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家具職人見習いのヤン



『王太子殿下の乱心だ! 見逃すな!』

 そんな叫び声を追いかけるように、ヤンは王城への道をひたすら駆けた。


 時間も良かったのかもしれない。夕刻というには日が高いがうだるような日差しも落ち着いていた。午後の仕事もひと段落ついていて、親方が『皆で茶でも飲んでゆっくりしようや』と、休憩しようと声を掛けてくれた時に聞こえてきた、どこが茶化すような興味をそそるその掛け声に、つい、その場にいた皆で窓の外へ注視してしまったのだ。

 そうして、違う窓から誰かが追い掛けて行ったのが目に入った途端、ヤンまでその後ろを追い掛けたくなってしまった。

 何故、と問われれば、なんとなくとしか答えられない。

 けれども、窓の外を駆けていく一団に加わらねばという不思議な使命感というか高揚感というか。なにかそういったモノに追い立てられるようにして、どんどん人数を増やしていく一団に加わったのだった。

 気が付けば職場の先輩や親方までもが横を走っていて、皆でドキドキしながら、前を行く人の後ろ姿を追い掛けた。


 そうして、その行き着いた先で聞かされたのは、王太子殿下による王族と貴族による腐敗の実態についての告発だった。

 正直、なぁんだ、とガッカリした。

 そんなこと王太子殿下に教えて貰わなくとも、少しでも目端の利く者ならみんな知っていたからだ。


 貴族という者は、平民を虐げて豪勢な暮らしをすることを当然だと思っている横柄な存在で、だが逆らうと容赦のない暴力を振るわれる。だから、逆らわない。そんな認識しか持てない相手だ。


 だから、そんな「ハイ、知ってた」としか言いようのない事を偉そうに聞かされて、腹が立った。

 腹が立っているところで、群衆の中の誰かが王太子殿下に向けて生卵を投げつけたのだ。

 べしゃり。

 それは見事に、王宮のバルコニーで喋りくる王太子殿下の顔に命中して、割れた中身がべっとりとお綺麗な顔に流れ落ちていく。

 みっともないその姿に、溜飲が下がった。

 多分、周囲も同じ気持ちだったのだろう。日頃の鬱憤を晴らすように、周囲にいた皆が色んなものを投げつけ出した。

 本当ならば、お貴族様、それも王太子様にそんなことをしたら、あっという間に捕らえられて鞭打ちにでも遭う。けれど、その場にいた皆が一緒になって日頃の鬱憤を晴らそうというのか物を投げ捲ったので、なんだか愉しくなってしまったのだ。

 普段なら絶対にできないような事でも、皆でやれば怖くないもんなのだとヤンは知った。

 だって、目の前の王太子様は血塗れだ。

 それでも、全く気にせず先ほどと同じような主張を続けていたから、もしかしたら王族というのは痛みを感じない特別な身体なんじゃないか、だから誰も怒られないのかもしれない、いや実は王太子の振りをした偽物で壮大なイベントの余興なんじゃないかと誰もが考え出した頃、王太子様がとんでもない事を言い出した。


「斯く言う私も、かつて元の婚約者へ無実の罪を着せ自殺に追い込みました。そこまでして得た妻の産んだ子供が、まったく自身に似ていなかった事に腹を立てました。そうしてその一点のみを根拠にして、私は妻の不義を怪しみ、処分することを、その場にいた医師たちに課した! そうです。私は、元の婚約者を死に至らしめてまで欲した相手が生んでくれた自分の子供を、その場の思い付きで、殺してしまった!」


 王太子様の元婚約者のご令嬢に、ヤンは会ったことはない。

 けれども、長患いをしていたヤンの母親が新しく処方されるようになった薬のお陰で奇跡的な回復をしたのだが、その薬を手に入れてくれたお姫様その人に間違いない。お医者様が何度も教えてくれたからだ。


「聖王国で作られてはいるが門外不出と言われ、わが国のみならず他国では絶対に入手できないとされていた様々な霊薬を、根気よく交渉した王太子様のご婚約者が我が国へ輸入できるようにして下さったのじゃよ」


