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Chapter7 託した願い

 

「よいしょっ、と」


 アルセリアはリウの肩を踏み台にして元いた部屋によじ登ると、今度はリウの手を引きあげた。二人は部屋を見渡した。怪しい所はないな。やはりあの台座付近がカギになりそうだ。二人が台座の前までくると、どこからかカチッと音がして後ろからギィィィと入口への道が閉じられてしまった。さらに左右の壁がゆっくりと近づいてきていた。


「リウ!大変よ。閉じ込められてしまったわ!」

「ああ、そうみたいだね」


 騒いだって何かが変わるわけじゃない。でもアルセリアはこれでいい。おかげで随分冷静になれた。さっき登ってきた通路は……だめだな。もう半分以上塞がっている。あれじゃ通れない。やはり台座か。


「アルセリア、あれを見てくれ」


 リウが台座の上を指さすと、そこには吊るされていた数十本の紐が下に降りてきていた。さっきは暗くて見えなかったがこれは確か……キープだ。インカに文字はなかったが紐の結び目の形などによって数字を表すキープが使われていたっけ。


 リウは迫りくる壁に慌てふためくアルセリアに声をかけた。


「アルセリア、あそこにキープがある。おそらくどれかを引っ張ればいいはず。なにかヒントになるものを探すんだ」

「え、ええ。キープね。わかったわ」

「ん?これは……台座に何かが彫られているぞ」


 リウが台座に手を当ててへこみを確認するとそこに光を当てた。


「これじゃダメだ。誰かが後から削った跡がある」


 いっそのこと適当に引っ張ってみるか?いやダメだ。左右の壁が加速するかもしれない。困り果てたリウにアルセリアが助け船を出してきた。


「リウ、これが台座に挟まっていたわ、なにか書いてあるんじゃないの?」

「なんだって!」


 アルセリアがリウに手渡したのはノートの切れ端だった。


「なんだってこんな……」


 そうか、二十年前にきたガスパールたち調査隊か!紙に書かれているのは……


cuatro(クアトロ)、スペイン語で数字の4だ!」


 なんだってこんな面倒なことを……。ああ、そういうことか。島民たちには分からないようにしたってことだ。だがスペイン人だってキープのことなんか専門家でないかぎり……。キープとスペイン語、二つを知っているのは……アルセリアだ!独り占めしようと思ったのか、あるいは彼女に託したか。ガスパールは本当に島に宝を残したのかもしれないな。


「アルセリア!4だ。4のキープを探してくれ」


 だがアルセリアは動かなかった。


「どうしたんだ。アルセリア」

「わからない、わからないのよ!キープなんて老人たちしか知らないわよ」


 なんだって!ああ、壁が近づいてきている。しまった。そうだった。キープは解読の専門家がいるほど複雑なんだった。これじゃあアルセリアに責任を負わせているようなもんじゃないか。どうする、どうする?ああ、そういえば出発前にメモしていたはずじゃないか。


「アルセリア、落ち着いて。大丈夫、大丈夫だ。台座に登っていてくれ。どれを引っ張るかは僕が教えるから」


 リウが手を下に向けながら話すとアルセリアは黙って頷いて台座に登り始めた。リウは内ポケットからメモ帳を取りだしてページを捲った。しかしメモ帳を落としてしまうと、それを拾おうとして踏み出した足で蹴とばしてしまった。


「くそっ!」

「リウ!落ち着いて、まだ時間はあるわ」


 ああ、その通りだ。僕が焦ってどうする。


「キープが重なってて見えない。引っ張らないようにやさしくばらしてくれ」

「ええ、わかったわ」


 アルセリアがキープを少しづつ、ばらしては元に戻していく。残りが半分ほどになった時にようやく見つかった。


「それだ!そう、それを引っ張ってくれ」


 助かったぁ。リウはホッと一息ついて台座にもたれかかった。


「ねえ、リウ……」

「ん?」

「キープ切れちゃった……」


 アルセリアは悲しそうに小さな声で話していて今にも泣きだしそうだった。


「ああ、君のせいじゃない。キープが古くなっていただけさ。大丈夫、ちょっと待っててくれ」


 そういってリウは自分も台座の上に登ると小さくかがんだ。


「アルセリア、僕が肩車するから君は上にのってくれ。4のキープが引っかけられていたものがあるはずだから、それを引っ張るんだ」

「わかったわ」


 アルセリアはキープをかき分けて上を覗いた。


「リウ、すこし届かないわ」

「それじゃあ、肩の上に立ってくれ。ああ、届くかい?」

「だい……じょう……ぶ、届いたわ。えい!」


 左右の壁は元の位置に戻り、閉じていた正面の通路も開かれた。そして二人が乗っていた台座が沈んでいくと横にスライドしていき新たな道が開かれた。リウの肩に乗っていたアルセリアはバランスを崩して落ちてしまったが、リウがお姫様だっこのように腕の中に迎え入れた。


