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煽動



「もう、廃嫡するしかないのではないか」


 そんな声が囁かれる。


 当然だ。それだけのことを、王太子であるアルフェルト自身が仕出かしてしまったのだから。


 王都では、毎日のように王族と貴族に対するシュプレヒコールが上がり、そのままの勢いで隊列を増やしながら王城前までやってきては批難の声を上げていく民が出るほどだ。最初の頃こそ捕まえて牢屋にいれていたのだが、名前と住所を聞き出すことすらうんざりするほどの人数が連日捉えられてくるようになり、ついには牢は満杯で収容し切れなくなったところで、門番たちが集まって声を上げる民へと水をぶっかけて解散を促すだけになった。

 それに対して、上からの指導も入らない。

 上層部も、多分もう諦めているのだ。色々なことに。



 未だに自室にて謹慎を命じられているアルフェルトは、その謹慎を申し付けられている部屋の中で、朝から晩まで一日中、あの下らない妄言を繰り返している。


「誰も近寄らせるな」と王から厳命を受けているものの、そんなことをしなくとも、現状アルフェルトの傍へ寄る者は、メイドと王宮医師のみだ。

 それ以外には、誰も自ら近付こうとなどしない。


 最初の数日のみは、果敢にもピリア王太子妃を退けてその後釜に座ることを夢見た何人かの令嬢が、使用人に金を掴ませて王太子の私室に潜り込むという、なんともはしたない行為に及んだものの、ほんの数分で逃げだしていた。


 アルフェルトの乱心っぷりに恐れを為したのだとも、アルフェルトが叫ぶ告発の中に、その令嬢が学生時代に仕出かしたことが含まれていたからだとも囁かれている。だが、それを確かめる術はない。




***



 王宮や貴族間ではあまり知られていなかったことだが、リタ・ゾールは医療関係者や商人たちの間で尊敬を集める人物だった。


 彼女が交渉の矢面に立って纏めた関税関連の交渉や、輸出入の取り扱いに関する条例は多い。

 外交を一手に引き受ける若く美しい令嬢。

 その人は、未来のこの国の王妃となる令嬢である。


 それまでより安い使用料で取引先の港が使えるようになったり、それまで国外への輸出が認められていなかった薬をゲイル王国だけが輸入できるようになったりといった数々の恩恵。

 それらは国と国との交渉によるものと王宮は発表していた。

 実際にその難しいとされた交渉を為し得たのは、年若い美しい令嬢だということは公表されることはなかった。


 けれども、実際の商人レベルにおける商取引の際に、相手方からの話題として上がる話題として、ゲイル王国へ商品を運んできた異国の商人も、ゲイル王国に商品を求めてやってきた商人も、誰もが未来の王妃たる交渉相手の令嬢を褒めることを選んだ。自国に関することを褒められて不快になるものは少ない。話の取っ掛かりとして選ぶのはごく自然な事だろう。


 特に、聖王国にてのみ作ることができると言われる霊薬の数々は、門外不出と言われ、他国へ供されることはなかった。遠い昔に何度が異国の王の為に授けられたと言われるが、それも一度のみ。

 理由は、聖王国の言葉の難しさにある。

 文字の成り立ちがあまりに諸外国と違うので、まず文字自体を覚えることが難しい。表意文字が基本で、そこに表音文字を添えて文章を作るというその文法を一から覚えるのはとても難しい。手癖と見間違えるほどの違いしか見つけられない異国の文字は書くのも読むのも困難だ。

 しかも、文章では一字一句表記してあるにも関わらず、会話の上では単語の最初と最後しか発音しないのだ。間の部分の発声がなくて、何故その意味が分かるのだ、伝わるのだと憤慨したくなる。けれどもそれを聖王国側の人間に、いくら訴えても不思議そうな顔をして首を傾げてくるばかりだ。

 極稀に、聖王国より異国の活きた言葉を知りたいと個人で留学してくる者がいるが、聖王国内で留学先の国の言葉をある程度はマスターしてくる事がほとんどだ。どうやら聖王国の人間からすれば他国の言語を覚えることはそれほど苦ではないらしい。どこか不遜な態度で対応してくる通訳しかいないのはその事も理由のようだ。


 よって、聖王国との外交に臨む際には、聖王国側が用意した通訳が必要であり、熱意が伝わりにくいのが現状である。

 あちらが通り一遍の通訳に徹していても、こちらにはそれを乗り越える術がないのだから。


 なにより、取り扱い方法が極めて難しい霊薬は、保存方法についても細心の注意が必要であり、また処方の方法についてもとても判断が難しいとされる。

 通訳達が、それに関してきちんと説明することもなかった為、国外へ持ち出された霊薬は効能を失ってしまうのだ。

 聖王国内でのみ効果が出るのではないか、いや偽薬ではないかと憶測を生んだこともあり、聖王国は腹を立てて取引を一切やめてしまったという真相がある。


 そこへ、言語の天才としてのリタ・ゾール嬢が登場したのだ。


 聖王国の外交官と通訳を介さずに会話を成立させ、大公閣下まで交渉の場へ引き摺りだし、薬師に直接、霊薬に関しての取り扱いについて説明を受ける権利を得た。

 そうして、ついに薬師からの信頼を得ることも成し遂げたリタ・ゾールの尽力によって、ゲイル王国はその素晴らしい霊薬の輸入に成功したのだ。


 聖王国の通訳達からは目を付けられたが、それでも実際に商取引ができるほどの会話ができる異国の少女に対して、いつまでも目の敵にしているほど彼等も頑なではなかった。

 実際に、彼等は仕事を奪われるどころか舞い込む仕事は増えたのだから。それも、それまでの諸外国との通り一遍の判で押したような取りすました会話の通訳ではない。

 霊薬の流通が始まると、それ以外の商取引も生まれるようになり、商人達から依頼を受けるようになったのだ。生きた会話が主となる通訳は刺激的で、狭い世界で生きてきた彼等の世界は一気に広がることとなった。

 

 つまり、これまで閉じた世界であった聖王国はかつてないほどの活気に満ちていた。それを生んだ異国の令嬢に、好意的となるのは必然である。

 取引の際には、話のネタとして彼の令嬢を褒めるのが常となっていった。

 褒められた方としても自国の未来の王妃を褒められて不快になる筈もなく、誰もが褒めてくれる未来の王妃として、本人のことは知らなくとも敬愛を深めていたのだ。


 だから、愛だの虐めだのというまるで庶民の恋愛のような理由で婚約を破棄した王太子に対しては、一言謂いたい事はあった。けれども、仕事にかまけて婚約者を蔑ろにする令嬢というのも、男社会であるゲイル王国に置いてあまり外聞がよくないのは仕方がないことである。

「女が優秀過ぎると碌なことになりませんな」などと嘯く者も少なくなかった。

 正式な婚姻から間もなく王太子妃懐妊の報を聞いた時には、『そういう巡り合わせだったのだ』と男女の相性というものは無視できるものでもなく、子々孫々まで血を繋ぐことが王族にとっての一番の仕事であるならばこれは神の思し召しであったのだと祝福することにしたのだ。


 なのに。




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