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破滅の日・3

残虐なシーンがあります。ご注意下さい。





「あら。少し着くのが遅くなってしまったようですわね。失礼致しました」


 暗がりに立つ女性の顔は見えなかったが、聞き覚えのあるその声に、国王は怒りに震えた。


「何故、なぜ貴様がココから出てくる。答えよ!!!!」

 床に手を突いたままの体勢のままだというのに、その声の張りと籠められた気概は流石に一国を治める長であると言わざるを得ない。

 しかし、叱り付けられた当人は全く堪えていないようだった。

 まったく悪びれることなく、ゆっくりと近付いてくる。


「あら。そのような大きな声を出されるものではありませんわ。民衆の耳に届いてしまったら、この部屋へ彼等が詰め寄ってきてしまいましてよ?」


 コロコロと鈴を転がすような若い女性の笑う声に神経が逆撫でされるよりも、暴徒と化した民衆に襲われる恐怖が勝ったのか、赤くなっていた顔を一瞬で白く変えて王が口を押えて周囲に気を配る。

 その滑稽さに女の口元が嘲笑を象ったが、部屋の外へ注意を向けていた王は、それに気付くことはない。


 十分すぎるほどの時間をそうやって耳を澄ませていた王だったが、誰の気配も近寄ってこないことに漸く安心したのか、表情を引き締め直して再び女に向けて追及を始める。


「お前には、北の離宮での謹慎および本日午後の毒杯を許した筈だぞ、ピリア・ゾール!」

「うふふ。確かにお許し頂いたのですが……慎んでご遠慮させて戴きました」

 間髪を容れずに悪びれることなく笑って切り捨てられて、国王ザクセン・ゲイルは目の前が真っ赤になるほど怒った。

 

「きさま! おま、お前を選んだことでアルフェルトがあんなことになったというのに! なんだ、その態度は」

「あら。アルを処刑すると決めたのは、貴方様ではありませんか、ゲイル王国国王ザクセン陛下。それも、大して悩むことなく、あっさりと決められたそうではありませんか。息子の命より、国を取る事を決められたのはご自身でしょうに。結局どちらも失って終わりそうですけれども」

 再びコロコロと笑われて、王は怒りのまま目の前に立つ女ピリア・ゾールを追及した。


 あまりにも今更で、今更過ぎて無様ではある。

 だがそれは確かに、親として子を思う心の叫びであった。


 勿論、王の心に渦巻いている怒りの理由はそれだけではない。

 国を率いる王として、親の情を捨てる決断をするに至った苦悩を笑われたことが理由だったし、今更アルフェルトがあそこまで乱心したのはこの女が原因だったのだと気が付いたからかもしれない。


 王はこれまで、子殺しの件について、ピリアが敵国の子を産んだと信じたことはなかった。

 それは命を賭して償った二人の医師と産婆が遺した証言の方が、酔った勢いでピリアを襲った翌日の無様な二転三転する証言をした息子より信じられたからだ。

 国王である自分が決めた婚約を勝手に反故にし、国にとって有用であったリタ・ゾール侯爵令嬢を未来の王妃の地位から冤罪により追い落とした挙句、自死へと追い込んだにも関わらず反省の様子も見られない等、誠意に欠ける態度であったこと等々。

 色々なことが積み重なっての判断であったが、根本的なところが間違っていたのだと王はようやく理解した。


「おまえっ。お前が元凶であったか、ピリア・ゾール。お前がアズノルの間者だったとは」

「まぁ、それが分かる頭がおありでしたのですね。朝食はきちんと召し上がりましたか? 一日の基本でしてよ」

 軽く目を見張ってそんなことを言っているのは、本当に我が一人息子が命を懸けて愛した唯一最愛の娘その人なのだろうかと、王は憎悪で血が煮え滾るという言葉を実感していた。

 確かに、王は今朝の食事をほとんど摂らなかった。

 だが、どこの世界に血を分けたたった一人の息子を処刑せねばならないその朝に、食欲旺盛に食事を食べきる親がいるというのだ。


 分かり切った事をわざわざ確認してくる陰湿さに、怒りに目が眩んだ。

 宥めるどころか馬鹿にしていると言わんばかりのピアの言葉に煽られて、目を真っ赤に血走らせたザクセン王が拳を振り上げて襲い掛かってくる。


 けれどもピアは冷笑を浮かべたまま眉一つ動かさない。

 冷たい瞳を向けるのみだ。


 ガッ! 