「大丈夫でしたか姫?」

「リウは王子様って感じはしないわね。でもありがとう。助かったわ」


 アルセリアは優しく微笑むとリウも笑顔で応えた。おとぎ話の王子様だったらキスしただろうがエンディングにはまだ早い。リウはアルセリアを降ろして先を急いだ。


 二人はこれまで同様に遺跡を進んでいたが、その道は石で整備されていた遺跡から自然の洞窟へと変わっていった。さらに進むと空が見えてきた。洞窟の出口だ。


「外に……出たみたいね」

「ああ、でも雨が大分強くなっているな」


 すでに日が沈み始めており視界が悪い。遠くまでは見えないが草木は強風に揺れていた。リウはこの状況で先に進むのは危険と考えていたが、その間にアルセリアは既に洞窟を飛び出していた。


「アルセリア!今日はここまでにしよう。この天候だと危険だ」

「これくらいなら大丈夫よ。それにまだあいつらがいるかもしれないのよ?」


 アルセリアはそう言って先に進んでいった。しかし、次第に雨は強くなり雷も鳴ってきた。リウはさすがにこれ以上は無理だと判断してどこかに避難しようと考えていた。


「リウ、ちょっとここで待ってて」


 アルセリアは突然そういうと草むらに駆けて行った。一体なにを……ああ、そういうことか。雨で大分体が冷えたんだろうな。それなら自分も今のうちに済ませよう。リウはアルセリアとは反対に進んで用を済ませた。その直後、後ろから足音が近づいてきた。


「動くな!」


 リウの背後から現れたのはグレゴリオだった。グレゴリオは銃を向けながらリウに近づいてきた。


「手を上げて、ゆっくりだ。ゆっくりとこちらを向くんだ」


 リウが振り向くとグレゴリオは余裕たっぷりの表情でリウを観察した。歯車の部屋で会った時の様に興奮はしておらず落ち着いていた。


「もう一人のお嬢さんはどこへ行ったのかな?」

「さあね」


 リウは突っ慳貪(つっけんどん)に答えた。


「おいおい、そんなに邪険にするもんじゃない。君たちとは元々敵対していたわけじゃない。私の部下が暴走してしまっただけなんだよ」


 よく言う。悪役みたいな科白(せりふ)で捕まえろって言っておきながら。それにしてもこいつの仲間はどこ行った?ひょっとして全員死んだのか?


「君とは話したいと思っていたんだ。君は私のおかげでここにいるわけだしね」


 どういうことだ?だがこいつ……今は冷静に話しているが、さっきの様子だと頭に血が上りやすいみたいだ。あまり挑発するわけにはいかないな。


「そうか、だがこの態勢は少し疲れる。腕を下げてもいいか?」

「駄目だ。君は随分と、とぼけた男の振りをしているが油断のならない男のようだ」


 辺り一面がピカッと光るとその直後バリバリッと空気が裂ける音が鳴り響いた。グレゴリオは銃を構えながら空を見上げた。


「近くに雷が落ちたようだな。川の方へ移動しようか。だが荷物はここに置いてってもらおう」


 手を上げたまま歩くリウに銃を構えながらグレゴリオは語りだした。


「私の先祖はピサロの部下でね。この島の事は代々伝えられてきたんだ。うちの連中は誰も信じなかった。島の奴らから命からがら逃げだしたというみっともない話だから無理もない。だが私は信じた。そしていつか必ずこの島に来ると誓ったのだ。だから焦ったよ。二十年前に調査隊が向かったと聞いた時はね。だが彼らは戻って来なかった。私は歓喜した。やはり島は私を待っていてくれているのだと。だが奴が戻ってきたんだ。」


「ガスパールか……」


「そうだ。だがガスパールは呆けていた。またしても天は私に味方した。そう思った」


 川が見えてきたな。深さは……胸のあたりか?流されたら終わりだな。そういえばこいつ、さっきから何をキョロキョロと……ひょっとしてアルセリアを探してるのか?


