贄
処刑シーンがあります。
グロ耐性の無い方はこのお話を読もうとしていないとは思いますが
ご注意ください。
それは、太陽が一年の中でも特に長く日中にある日に粛々と執り行われた。
天の最も高い場所に太陽がある、特別な時。
眩しい太陽の下で、人々の憎しみを一身に集めるその王子は、あの日の乱心が嘘のように落ち着いた表情でそれを受け入れた。
処刑方法として、斬首が許されていた。
庶民はそのことにも不満を募らせているようだった。大きなギロチン台が用意されているその処刑台は、見物が許された場所から投げつけられた腐った卵でドロドロであった。
その王子は、その場に集まった民たちの怒りの投石や罵声を一身に浴びながらも、一度も口を開くことなく刑は執行された。
粛々と目の前に差し迫った自身の死を受け入れ、その命は天へと還された。
民からの批難に対する弁明も、助命の嘆願も、恐怖による泣き声すらなかった。
本人の怨嗟の声も、悲鳴も、なにも届かない。静かな死。
この処刑の場を整えるのに使った資金や時間に対して、あまりにもあっけない死であった。
勿論、ギロチンによって刎ねられた首からは、激しく血飛沫が飛び散ったし、胴から切り離されて不安定になった首は目の前の血だまりの中で転がっている。
異様すぎる。静かな狂気的な光景が広がっている。
人々は初めて観たギロチンによる斬首という処刑方法に凄まじいほどの衝撃を受けた。
飛び散り、処刑台に残された首のない身体から溢れだしていく血が地へと流れていくおびただしいその量。その広がりゆく血だまりへと転がる首。
これまでゲイル王国で行われた公開処刑のどれとも全く違う。
身を捩って苦しむ絞首刑とも、一度の刃では首を落とせず処刑人が何度も大剣を振り上げ悲鳴が上がる斬首刑とも、下された判決の回数を満たす前に鞭で打たれる痛みに耐えきれずにショック死してしまった時とも全く違っていた。違い過ぎていた。
そのあまりに非日常的で残忍な光景と、濃厚な血の匂いに、その場に詰め寄せていた庶民は皆黙り込んだ。
どこか白けた空気が漂う中、その王宮の文官が前に立ち、その宣言はなされた。
「このところ不運が続くゲイル王国の人柱となる為に『この国で最も高貴な血を引く青い血が天へ捧げられる』こととなった。貴き志の下、その身を犠牲にされることに同意したアルフェルト殿下に、黙祷を捧げよ」
勿論、建前だ。実際には、単なる罪人の処刑に過ぎない。
だが、ゲイル王国がその対面を保つためには必要な建前だった。
一度は国王自身が王太子であった息子を罪人と判じたものの、国として王太子であった王子を罪人とし処刑するのは外聞が悪すぎるという声が強かったのだ。
替わりに、北の塔へ永久に蟄居させようとか、やはり毒杯を、と進言する者たちの声を一頻り聞き終えた国王は、人柱として王子の青い血を大地へと流し、命を天へ返すことを決定した。
罪人としてではなく、国を継ぐ筈であった子が死産を迎え、活気のあった経済が停留し、人心は不穏な空気に脅えている。
それらすべての不運を払拭するための贄としての、名誉ある死を息子に用意したのである。
そうすることで他国への外聞を保とうとしたようだが、民の反応を考慮することを怠り過ぎていた。
なによりこれまでゲイル王国における処刑方法は、絞首刑のみであった。
絞首刑は自ら階段を上って首へ縄を掛けられねばならない。顔に黒い布を掛けられ、前の見えない状態で両脇から抱えられるようにして連れられていく恐怖により無様に暴れる様を晒してしまう罪人がほとんどだ。また命を失うまで時間が掛かり、ほぼすべての者が失禁姿を晒すことになる。「さすがに元王太子の失禁姿を庶民へ公開することなどできない」という声は根強かった。王としても、それでいいのかと問われれば気になる。
だが、その実行に疑惑を持たれても困る為、どうしても公開だけは行わなければならない。
そんな時、他国で採用されているというギロチンによる斬首の情報が奏上されたのだ。
処刑人は、ギロチンを吊るしている縄を切るだけでいい。罪人の首に刃を向けるような野蛮な行為をしないですむ。処刑される罪人も、切れ味の悪い刃で首を落とされるまで何度も何度も切りつけられるような真似を受けなくて良いという。一瞬で死を迎えられる。
絞首刑のように窒息するまで苦悶の表情を晒して足掻くような真似をしないで済むし、なによりまだ生きている間に糞尿を漏らす姿を晒さなくても済む。縄で吊るされた時、鍛えていた身体を持っている男性などは特に筋肉により縄で締めきれずに死を迎えるまで時間が掛かってしまうことが多々あるのだ。時間が掛かれば掛かるほど、漏らしてしまう事が多いのだが、一瞬の死ならばその心配もない。
公開処刑ともなれば、見物客たちから投石に合うことも多い。処刑に掛かる時間が少なければ、石を投げつけられる時間も短くて済む。
以上を以て、ギロチンという新しい処刑台を使った斬首刑は罪人にも処刑人にも優しいとされていた。
毒杯を受けることの許されなかった貴族にとって最後に与えられた慈悲。
神の慈愛に満ちた処刑法。それがギロチン台を使った斬首だという。
こうして今回、ゲイル王国でも導入が決定された。
大掛かりなギロチン台はピカピカだった。
痛みを感じる前に首を刎ねるのだと莫大な資金を注ぎこむ。それだけの資金を費やしても、特注のそれを作るのにはふた月以上の時間を要した。
それに伴ってアルフェルト元王太子の処刑は延期された。
莫大な資金を費やして、大掛かりで立派なギロチン台を用意され、刑までの期間が延長された事で、一度は元凶である王太子の処刑のお触れにより収まりかけていた民の不満は再び高まっていた。
だが、そのことに気が付く貴族は誰もいなかった。
そうした経緯を経て迎えた処刑が、『国の為に、神へ王族の血を捧げる』などという美談にすり替えられていたことでついに民は再び爆発した。
「話が違う!」
前より激しく一気に。
初めてみる大掛かりな装置による王族の死刑。
誰もが声を失くして静まり返っていた大広場で、その声は上げられた。
「偽者だ! 王家は、偽の王太子を仕立て上げ、金で縛った哀れな偽者を身代わりにして王太子を逃がしたに違いない!!!」