 バッとピアの視界が真っ赤に染まる。

 一瞬遅れて、悲鳴が上がった。

 いつの間にか男がひとり、王とピアの間に立っていた。

 その男の手には血に塗れた剣が一振り握られている。


「があぁぁぁぁぁっ!! あ、……あ。おま……ア、アズノルの、間者、かぁぁぁ」


 それが、中央大陸で栄華を誇っていたゲイル王国最後の王の、今際の言葉となった。


「いいや。俺はアズノルの間者などではない。あの国に沢山いる王子のひとりだ」


 床に倒れ込んだ王のまだ温かい血の噴き出す身体を足で仰向けに転がして、パススが嘯いた。


「まぁ。王子のひとりだなんて嘯かれて。もうすぐ王太子になられるおつもりでございましょう?」


 足元を濡らす赤い血。うっすらと埃を被った床に転がる死体の心臓はまだ動いているのか、脈動に連動して赤いそれが溢れていく。赤い血だまりは、いまだに勢いよく広がりを見せていた。


 その血生臭さも、ぴちゃりと粘度の高い濡れた音をも気にせずに、ピアが揶揄いの言葉を入れる。


 それに、軽く笑った男は、ピアの顎を掴んでその瞳を覗き込んで言った。


「あぁそうだ。だがその為にも、まずはこの国を手に入れないとな。……今となっては欲しくもないが」


 そうしてパススは手にしている剣で、浅い息をするばかりになっていたザクセン王の身体から首を落とした。



 首と、切り離された身体の両方から噴き出た血で作られた、その血だまりへと転がったゲイル王国の頭を、パススが踏みつける。


「……くそっ。貴様の愚かな息子のせいで、貴重なっ……くそっくそがぁぁぁっ」


 びちゃっ、びちゃっ。ぐちゃ、ぐちゃり。


 パススは心の苛立ちのまま、踏みつけるその足に力を入れた。


 血塗れになった王の顔が、みるみる傷だらけになってゆく。

 けれども生体としての反応を失くしたその頭には、青痣も増えなければ、腫れあがることもない。

 ただ、張りを失くした肌に傷が入り、切れた血管に残っていた血が滲みだしてくるのみである。


 その異様な光景を、ピアは何の感情も含まない顔をして見ていた。





「!? 何をしているんですか。薬で傀儡にする予定だったではないですかっ」 


 そこへ、天井から降りてきた男が小声で叱り付けるというとても器用な怒り方をしながら割って入った。


 血塗れの傷だらけで、元の顔がどんなものなのか分からなくなっていた頭部を主であるパススの足から取り上げた。


「パスス殿下が書かれたシナリオでは、ゲイル国王は生かしたまま傀儡の薬で操り、自分からアズノルへの併合を申し入れさせる事になっていた筈ですが? お前も。なぜ黙って見ている」

 突然の叱責に、ピアが頭を下げる。しかし口から出て行った回答からは反省する気持ちなど微塵も受け取れないものだった。


「申し訳ありません。ですが、高き所から全てを見下ろし判断を下されていらっしゃる殿下が為される事に、私ごときが注進などできません」


「…………」


 ピアの嫌味を含んだ言葉にも、勿論後から来て割って入ってきたピアの上役である男の問い掛けにも答えることなく、パススは胸を反らしたまま視線すら合わせようとしなかった。

 その態度はまさに子供が拗ねている様子そのものだ。


 血塗れの頭部を嫌そうな顔をして、できるだけ自分の身体から遠ざけつつも手を離すことなく、ピアの上役でパスス殿下の忠実な部下である男が、わざとらしく溜息を吐いた。


「仕方がありません。こちらは、いきり立った民衆が仕出かしたという事にしましょう。私は出来る限り遺体を修復します。ピアは今すぐ北の離宮へ戻れ」


「……はい。この血だまりは?」

「いい。今は一刻も早く戻れ。お前が此処にいるのを誰かに見つかっては拙い」

「おい」

「了解しました。では失礼します」

「おい。ここの指揮官は俺だぞ?」

 頭を下げて来た道を戻ろうとするピアの後ろ姿へパススが声を掛ける。

 しかし答えたのは、ピアではなく冷たい表情をしたパススの部下だった。


「……シナリオを壊してだんまりを決めたのも貴方です、殿下」

「ちっ」

 少しは自覚があったのだろう。

 シナリオが最終段階へ入った状態で勝手な書き換えを行うなど、これまで必死にそれを実行してきた者からすれば酷い背信行為である。

 それを行う権利が自分にはあるとパススは信じていたが、傍からすれば迷惑行為そのものである。そのことに今初めて気が付かされた。


「それで。殿下は、頭の修復と床の血だまりの掃除はどちらをなさいますか?」


「……どいつもこいつも。俺を苛立たせるのが上手い」


 パススは部下の手の中に取り上げられた、男の頭を睨みつけた。




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