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破滅の日・1

ここからしばらく暴力シーンの連続です。

グロ耐性の無い方はこのお話を読もうとしていないとは思いますが

ご注意ください。





 王宮に、民がなだれ込む。


 手にしている物は、柄の長い鍋やフライパンであったり、竈で使う火掻き棒だったり、馬房で使っていた鋤や、家でちょっとした扉の建付けを直すのに使っていた金槌といった日常で使用している金物ばかりだ。


 剣や槍など持っている者はいない。ついでに剣技などもまったく知らない。


 それでも、頑丈で使い込まれたそれ等を怒りに任せて力の限り揮う民は、すでに下働きを引き受けていた平民の使用人すら減ってきていた王城を、数の暴力で蹂躙していく。


 手当たり次第に油が撒かれ、火がつけられ、見つけた貴族たちを取り囲む。


 きらびやかな宝飾品を身に纏っていたその貴族は、それらの全てと綺麗に整えられていた髪や髭を引き千切られボロボロだった。

 ボタンが飛び散り剥き出しになった胴回りについた贅肉へ、木靴が食い込む。

「げぼばっ」

 根元から折れた前歯と血と胃液や涎に鼻水などを一気に噴き出され、床が汚れる。


 雪崩れ込んできた民衆に取り囲まれた最初こそ「何だ貴様らは! 王宮から即刻出ていけ」と高圧的であったが、大きな鉄鍋で後頭部を殴られてからは態度を一転させていた。


「ひゅ、ひゅるひへ……」

「本当の王太子はどこに隠れているんだ。言え」

「ひゃ、ひゃにをっ。いだいっ。いだっ。わらひを、られだと……ひゃめっ、ひゃめれくれっ。あ、あれは、ほんろに、あるふぇ……うぎゃああああ」

 涙でぐちゃぐちゃだったその男は、背中を強く殴りつけられると、顔を紫色にして首を押さえて藻掻きだし、床に突っ伏した。

 いつの間にか男の反抗が収まり、小突いても動かなくなったことに気が付いた民衆は、答えを求めて移動した。

 


 王宮へ行儀見習いの為に侍女として上がっていた下級貴族の令嬢は、下働きがいなくなったと雑巾掛けなどの水仕事をさせられている処を、暴徒とした民に襲われた。髪を引っ張られ、お仕着せにしては生地も仕立ても良い服からボタンが飛ぶ。

 突然の暴力を振るわれその場に尻もちをついた。

「何を?!」

 怒りを感じて見上げた視線の先で立っていたのは、でっぷりと太った平民らしき女だった。

 なぜ王宮内に平民が、と疑問に思ったが、最近減ってしまった下働きとして、新しく入った者だろうと当たりを付けた。

「失礼ね。この服を着ているのはあなた達平民と違って貴族の令嬢なの。弁えなさい」

 叱り付けて立ち上がろうとした肩を、汚れた木靴で蹴り飛ばされた。

「?!」

 再び床に手を着いた状態で、見上げる。

 侍女を冷たい瞳で見下ろしている女の手には長い擂り粉木が握られており、リズムを取るようにもう片方の手のひらに叩きつけるようにしていた。べちんべちんと下品な音が耳についた。

 そういえば、王城内を守っている騎士たちはどうしているのだろうか。さきほどから何か妙に騒がしいと思っていたが、何かあったのだろうかとようやく侍女はそのことに気が付いた。

 たかが平民と言い返せないような威圧を感じる。それでも相手が男性ではなく年配の同性であるならば、話をすれば何とかなる気がした。


「私たちが納めた税で作ったお高いドレスで掃除かい。お貴族様っていうのは、酔狂が過ぎるねぇ」 

 苛立った様子の女に、止せばいいのに侍女は訂正を入れた。

「こ、これはドレスなどではありません。おう、王宮で支給される、仕事着です」

 襟元とウエストに共布のリボンはついているものの、装飾らしきものといえば後は裾に施されたパイピングだけのシンプルなエプロンワンピースだ。中に着る白いシャツも襟元に小さなフリルが付いているだけ。とてもドレスなどと呼べるものではない。

