなれば、さすがに国にとっての大事件だ。

 処刑日については、騎士団長であるレット・ワートの下にも連絡くらいは来るであろうと思っている。なので、実際には民を宥める為にお触れを出したが、このまま無限に延期とし折を見て恩赦を下すつもりなのではないかと考えていた。


 だが、それにしては王都は不気味なほどの静まりを見せている。


 人の気配はある。陰に身を潜め、レット達の動きをじっと探っているような、不快な視線を感じる。


 だが、それはあからさますぎて、一般人なのだろうとも思うのだ。



「……なんだか、変な臭いがしませんか?」


 焦げ臭いような血腥いような。饐えた嘔吐きたくなるような臭いが鼻につく。

 周囲を警戒しお互いの背を守るりつつ、常とは違う様相の王都を王城に向かって移動する。

 最後尾についていた顔色の悪い男がとうとう口に出したそれは、その場にいた全ての者が信じたくない思いで感じていたモノであった。


 死臭。


 それも、辺り一面に立ち込める血生臭さと腐った肉の鼻につく臭い。


 その先にある光景を、知りたくない。見たくない。


 ――けれども知らずに済ませることは、できない。


 心臓が嫌な音を立て、耳のすぐ前で銅鑼の音が響いているような、激しい頭痛がする。

 だが、足を止めることが一切できなかった。その動きは淀むことなくむしろ勝手に勢いを増していく。


 息が上がる。苦しくて、苦しくて。


 一刻も早く、自らの頭の中で渦巻く想像でしかない光景が、本当に想像でしかない事を確認したくて縺れそうになる足を必死になって動かした。


 そうして、王城前の広場に辿り着いた目の前に広がっている光景は――



 

「ひっ」


 思わず後退りした側近のひとりが、足で何かを蹴とばした。


 それはゴロゴロと不規則に転がって、止まる。



「さ、宰相閣下……」


 この国で権勢を誇り、最も発言力の高いひとり。


 宰相閣下、その首だった。


 この国の貴族位にある者たちの、首と身体が切り離された姿がそこかしこに晒されている大広場の真ん中で、首だけになった宰相が、恨めし気にこちらを向いていた。






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