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Chapter9  エスペランサの宝

 

 翌朝、リウは目覚めると(かたわ)らで寝ているアルセリアを一瞥し、立ち上がって体を伸ばした。


「ん~あぁぁぁ」


 リウは大きなあくびをしながらストレッチを始めた。昨日の激しい運動とごつごつした洞窟で寝た影響を調べているとアルセリアが目を覚ました。


「おはよう、アルセリア」

「おはよう、リウ……」


 自然に挨拶を返したアルセリアであったがすぐに視線をそらした。リウはそれを気に留めることなく入口へ向かっていった。


「ちょっと外の様子を見てくるよ」


 アルセリアは時間が経てば落ち着いて出てくるだろう。そう考えたリウはこれからの事に思いを巡らせた。財宝のこと。島のこと。アルセリアのこと。そして自らのことを。


 洞窟を抜け出すと太陽の陽ざしを全身に浴びた。まだ濡れた服は乾いていないし、山の朝はひんやりとしている。だがそれでも気力は充実し、心は太陽のように熱く燃えていた。もうグレゴリオのように邪魔する奴らはいない。リウは冒険の終わり感じていた。


「リウ、お待たせ」


 髪を整えたアルセリアが洞窟から出てくると、二人は濡れた服を乾かすようにゆっくりと進んでいった。昨晩リウが流された川の手前に大きな岩を見つけると登って手を差し出す。アルセリアを引っ張りあげようと力を入れたら不意に腹が鳴ってしまった。昨日から碌に食べていないのだから仕方がない。リウは照れくさそうにしながらリュックからビスケットを取りだした。


「良かった。無事だったみたいだ」


 二人は食べ終わると話もせずに岩の上で遠くを見つめていたが、やがてアルセリアが口を開いた。


「ねえリウ、私ね……あいつの話を聞いて思ったの。父はずっと見守っていてくれたんじゃないのかって。それでリウが来てくれたんだなって」


 ガスパールは既に亡くなっており真意は分からない。なにか他に狙いがあったのかもしれない。だがアルセリアがそう思いたいのならそれでいいじゃないか。


「ああ、そう……かもしれないな」

「父の想いがリウをこの島に連れて来てくれた。そして私はリウと出会った」

「いや、僕は……」


 僕はただインカ帝国の宝を探しに来たんだ。そんな風に思われては逆に心苦しい。


「分かってるわ、でもそれでいいの。そろそろ行きましょ」


 アルセリアはリウの心を見透かしたように言うと岩を飛び降りて進んでいった。川を渡った先には一つ洞窟があるだけだった。恐る恐る進んでいくが中はごつごつした自然の岩があるだけで罠の様な物は見当たらない。


「何もないわ」

「もっと良く探すんだ。きっと何かが見つかるはずだ」


 二人は洞窟の最深部まであっという間にたどり着いてしまった。これでは何の変哲もないただの洞窟だ、いやそんなはずはない。リウは小さく首を横に振ると入口まで戻って今度は壁を押さないように表面にやさしく手を当てながら確認していた。


「リウ、こっちきて。なにか窪みがあるわ」

「ああ、本当だ。ちょっと離れてて」


 アルセリアが離れるのを確認するとリウは息を吹きかけた。砂が舞って視界が奪われる。だが砂が地面に落ちると二人の目の前に窪みが露わになった。


「ここに何かを嵌めればいいのか?だけどそんな物どこにもなかったよな?」


 リウの問いに返事はなかった。アルセリアは胸に手を当てて首飾りを取り出した。その形、大きさは壁の窪みにぴったりとはまるものだった。その首飾りはガスパールからのアルセリアの母へ、そしてアルセリアに受け継がれたものだった。アルセリアの瞳からは涙が滲み出てきていた。


「それは確か……」

「ええ。母さんが言っていたことは本当だった……。ねえリウ、本当に父は島に残してくれたんだわ。ねえそうよね?」

「ああ、きっとこの先にあるはずだ」


 リウは思わずアルセリアの涙につられそうになった。だが自分が感情的になってはいけない。自分は冷静でいなければ。この先何が待っているか分からないんだ。リウは涙を必死にこらえて何度も頷いた。


 アルセリアは緊張しているのか、手が震え足は棒のように動かない。リウが肩に手をやると首飾りをゆっくりと窪みに近づけて差し込んだ。大きな岩壁が左右に割れるとその奥は金の財宝で溢れていた。アルセリアは太陽の像を探し始めた。それを横目にリウは子供の様に目を輝かせていた。だが付近に落ちていたノートの切れ端を見つけると表情は一変した。


