呪い
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ぼそりと呟かれたそれは誰の声だったのか。
静まり返った会議室へ、またしてもひとりの文官が入ってきて宰相へと持ってきた情報を耳打ちする。
耳打ちをする方もされる方も、滅法顔色が悪かった。
問われるまでもなく、宰相が今耳打ちでされた報告を口に出した。
「……ライラ嬢が、学園に忍び込み、あの窓から、飛び降りた、と?」
不吉すぎるその言葉に、周囲が一斉に息を呑んだ。
あの窓とは、間違いなく、リタ・ゾールが飛び降りたあの食堂の窓であろう。
本来ならば見晴らしの良いバルコニーのある美しい設えの広い食堂だ。貴族の子息令嬢がマナーに則って会話をしながら食事を取れる。社交に出る練習場としての顔も持つその食堂は、王城で夜会を開く大広間を模して作られている。
だが、あの事件があってからは閉鎖されていた筈である。
「ライラとは誰だ。どこの家の令嬢だ」
何故、わざわざ鍵の掛かったそんな場所に入り込んで自死するなどしたのだろうと、王は一気に不機嫌になった。
親としては娘の死は悲しむべきことであろうが、何故今なのか、何故わざわざそこでするのかと叱責する気持ちの方が強くなってしまったのは現状では致し方ないであろう。
告げられなかった家名を確かめるべく王が問い掛けた。
しかし、宰相は震えながら、それを否定した。
「家名はございません。ライラ嬢は、今は平民でございます」
その返答に、王は激高した。
「平民が死んだから、どうだというのだ! 今は貴族家への平民共の暴挙について話し合っているのだぞ」
為政者として、たかがと言ってしまってはいけない事である。
だが、今は言ってしまいたかった。
「……ライラ嬢は、まだ死んではおりません。そして、今は平民ですが、つい先日までは、グロック伯爵家の一女でした。……リタ嬢の名を騙り、学園で暴挙に及んでいたことが判明し、貴族籍を剥奪された、あの令嬢です」
「!!」
王の動きが固まる。
首を竦めながらも、できるだけ平静を保って報告を述べる宰相に、注目が集まった。
「……さきほど、リタ嬢が自死されたあの窓から飛び降り、同じ植え込みへと落ちました。現在は全身を骨折し、意識が混濁した状態で、リタ・ゾールへの謝罪を呟き続けながら、魘されているようです」
それは、あまりにもリタ・ゾール嬢の死に際を准えたものだった。
真似たというレベルではない。
全身骨折で、意識が混濁した状態で魘されながら、死に向かう状態へなど、意図して真似できるようなものではない。
だが、それを認めることなど、王にはできなかった。
「……集団、ヒステリー。そうだそれだ! 呪いなど、ある筈もない! たかが、令嬢に、国を脅かすほどの呪いを掛けられるなど、ある筈が……」
そこまで否定の言葉を口にしながらも、王はその続きを最後まで発することは出来なかった。
何故ならば、思い至ってしまったからだ。
――本当に、呪いはないのだろうか、と。
リタ・ゾール嬢の博識ぶりは近隣諸国へ鳴り響くほどのものがあった。
憎たらしいほどの人脈は国内よりも国外でこそ強く、広かっただろう。
ならば、このゲイル王国にない知識を基に、自分の命を賭けて何かを願い行動したとしたら――?
彼女が自死を選ぶしかなくなるまでに受けた仕打ちの数々を思い浮かべた者は皆、蒼かった顔色を更に土気色になるまで悪くした。
「……どうしろと、いうのだ」
すでにこの世にいない者の心を慰める方法など、考えたこともない。
どうすればいいのかなど、まったく見当も付かなかった。
いや、王の頭の中には、ひとつだけあるにはあった。
だが、最終手段とすべきものだ。軽々しく選べるものではない。
しかし、と目を瞑って王は思案した。
ゆっくりと目を開けた王の顔にはそれまで見つけられなかった深い皺が刻まれていた。一度舌で自身の乾ききった唇を舐める。
アルフェルトの廃嫡。それ以外にどんな方法があるというのか。
だが、それで済ませられるだろうか。
貴族相手であれば、それで落ち着くだろう。たった一人の王子でありながら王太子から下ろされる屈辱。これ以上の罰はない。
だが、現在騒ぎを起こしているのは民衆だ。
民衆に分かり易い罰となれば、ひとつしかない。
処刑。
それも公開処刑である。
この罰以上のものはないのだ。
間違いなくこの騒動は鎮まる。
苛烈な処罰を与えることで、敢えて王家に対する不満を騒ぎ過ぎたと鎮めることに繋げる事ができる、筈だ。
今回の全ての罪の種を撒いた張本人はアルフェルトである。
恋に狂って調査を疎かにしたのだから。たしかにピア・ポラスも他の下位貴族の令嬢たちも嫌がらせを受けていた。リタ・ゾールの名を騙ったライラ・グロック達によって。
つまりは、リタ・ゾールの恨みを買っているのも、アルフェルトであろう。
だとすれば、アルフェルトひとりがその罪を背負い処刑されることで、呪いも終わらせられる可能性は高い。
しかし、そうはいってもアルフェルト・ゲイルはゲイル王国にたった一人しかいない正統なる王位継承権者でもあるのだ。
一応は、王妃や先王の妹姫の血を引く幼い双子の兄妹に継承権の設定がなされている。王妃に継承権が設定されているのは王が病魔に侵された時にその代理として立つ為の根拠としてであり、過去において実際に継承がなされたことはない。
せめて双子の母が存命ならばと思わなくもなかったが、元々身体が弱かったこともあり王位につけることはなかっただろう。
つまりアルフェルト以外には本当の意味での継承権を持つ者は現在のゲイル王国にはいないのだ。
であるが故に、安易に継承権剥を実行する訳にはいかない。ましてやその処刑などできることならしたくはなかった。
しかし、王族としての血統が途絶えようとも、王として、このまま無策で傍観している訳にはいかなかった。
王国は今、崩壊寸前となっているのだから。
幸いにも、王は自身の健康に自信があった。
年齢も、まだ老いたという程でもない。正妃には無理でも若い側妃を迎えれば、新たに次代を臨むことは不可能ではないだろう。
授かりものであるから故に叶うかどうか分からない。賭けのようなものではあるが、崩壊が止まることを指を咥えて傍観したり、神へと祈るだけよりも余程マシな選択であろう。
それでも。現時点において、王にはその道を選ぶことは、出来なかった。




