そうして王は決断する
荘厳なゲイル王国の一室。
そこに集まっているのは、、この国を動かし国の行く末を見据えて決断を下している中枢と誰もが自負している者ばかりであった。
そんな、自らを知恵者と自負する錚々たる面々が集まっているにも関わらず、誰も自らの意見を口にしようとしないまま時間だけが過ぎていく。
重い沈黙に包まれた会議室へ、次々と侍従や時には騎士たちが入れ替わり、立ち替わりに報告しようと入室許可を求めて駆け込んでくる。
時間が掛かり過ぎているのだ。この部屋にいるのはすべてこの国における業務の決定権を持つ者ばかり。つまり仕事は幾らでもある。なんなら溜まり過ぎているほどだ。
それがこれほどの時間をこの部屋で無為に過ごしているという損失。
一度に三人が入室許可を取っていると言われたところで、宰相が音を上げた。
「……何か、手を打つべきです。早急に」
言葉にすれば、何のこともない。只の催促でしかないそれを口にするだけでも宰相にとっては勇気を振り絞る必要があった。
だが。
「そんなことはわかっておる! その手を打つ方策を、お前が出せ」
当然のことながら、これは王から叱責を受けて終わることになる。
「はっ。失礼致しました」
すごすごと引き下がった宰相だが、やり込めたはずの王の表情は当たり前であるが苦かった。
事件を引き起こしたのが、王の息子でなかったなら。
せめて王に、もうひとり王子がいてくれたら。
いや王女でもいい。ひと粒種でさえなければ。
どれかひとつでも叶っていたならば、答えを出すのも導くのも簡単だった。
仕出かした元凶が王のたったひとりの子供であるが故に、取れる方策が口に出せないでいることに誰よりも王自身が、気付いていた。
つまりは、それを口に出すのも、決断するのも、王自身にしかできないことであるということだ。
再び重い沈黙に閉ざされようとした時だった。
扉の外から再び声が掛けられた。
「し、しつれいします。その……」
「今度はなんだ。もういい、そこで言え!」
部屋への入室許可を取ろうとしただけだというのに、返された言葉のあまりの剣幕に驚いた文官が、続けようとしていた言葉を失って棒立ちになる。
その情けない姿が、部屋の中で鬱屈していた男たちの怒りを更に呼び寄せた。
だが、それにも負けずに気弱そうな文官は、俯きながらもその手に持ってきた物を前へと差し出し、用件を告げた。
「あ……その、宰相閣下へ、そのお手紙が……」
だが、それは選択のミスとしか言いようが無かった。
「馬鹿か。そんなものを此処まで持ってくるな! そんなものは後にしろ!」
頭ごなしに叱り付けられ、縮こまる。それでも上司からどうしても判断を貰ってこいと言われたその文官は引くこともできなかったのだ。
「で、ですが。その、どうしても今すぐ宰相閣下へ直接お渡し頂きたいと」
出ていけと言われて従わなかっただけでなく言い返したことで、この部屋にいる男たちから、行き場の無かった怒りをぶつけることのできる存在であるとこの文官は認識を受けた。
「躾がなっておりませんな。どこの所属、いや家門の者だ?」
「仕事の優先順位も分からぬような者は即刻首にするべきだ」
「貴族としての自覚、矜持が足りないのでは?」
本当は、これらの言葉はすべて彼等がアルフェルトに向けて放ちたかった言葉である。
溜まりきった鬱憤を晴らすかのように、口々に汚い言葉で扱き下ろされた文官は薄っすらと涙目になっていた。
「ひっ。で、ですが……」
それでも、仕事には誇りを持っているのだと、言葉を続けようとしたところで、自分には関係ないことだとそれまで黙っていた財務大臣が勢いよく席から立ち上がった。
「このっ!」
一番寡黙な男だった。
貴族としての矜持も誇りも高い。
けれども何故か突然、我慢がならなくなったのだ。
勢いよく腕を振り上げる。
それが振り下ろされる直前、扉の前で控えていた近衛のひとりが文官の腕を引き、震えながら懸命に差し出していた手紙を奪い後ろに庇う。それと同時に、さっと財務大臣の手を受け止め、その手に手紙を握らせた。
室内の重鎮たちが呆気にとられている間に、近衛はさっさと文官を廊下へと追い出した。
その鮮やかな動きに毒気が抜かれたのか、財務大臣は握らされた手紙に視線を落とした。
そこに書かれていたメモ書きを見た財務大臣は、宰相宛だというその手紙の中身を勝手に改め始めた。
「お、おいっ。何をしている」
手紙をすぐに読むつもりは無かったものの、自分宛ての文書を財務大臣に改められるのは不満なようだ。
宰相が慌てて財務大臣からそれを奪って読みだす。
その顔色がみるみる変わっていく。
「そんな……」
宰相には、孫が三人いる。
中でも最も可愛がっていたのが、今年貴族学園を卒業する予定であった孫息子のリンドだ。
抜きんでて賢く、未来の王太子の側近となるべく勉学に勤しんでいた筈の自慢の孫であった。
それが死んだという報告であった。
自死かもしれないと書かれているが、今のところ遺書などは見つかっていないという。
床に崩れ落ちた宰相の丸まった背中を見て、諦めと覚悟がついたのだろう。
一度、強く瞑った目を見開いて、王が立ち上がる。
そうして、ついにそれを口にした。
「アルフェルト・ゲルトを王太子から外し王位継承権を剥奪することとする。これより一週間の後に、罪人として処刑する」
ぐっ、と。誰もが息を呑んだ。
「王太子妃ピリアには、北の離宮にて蟄居とする。……夫であるアルフェルトの処刑が済んだ後に、盃を授ける事になるだろう。早急に国中へ向けてその旨の触れを出せ。……アルフェルトは今すぐ貴族牢へ収監、ピリア妃も即刻移送せよ」
アルフェルトの処刑がどのような種類になるかは、触れを出した際における庶民の受け止め方によって判断することになる。
触れを出したことで暴動が一部でも落ち着けば、毒杯を賜ることもできるだろう。けれど、それでも不満が残るようならば、絞首刑いや公開処刑となる可能性もあるかもしれない。
アルフェルト王子を溺愛している王妃の精神がそれに耐えられるかどうか。
できる事ならば、自国の王太子でもあった唯一の王子に、そのような惨い刑を処さずに済むことを、この場の誰もが願ってはいる。
だが内密に済ませたことで、実は処刑などしなかったのではないか・こっそり逃されて生きているのではないかという疑念が残るようでは困るのだ。
処刑して埋葬まで済んでしまってから、「あれが影武者で、罪のない人間がまた一人犠牲になった」などと流布されては身も蓋もない。
そこまで行ってしまってから、墓を掘り出して中の遺骸を改めさせたところで、本人であるという確定はできないのだから。
だからといって庶民に迎合して、王太子であった王子を安易に公開処刑として晒し者にする事も躊躇われた。近隣諸国から舐められる要因となるだろうし、以後は二流国家と謗られる事は間違いない。
ここから先に関しても難しい舵取りが要求される。
「アルフェルトに対する処刑方法に関しては、追って沙汰を下す。以上だ」
苦渋の色を滲ませながらも王は強くハッキリとした口調でそう指示を出すと、その場にいた全ての者が深く頭を下げ、王の決断を受け入れた。