 当然だがこれは最悪といっていいほどの悪手であった。

 女が持っているどの服よりも高価で美しいそれを、ドレスなどではないと言い切る不遜さに、女のこめかみがピクピクと痙攣した。


「そうかい。ドレスじゃあなかったかい」

 自分の言葉を肯定されたことで喜色を浮かべて何度も頷いてみせる令嬢の顔面に向かって、大きな擂り粉木が振り下ろされた。



 転んだ拍子にうつ伏せになった文官や抵抗虚しく命を失った騎士たちの背中や後頭部を踏み躙りながら、民は王城の奥へ奥へと進んでいく。


 勿論、すでに何人もの民が騎士たちの手で斬り殺されていた。

 殴られ、蹴り飛ばされて首の向きがおかしくなって動かなくなった者もいた。


 けれど、それは民を恐怖へと堕とすことはなかった。むしろより怒りを滾らせた複数の民から一気に襲い掛かられて、反撃の憂き目にあう者も出る始末だ。



「……海猫亭の、アンガスさん」

 近衛になって三年、今年ついに小隊長を任じられたばかりのトーラスは、混乱の境地にいた。

 自分の背中には、暴徒の手から逃げてきた上級文官が「早くその暴徒を取り締まれ!」と叫んでいるが、目の前に立っているのはトーラスが休日に通っているお気に入りの食堂の主人にしか見えなかった。手には大きな鉄のフライパンが握られている。その横には女将さんのエリさんと、食堂の常連仲間の顔も見てとれる。

 飯が上手くて安い王都のその食堂の味は、トーラスの出身地である地方都市の味そのもので、懐かしさもあって何度も通った。

 城で勤める近衛騎士だと告げたら態度が気安いものではなくなってしまいそうなのが怖くて、平民でもなれる兵士なのだと嘘を吐いていた。

 気さくで冗談ばかり言っていた仲間といえる相手が、今は目を血走らせてこちらを睨みつけていた。


「おい、後ろの奴をこっちに渡せ!」

「罪人アルフェルトを出せ。あの罪深い男を殺させろ!」

「偽者を仕立てて処刑するなんて、なんて酷い国だ」

「そんなことで誤魔化されないぞ!」


「と、貴い身であられるアルフェルト殿下はすでに天へ召された! お前達、国民の為に。貴い青き血を天へ捧げる御英断をされて」

 震えながらも、伝えるべきは伝えなくてはと主張する文官の説明を怒った声が遮る。

「うるさい! アイツは許されない罪を犯した! だから処刑するって最初のお触れでは言ってただろうが!」

「そうだ! アイツは罪人だ! その罪人を庇いだてして他の罪のない人間を身代わりに殺すなんて非道が過ぎるだろう。青き血を天に、なあんてお為ごかしで処刑の意味を替えちまうとか! いろいろする事が狡いんだよ!」


 そうだそうだと暴言を吐き続ける民衆に、トーラスの目に涙が浮かんだ。

 目の前でいきり立つ暴徒は、自分の愛する王都で暮らす善良な民と同じ人なのだろうか。


 悩み過ぎて動けなくなっているトーラスの背中を、上級文官が強く押し出した。

「トーラス隊長、近衛として城を守れ。早く何とかしろ」

 どん。

 みっともなく蹈鞴を踏んで前に向かって態勢を崩したトーラスの顔面に、大きな鉄の塊が振り上げられたのが見える。


 後ろから「あ、アレは本当に、正真正銘、本物のアルフェルト殿下でぎゃあああ」という上級文官の声が聞こえたけれど、トーラスには最後まで聞き取ることはできなかった。



 大工の木槌で頭を叩き潰された者。

 鍛冶屋の大ハンマーで鎧ごと吹き飛ばされた者。

 トーラス以外の近衛たちも、暴徒たちと乱戦となり、その数を減らされていく。

 剣技など知らないとばかりに、予測とは違う軌道を描き、遠い間合いから飛んでくる武器。

 しかも相手はひとりではないのだ。足に取り付き動きを封じられ、剣を握った手の平を力の限り後ろから叩かれる。


 守るべき相手である民からの全力での拒否に、騎士の動きも判断力も鈍る。


 それでも、騎士として鍛え上げられた勘なのか経験による論理的見地なのか、現状に違和感を感じる者も僅かではあったがいた。


「おかしい。襲撃に、統制を感じる。指揮を取る者がいるようのか? いやそもそも、……」

 幾人かの騎士の頭に浮かんだその疑問を口に出す事は誰にも出来なかった。

 どちらにしろ相談する相手も疑問に答えてくれる相手もいない。


 王城で振舞われた朝の食事に、すでに心と体の反応が鈍くなる薬が仕込まれていたことに誰も気づかなかった時点で、こうなることは決まっていたのだ。




 そう。勿論、煽動者はいる。


 アズノル国の工作員だ。


 大広場であの声を上げたのも工作員である。


 少なくなった王城の下働きに紛れ込み、あちこちで提供される食事に、遅効性で効果は軽いが継続時間の長い神経毒を混ぜ込んだ。

 王族の処刑というショッキングな一日の始まりの食事が常より味を感じにくくとも誰もがそういうものだと受け止めた。

 むしろ勤務に真面目な者ほど、味を感じられない食事を残さず食べた。

 その結果、常なら感じていただろう違和感を流し、こうして全てにおいて後手後手に廻っているのだ。

 

 工作員たちは民に紛れて騎士たちの動きを封じ、彼等の手で止めを刺させていく。

 そうして気炎を上げる民を、王城の奥、王族の居住区へと誘い込んでいった。




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