 驚くことに、そのご婚約者様というのは年上といっても、たった二歳しかヤンと違わないという。それなのに歴代の王様でもできなかったことを成したのだ。興奮した。

 だからヤンはその王太子様の婚約者様の貴族のお姫様だけは、特別に、だいすきだった。親方と同じくらい尊敬してた。

 なのに。

 ある日、親方が資材を仕入れにいった先で、取引先である異国の商人から呆れられたように告げられたのだと、渋い顔をして帰ってきた時に、知らされたのだ。


「王太子の婚約者だった令嬢が、婚約を破棄されて死んじまったんだと。『あれほど有能な方でも、恋に破れると自死を選んでしまうのですね』と言われて悔しかった」


 そう嘆いた親方は、けれど死んだ婚約者のお姫様を責めているようだった。

「馬鹿だよなぁ」と言われてなんだかムカついた。けれども、好きな人に振られたくらいで死ぬなんてやっぱり婚約者様も女の子だったんだなと、確かに馬鹿だなとも納得したのだ。


 それから、王太子様が新しく好きになった人と結婚して、実は元の婚約者は悪い人で王太子とその恋人の仲を裂く為に親の力を使って強引に婚約者になった悪い女だったという話とか、お綺麗だって話だったけど本物はブッサイクで友人もいない嫌われ者だったという聞くに堪えない噂が街に流れて来たけど、仕事ができることといい人だってことは別だしな、とも思ってヤンは下衆い噂をしていた大人の男たちを黙殺することにしたのだ。


 本当は、声高に下衆な噂を話す見慣れない男共をぶっ飛ばしてやりたかった。


 元の婚約者様がどれだけ凄い事を成し遂げたのか、この国の為に頑張って尽くしてくれていたのか、教えてやりたかった。

 でも、実際のヤンはまだ成人前で、仕事だって半人前の修行中の身で、当然だけれど元婚約者様の貴族のご令嬢に会った事なんか無い。というかお貴族様という種類の人間と口を利いたこともなければなんならパレード以外で見たこともないような一般庶民だ。

 そんな自分がお姫様の功績への感謝を声高に主張したところで誰が真面に聞いてくれるというのか。


 自分だけは知っているからいい。いや、家族と本当に身近な人にだけは、自分がどれだけ元婚約者のお姫様に感謝しているのか、尊敬しているのかだけ伝わるように、きちんと伝え続けようとヤンは心に誓った。



 だから。


 この日の王太子様の告解に、ヤンはその場にいた誰よりも怒っていた。


『元の婚約者へ無実の罪を着せ自殺に追い込みました』


 さらりと、産まれたばかりの自分の子供を殺したという告白の前フリとして付け足されるように言われた言葉の意味する所。


 ヤンの尊敬するお姫様が悪女だったとか不細工だったとか、そういった悪い噂を流したのも、自分の行いを正当化する為の王太子の嘘だったのかと、一瞬で頭の中で結びついた。


 ――許せない。許すべきじゃない。


 多分、誰よりも強い憎しみの気持ちをもって、ヤンは石を投げつけた。


 何度も何度も。


 怒声を浴びせ、投げられる物を探して廻っては、目についたものを何でも投げた。

 石が見つけられなくなったので、履いていた靴を脱いで投げつけた。

 

 暴徒と化した民を鎮圧する兵士たちが、ヤンのことをも取り押さえようと向かってきたので、その被っていた兜を奪って王太子に向けて投げる。

 力の限り激しく暴れ、咽喉も裂けよと批難と罵倒の声を上げる。その様に、捕らえようと悪戦苦闘していた兵士の後ろに立って指揮をとっていた他の兵士より少しだけ煌びやかな制服を着た男が吐き捨てた。


「糞っ。子供のクセして、王族へこれほどの暴挙に及ぶとは。これだから庶民は」

 その言葉からきっとお貴族様というヤツなんだろうと、推測したヤンは、射殺すが如き視線を、その男に一瞬だが向ける。

 その庶民が働いて得た給金を税だといって吸い上げて暮らしている癖に。


 庶民の為に働いてくれた元婚約者のお姫様を助ける事もせずに、庶民を虐げる。悪逆非道な行いをしていたのは、元婚約者のお姫様ではなく、目の前のコイツ等だ。


 ヤンは、ついに後ろ手で押さえつけられながら、叫んだ。


「人殺し! 本当は、リタ・ゾール様の功績を妬んで殺したんだろう! 悪人だという嘘まで流して!!! 役立たずの下衆野郎共がっ!」



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