 それにはスペイン語でアルセリアに対しての謝罪とエスペランサ島民への恨み言が綴られていた。リウはそれをアルセリアに見せる事ができなかった。


『私は調査隊を騙して襲った島民に屈してしまった。こんなことで殺された仲間たちが報われるとは考えていない。だが島を出ると決めた時、私の心は復讐心に支配されてしまった。家族のために復讐心はここに置いていかなければならない。島に残る家族には迷惑をかけてしまうだろう。こんなことならあの時、惨めな選択をせずに死ぬべきだったのかもしれない』


 ここに書いてあることが本当ならば、島民たちはガスパールたち調査隊を騙して襲撃したのだろう。ガスパール本人は生き残ったが島民は代わりになんらかの取引を迫ったのかもしれない。それが惨めな選択だろうか。当時、調査隊と島民たちの間に何があったかは分からないが、ガスパールは仲間を殺された事を恨みながら生きていたに違いない。太陽の像を神殿からここに隠したのはせめてもの仕返しなのだろう。アルセリアの母への謝罪がないと言う事はひょっとしたらガスパールの真意を伝えられていたのかもしれない。


 ……こんなこといったいどう伝えればいいんだ。せっかく父親の事を信じて報われたってのに。それに確かにガスパールは島に太陽の像を残した。だがここにあってはなくなったも同然だ。これではアルセリアと島民の確執は更に深くなってしまう。リウはノートの切れ端をポケットに、ガスパールの想いを胸にしまい込んだ。


 リウが思い悩む間にアルセリアは太陽の像を発見して膝をついて涙を流していた。そして赤子を抱くようにやさしく太陽の像を腕の中で包み込んだ。


「昔見た記憶のままだわ。これでみんなもきっと……」

「そうだな……さあ、明るいうちに戻ろう」




 町に戻った二人は太陽の像をアルセリアの自宅に持ち帰るとリウの迎えが到着する予定の海岸に向かった。リウの出発が明日の早朝だと聞いたアルセリアが強く主張するとリウも素直にそれに従った。二人は冒険を振り返ったり、たわいもないことを話していたがどちらともなく黙り込み静かに時が流れていった。


 二人は岩の上で肩を寄せ合って座り静かに海を見つめていた。そして夜が更け、朝日が昇ってきた。


「もう朝ね……」

「ああ、太陽もたまには遅刻してもいいのにな」


 アルセリアはクスリと微笑んだが、再び寂しそうに海を見つめた。まもなくトニーの手配した救助艇がやってくる時間だ。それが来ればリウは島を離れなければならない。


 そしてその時がやってきた。船が近づいてくると先頭に見える人影が手を振ってきた。リウが立ち上がってそれに応えると小型のボートを海におろし始めた。


 リウは再び座り込むと、寂しそうに海を見つめるアルセリアの視線を遮ってそっとくちづけしてアルセリアの手を包み込んだ。


「リウ、これって」


 リウは頷いた。アルセリアの手にはリウの懐中時計が握られていた。


「ダメよ、リウ。あなたの大切なものよ」

「ああ、だから君に持っていてほしい。必ず取りに来るから……」


 そしてリウは船に乗り島を去った。アルセリアはリウが見えなくなってからもいつまでも、いつまでも海を眺めていた。




 それから三年後……




 エスペランサ島を去ったリウはすぐさま島を保護するために動き出した。リウは飛行機事故でエスペランサ島に落ちてしまい、そこで偶然にもグレゴリオたちの襲撃を受けていた島民をアルセリアと共に守った、というのがトニーの考えたシナリオであった。リウは島の保護を訴えて、二度とグレゴリオのような男たちがやってこないように東奔西走( とうほんせいそう)していた。


 一方エスペランサ島では、これまで排外的であった島の老人たちからスペイン語を話せるアルセリアを中心とした若者グループが主導権を奪ったことでリウの思惑にのることとなった。島の情報が公開されたことで、世界中の研究者たちが色めきだった。だが感染症対策や島の文化保全のために入島制限がなされている。島に人々がやってくるのはまだまだ先の事だろう。


 リウは今、船に乗ってエスペランサ島に向かっていた。島に行くのは二年ぶりになる。リウはエスペランサ島とスペイン政府間のコーディネイターとして動いていた。


 リウの乗った船が島に着くとやや大人びたアルセリアが出迎えていた。リウはアルセリアのもとに駆けだすとわずかな段差に躓いてしまった。だが転ぶことはなかった。アルセリアがすっと近づいてきてリウを支えてくれたのだ。アルセリアにもたれかかっているリウは恰好が付かなくて照れ笑いした。


「ただいま、アルセリア」

「おかえり、リウ」


 そうして二人は再会した。これから二人は島の未来のために手を取り合って助け合っていくことだろう。そして役目を終えたリウはやがて冒険に旅立つことだろう。だがもう宝を追い求める事はない。その腕の中にあるのだから。


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