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幸せの形



 この国では、つわりを感じた日から32週目からひと月以内に生まれることが望ましい、とされるらしい。


 勿論つわり自体がない人もいて腹の大きさや腹の子の動きなどを鑑みて、産婆の経験則的に出産予想日は立てられるようだ。

 だが、初産の場合はこれに当てはまらない。早まる時もあれば、遅くなる時もある。まさにその時にならねば分からないのだそうだ。


 つまり決行日をこちらの事情に合わせやすいという事になる。大変都合が良い。

 

 ピアは実際に妊娠している訳ではない。妊婦ですらないし、なんなら純潔もまだ守っている乙女である。 


 ポラス子爵家の主治医としてピアが幼い頃から親しんでいるとして連れてこられた上役が扮する偽女性医師と、ポラス子爵家から連れてこられたことになっているアズノルの工作員が扮する侍女達と、なによりあらゆる接触に大袈裟なほど震えて飛び退き、「申し訳ありません。……男性に素肌を触れられる事が、どうしても……怖いのです」そう言って震えながら涙を浮かべて謝罪を繰り返すピア自身の熱演により、この秘密は厳重に守られていた。



 そう。あれから三月が経つが、夫婦となることが決定づけられたピアとアルフェルトの間に、婚約者らしい触れ合いは一切なかった。


 精々が、大き目のテーブルに離れて座ってお茶を楽しむくらいのものである。


 二人きりにされるだけで真っ青になって震え出してしまうピアに、最初こそオロオロとしっぱなしであったアルフェルトも、服の上からの接触のみ可・二人きりにはならないというピアに拒絶されないですむギリギリのラインを見つけてからは、その適正な距離を保って接してくれている。



 お陰で、無事こうしてゲイル王国アルフェルト王太子殿下とピリア・ゾール侯爵令嬢は婚姻式を迎えられたのだ。



 国王陛下の裁定により悪夢となった婚約式からたった三か月で強行された婚礼は、王国の王太子のものとは思えない短い準備期間ながら恙なく執り行われた。残念ながら国を挙げてのお祭り騒ぎにはならなかった。流石に、元婚約者が亡くなって半年も経たない内にそれはできない。近隣諸国からゲストを迎えることもなく、王太子の結婚という慶事にしては寂しい式となったと言える。


 それでも王太子妃となったピアが纏った婚礼衣装は三月ほどで誂えたとは思えない程華やかで手の込んだ物だった。


「美しいな。さすがは私の最愛だ」

「ありがとうございます。アルフェルト殿下も、とても素敵です」

「綺麗だ。最高に可愛いよ、ピア」

「アルフェルト殿下も。とても、お素敵です。きっとこの子も、そう思ってます」

 そういってピアはまだ平らにしか見えない腹部を優しく撫でた。

「ピア?! それって」

 恥ずかしそうにこくりと頷いたピアが、アルフェルトに向けて甘く告げる。

「昨日、お医者様に教えて戴きました。殿下には私の口から、お教えしたかったのです」

 頬を染め、一緒に喜んでくれると信じ見上げるピアのきらめく瞳が、アルフェルトの胸をうった。


 触れることも叶わなくなっていた最愛が、自分に甘えてくれる喜びと、それを受け止める事の出来る自分に、しばし酔う。

 アルフェルトは、「あぁ、ピア! 今日という日は、私にとって人生最良の日だよ!」そう新妻を抱き上げると、くるくるとはしゃぎ廻る。


「私は、この子を幸せにするために、生きていこう!」


 その誕生の切っ掛けが誰に誇れるようなものでなかったとしても――アルフェルトは強く心に誓った。




 王宮前に集まった国民に向かって、バルコニーに立ったふたりは、お互いしか目に入らないといった様子で見つめ合う。

 きらきらと輝かんばかりの幸せを振り撒き笑い合う二人の様子を見上げて、『国王陛下の判断は正しかった』のだと、あの夜の惨劇を知る者たちは思った。

 あの一回で王太子は御子を授かったのだから。

 世の中には世継ぎに恵まれずに苦労することも多い。長く続いた王朝であればあるほどその傾向は濃くなる。


 現在のゲイル王国も、嫡子はアルフェルト王子ひとりしか恵まれなかった。それを考えれば王太子妃が入れ替わってよかったのかもしれないと、その罪を胸の奥へと仕舞うことにした。勿論、元々それを大ぴらにするつもりなど誰にもない。


 それでも人は「ココだけの秘密」を共有することが好きなものだ。

 人の口には戸が立てられない。すでに二人の間に閨の関係が成立していることは公然の秘密となっていた。それがかなり強引なものであったことについても。


 だが、アルフェルト王太子殿下は、きちんと責任をとって妃に迎えたのだ。

 それでいいではないか。結果として子宝にまで恵まれた。つまり、少し道を間違えたかもしれないが、正道であったのだと。

 なによりも酒に飲まれた王太子の乱心による暴力的なものであったという部分は伏せられていた為に、そんな王太子寄りの判断が下されたようだった。令嬢としての慎みを押し切り正式な婚姻を結ぶ前にフライングで行うそれと、暴力行為としてのそれは別物だ。流石に噂話としてであろうとも、そんな重大な瑕疵となる事を軽口に乗せて流すほど軽率な人間は王宮で働く者にはいなかった。


 噂の中で、愛が深まり過ぎて既にあった婚約を壊す為に既成事実を作りたくなるほど、お互いしか見えなくなっていたのだと勝手に結論づけられていた二人の関係は、実際に目にした新婚ふたりの仲睦まじい様子に、誰もが婚約者の入れ替えは仕方のないことであったのだと納得し、国の明るい未来を夢見た。


 その全てが、アズノル国第八王子パススの描いたシナリオ通り過ぎて、愉快な筈なのに、ピアは心のどこかで少しだけ面白くなかった。


 ――莫迦みたい。


 誰も口に出してピアに教えようとしなかったが、本来このドレスはリタ・ゾールの為に誂えられている所であったものである。そこにピアに似合うよう甘いレースとフリルをふんだんにあしらった。

 ベースとなるドレスがあったとはいえ、ゾール侯爵家御用達のドレス工房だけでは手が足りなく、王宮専属衣装係のお針子たちも総動員することで、なんとか期日に間に合わせることができた、華やかな一着である。


 だが幾ら手を加えたといっても、元を質せば二人の恋により自死に陥った元婚約者の為に用意された婚姻衣装だ。不吉極まりない。


 けれども、王太子妃に相応しいドレスを一から作るとなるととてもではないが三月では足りないのだ。苦渋の選択である。

 ピアだけでなくアルフェルトもこのことを知らされていない。元のドレスを見たこともなかったようだ。呑気なものである。


 勿論ピアはそれをアズノル側から報告されて知っていた。

 そして何もかもが偽りであるこの婚姻に相応しいとすら思っていた。


 ピアは、人々の歓声を浴びるように聞きながら、傍らに立つ仮初の夫となったアルフェルトを見上げて満面の笑みを作り、用意されていたセリフを告げる。



「アル様、私たち、幸せになりましょうね」


 

 ――ピア、今はピリアとなった少女の夢見る幸せは、ゲイル王国の破滅にある。



 その為に、ここに立っている。




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