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罪の在り処



「王太子は自分の子を殺したそうだ」

「なんでも王太子妃は不義の子を産んだそうだよ」

「いや王太子自身が犯した罪により、その子は化物として生まれたそうだ」

「王太子が浮気相手に本気になって、正妃との間の子を疎んじて殺したって聞いたぜ」

「まさか。最初の婚約者を自殺に追い込んでまで迎えた正妃様だろう?」

「だからその正妃様の不義が原因だって」

「もしかして、その自殺したって令嬢も、王太子に殺されてて、その呪いで?」

「それは呪われるな」

「あぁ、恨み骨髄までって奴だな」


 街で囁かれるだけではない。

 王宮内も、この噂で持ちきりだ。

 世話を受け持っている侍女たちが、アルフェルトに向ける視線は冷たい。


 リタを切り捨てた後も冷たく感じたものだが、その彼女を捨ててまで手に入れた女性との間にできた自分の子供を殺したかもしれないという噂は、さらに許しがたいものであったらしい。


 事実ではないのに。


 アルフェルトは自分の子供を殺したりしていない。

 そう何度も訴えたけれど。

 よりによって、あの老女性医師と産婆がその罪を認めたのだという。


 それも。『王太子から強く申し付けられて、自分達はそれに抗えなかった。ずっと後悔していた』のだと懺悔し、自ら進んで牢に入った。


 その翌朝、彼女らは2人揃って、冷たくなっているのが発見された。


 服毒による自害だった。




***



 勿論、老女性医師に扮したピアの上役も、産婆役の工作員も服毒自殺などしていない。

 アズノルの秘薬のひとつ、仮死薬にて死を偽装したに過ぎない。


 赤児は、パススが王宮へと声を掛けると、第一王子の手が付いた侍女のひとりが「三月みつき前に産んだ子でもいいか」と手を挙げたので、その児を運んできた。

 あの嵐の夜には生後半年が過ぎていた。

 

「産まれたばかりにしては赤児が大きすぎてバレないか」と疑問を呈する者もいたが、それなりの月齢に達しないと目が開いてないので瞳の色を確認することもできないし、頭髪に関しても色がハッキリわかるほどの毛量が見込めない。

 大体、アズノルから内密に連れてくるだけでも一苦労なのだ。本当に生まれてすぐの嬰児を連れて来て死なれても困る。

 ならば、と作り話の迷信まで作り上げて、細かいことに気が付かないような、精神状態になるような薬を嗅がせることにしたのだ。

 蝋燭に仕込んだ薬が炎でゆっくりと温められて部屋中へ広がる仕掛けが施されている。

 呼吸する度にそれを吸い込んでいけば、段々と、細かい事に気が付かなくなっていくのだ。


 赤児の処置について、性急な判断を求める件についても冷静な判断を下されてしまう訳にはいかなかったので都合が良かった。


 王や王妃に相談されては困るのだから。



***



「不義の子としか思えぬようなあの国の特徴を身に宿した子が生まれたとなれば、そういう決断もやむなしであろうな。しかし、だ。その後の処理が悪すぎる。もっと内密にそれは行うべきであった」


 謹慎を申し付けられていた自室から呼び出された先で、心底見損なったとばかりに冷たい視線で父王に見下ろされた時、アルフェルトは卒倒するかと思った。


「私は、子を殺そうとしたことなどございません。吾子は産婆の伝手で子のいない夫婦へと養子に出したのです」

 必死の訴えにも、父王は大して興味もひかれないとばかりに冷たく鼻で嗤った。


「フン。ならばこそ思う。お前を見損なっていたようだ、と。それが本当ならば、むしろ何故殺さなかった? 養子になど出して敵対勢力の手に落ち育てられた挙句『正妃の産んだ第一王子』だと名乗り出られでもしたら、どうするつもりだ?」


 考えもつかなかったその言葉を言われ、返答に詰まった。


「ついでだ。教えてやろう。生まれたばかりの赤児の肌が赤黒く見えるのは当然だ。我らのような白い肌となるまでは数日掛かるものだ。更に、生まれたばかりの赤児の瞳の色だと? 嗤わせるでない。瞳が開いて色が分かるまで幾日掛かると思っている。髪の色がはっきりするほど生えそろうまで幾日いる? 馬鹿な作り話で煙に巻けると思うてか!」


 びりびりと、身体の芯まで震えがくるような強い叱責を受けて、アルフェルトは慌てて言い募った。


「で、ですが! お言葉ではありますが、まったく、えぇ、本当にまったくもって私に似た所がまったくない赤児で。抱き上げても、情のようなものも一切湧いてこなくて」

 尚も言い募ろうとしたアルフェルトの言葉を、王の大きなため息が遮る。

「浅墓なのだ。お前はこの期に及んでも、まだ物の真を知ろうともしないのだな。碌に裏も取らずに目の前に差し出された物でのみ判断し、激情に駆られるまま言葉に出す。そうして、最初の婚約者を、我が国でもっとも優秀であったかのリタ・ゾール嬢を失ったのではなかったか?」


 学習能力のない奴め、と吐き捨てられて、頭の中が真っ白になった。


 吐き捨てるように自室での謹慎を申し付けられ、呆然としたまま廊下へと連れ出された。




 ――リタ・ゾール。私の最初の犠牲者。



 その名前は、いつだってアルフェルトの心の一番奥で血を流している場所にある。


『アルフェルト・ゲルト王太子殿下。ずっとお慕いしておりました。あなたさまにだけは、私を信じて戴きたかった』


 あの最後の一瞬に見せた、やわらかな表情が今も忘れられない。


 すべてを諦めたようで、それでも、確かにそこには、アルフェルトへの愛が息づいていた。


 うつくしい、その表情。


 いま、無性に彼女に会いたかった。

 会って、心からの謝罪を伝えて、彼女に許されたかった。


 即断を迫った挙句に罪を自分に擦り付けた老女性医師と産婆も、自分にこれっぽっちも似ていない子供を産んだピアも、自分が行っていた賭博をリタの罪の様に自分に教えたエストも。


 もう誰も信じられない。


 いや。彼女だけは、リタ・ゾール。彼女だけは信じられる気がした。



 既にこの世にいない彼女を少しだけでも感じたくて、部屋へ戻る道を逸れて王城内にあった彼女に割り当てられた部屋に駆け込む。


 けれどもそこはすでに彼女を思い出す縁はなにも無かった。


 当然だ。アルフェルト自身が、ピアを婚約者として迎える前に、『念入りに片付けておけ』と指示を出したのだから。



 伽藍洞となったその部屋の真ん中で、跪いて声を上げ、「リタに会いたい」と叫ぶ。


 ようやく追いついた侍従から何度か自室へ戻るよう窘められたが、アルフェルトは大きな声で泣き続けている内に、いつしか誰もいなくなった。




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