「最近になって偶然にもガスパールの真実を見てしまった。ガスパールは呆けてなどいなかったんだ。漸く資金の目途が立った私は浮かれてガスパールに会いにいった。これがいけなかった。ガスパールは私を警戒して何も話さなかった。それどころか私の計画を潰そうと情報を漏らしたんだ。それを知った私は再びガスパールに会いに行った」


「殺すためか」


 リウは淡々と聞いた。その表情からはこれまでのとぼけた様子は一切ない。話を聞きながらもリウはアルセリアを探すように時折視線をちらちらと移していた。


「そうだ。その必要はなかったがね。奴は病に倒れて既に死んでいたのさ。島から帰って以降ずっと入院していたからな。これで分かっただろう?ガスパールの情報が巡り巡って君の元にやってきたというわけだ」


「しかし、送られてきたのが君のような若者一人だけだったとは。ガスパールは信用されていなかったらしい。無理もない。呆けた老人のたわごとだ。だが君はよくやったよ。私が連れてきた使い物にならない連中とは訳が違った。それに君はあの娘を上手くかどわかしたみたいだしな」


「ガスパールが呆けたふりをしていた理由……私はすぐに気づいたよ。島の女のために隠しているのだろうと。ガスパールといい、君といい……まったく上手くやったものだ。それにあの娘、アルセリアとか言ったか。島の名前ではない、ガスパールの娘だろうな。親子そろって外の男に騙されるとは……」


 あざ笑うグレゴリオにリウは怒りに震えた。だが遠くで隠れて聞いていたアルセリアはそれ以上だった。


「リウはそんな人じゃない!」


 アルセリアが草むらから飛び出してグレゴリオに向かって走り出した。くそっ!どうして出てきたんだ。だが奴はアルセリアに気を取られている。行けるか?


「君も哀れな娘だよ。この男に利用されているとも知らずにな」

「私はリウを信じる!」


 グレゴリオは銃口をアルセリアに向けて引き金を引いた。けたたましい音が鳴ると銃弾がアルセリアの肩をかすめていった。


「外れ……た?」


 リウはグレゴリオが撃つ直前に靴を放った。グレゴリオは目の前を通り過ぎたものに意識を取られて射線がずれてしまったのだ。リウは靴を放るや否やグレゴリオに向かって駆け出していた。激しい雨音にかけ消されて直前までリウに気づかなかったグレゴリオは飛びかかられて、雨で増水した濁流に落ちていった。だがグレゴリオは落ちる直前にリウの腕を掴んで濁流に引きずり込もうとしていた。


「リウ!!」


 アルセリアが川に近づいて必死にリウに手を伸ばした。だがその手が掴まれることはなかった。リウはグレゴリオと濁流の中を揉みあいながら下っていった。


 一瞬呆然と川を見つめていたアルセリアであったが駆け出すと、アルセリアはリウと別れた場所まで戻った。周囲を見渡してリュックを発見するとリウのロープを持って再び川に向かった。


「掴んで!」


 アルセリアが放り投げたロープを先に掴んだのはグレゴリオだった。グレゴリオは急いでロープに手を巻く。一方リウが掴んだのはロープの先端だった。グレゴリオはリウを遠くに追いやってロープを離させようと足を伸ばした。だがリウは逆にその足を掴んでグレゴリオを引き寄せた。そして二人は接近すると水中で足を必死に動かして体を浮かし、わずかに水から出ている上半身で殴り合いを始めた。


 アルセリアはロープを木に巻き付けると、激しい川の流れに逆らいながら戦うリウを見守っていた。ロープを引っ張っても先にグレゴリオが近づいて来るし、何かを投げようとも二人の距離が近づきすぎてできない。できるのはただリウの勝利を信じて待つことだけだった。


 二人は攻撃を続けたが思うように体が動かず、また水の抵抗もあってお互いに有効なダメージを与える事が出来ずにただただ体力を消耗していった。一進一退の攻防が続く中、突然リウが川の上流の方を見た。グレゴリオはリウの視線に釣られかけたが、そのままリウを凝視すると勝利を確信してほくそ笑み、隙を見逃さずにリウの視線の反対側から左ひじを振った。死角からの攻撃がリウの顎に直撃すると、リウは意識が途切れたように水中に沈んでいった。


「最後はあっけないものだ……なっ!?」


 グレゴリオが目にしたのは先程の雷で倒れて流されてきた巨木だった。巨木は二人が争っていた地点をあっという間に通過して流れていった。


「リウーーーー」


 アルセリアは身を乗り出しながら必死に叫ぶがリウが水面に上がってくる気配はなかった。だが握っていたロープがわずかに動くのを感じるとロープを必死に引っ張った。


「……ッハ…ッハ……」


 姿を現したのはリウだけだった。グレゴリオは巨木と激突して流されていったのだ。アルセリアは涙を流しながらリウを引き上げ抱きしめた。


「リウ……よく無事で……」

「はぁはぁ……木が……見えたから……隠れようとしたんだ。そしたら奴にやられて意識が飛んだよ」

「リウ、しゃべらないで」


 リウはアルセリアの忠告を無視して話を続けた。


「だけど……君の声が聞こえた気がして……ロープだけは離さなかったんだ。君のおかげさ……」


 そういってリウは口の中に手をやって飲んだ物を吐きだすと意識を失った。アルセリアはリウを背負って近くの洞窟に入っていった。


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