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Chapter3 親と子

冒頭の長いセリフは飛ばしても問題ありません。

 

「ここが私たちの町よ」


 二人が山を登るとアルセリアの住む街が見えてきた。家々は木々にまぎれて分かりずらいが見えているだけでも数十以上の家があった。リウは興奮して話し始めた。


「なんてこった!町と森が一体化している?霧のせいもあるけど、これなら空からだってそうは気づかれないぞ。ああ、山の上に神殿がある。なんて美しいんだ。神殿を隠しているのか?木々は後から植えたものか。そうかこれならば人の営みは確認できてもその文化や宗教まではわかりずらい。神殿は島民にとって大事な物だけど、財宝を求めてやって来られるのも困るよな。それで隠しでいるのか。だが隠されたら逆に見てみたくなるのが人の(さが)ってもんだろう。神殿を囲うように民家が立っているぞ。その奥にあるのは段々畑(アンデネス)だな。どうやって水を利用しているんだ?あ~もっと近くで見てみたい。栽培されているのはジャガイモか?確かインカでは主食として食されていたと聞いた事がある。ジャガイモなら高地でも育てられるからな。それに確かチューニョだったか、ジャガイモの水分を飛ばして保存もできたはずだ。この島の食生活も同じなんだろうか。下の方にも何かあるぞ。あれはトウモロコシか?しかしそれにしては量が少ないような……そうか!食用じゃなくて酒にするんだな。儀礼用に使うから量は必要ないのか。穀物は?綿は?ダメだ、ここからじゃ全部を見渡せない。後ろの山は……牧草地帯か。姿は見えないがあそこにはリャマやアルパカがいそうだな?なあ、そうだろアルセリア?」


 リウは振り向いたがアルセリアの姿はなかった。アルセリアは、初めは興奮しているリウを呆れながら見ていたが、その姿は既になく、少し下った場所にある町へ駆け出していた。リウがアルセリアを目で追うと彼女の走る先に、町の子供と明らかに住人とは思えない揃いの迷彩服を来た二人の男がいた。男たちは包丁よりも一回り大きなナイフを身に付けていた。


 なるほど、トニーが言っていたのは奴らに違いない。それにしても揃いの服を用意しているとは。奴らは愛し合っているか、組織だった奴らってことのどちらかだ。


 アルセリアは子供に走り寄って行くと大声で叫んだ。リウにはその言葉を理解できなかったが、なんとなく想像はできた。子供が走りだすと今度は迷彩服の男たちに近寄っていった。


 それにしても周りに島の大人たちの姿が見えない……アルセリアの声を聞いて出て来てもよさそうなのにな。


 男たちとは言葉が通じないのだろう。シッシッと手を振って追い払おうとしているがアルセリアの興奮が収まらない。男たちがイラついてきているとリウは感じていた。


「このままじゃ不味いな……」


 リウは男たちに見つからないよう静かに木を背にして隠れながら近寄っていった。リウが木の陰から覗くと、男の一人がアルセリアの襟元を掴んで持ちあげ、服の内側に隠れていた宝石の付いた首飾りを見つけて引きちぎろうとしていた。しかも、もうひとり男は腰のナイフに手を当てている。


 まずいな、急がないと。あの枝なら大丈夫そうだ。


 リウは周囲に目をやり、前方頭上にある一本の枝に狙いをつけた。背中のリュックから特製のロープを取りだすと放って枝に巻き付けた。リウは短い間に何度もシミュレーションを繰り返した。


 斜面を蹴って勢いを付けてターザンのように奴らに近づく。だが奴らには少し距離が足りないだろう。だったら途中で手を離せばいい。なにブランコから飛び出すのとそうは変わらない。あいつら丁度仲良く並んでくれているんだ。左右の足で二人同時にやっつけてやる。


 シミュレーション中に投げつけられるアルセリアを見て、リウは勢いをつけて飛び出した。迷彩服の男たちの背後からぐんぐんと近づいて行く。リウは二つの標的を蹴りつけるために股を開いて二つの頭に狙いを付けた。その直後、後方でポキっとなにかが折れる音がした。嫌な予感がしたリウはのけぞりながら後方をちらりと確認する。


 なんてことだ!ロープをひっかけた枝が折れてる。


 自分の重みか、ロープの強度か、そもそも枝の選択を間違えてしまったのか。予定よりも高度が上がらずにナイフを持った男に突っ込んでいく。


「うわぁぁ!」


 リウのみっともない悲鳴に迷彩服の男たちが振り向いた瞬間、男の顔面とリウの開いた股の間が激突した。リウがそのまま押し倒すと男は後ろに倒れて後頭部を地面にぶつけて気絶した。もう一人の男が悶絶するリウを切りつけようとした。その瞬間、起き上がったアルセリアが背後から男の股間を蹴り上げた。男が悲鳴をあげて股間を押さえると、アルセリアは前かがみになって蹴りやすくなった顔にもう一撃を加えた。


 男の悲鳴のせいか足音が近寄ってくる。アルセリアは引きちぎられた首飾りを拾うと、股間を押さえるリウを呆れた様子で見つめながら手を差し出した。リウは手を取りロープを片手で器用に回収しながら弱々しく立ち去っていった。早く逃げないと追手がやってきてしまう。二人は急いだ。


 だが追手はやって来なかった。遠くから状況を見ていた迷彩服の男たちのリーダーであるグレゴリオがそれを止めたのだ。鋭い目つきで坊主頭のグレゴリオのもとにまた別の迷彩服の男が近づいてきた。


「よろしいので?ボス」

「構わん。それよりも天候の方が心配だ。思っていたよりも早く降るかもしれん。どうせ行く場所は同じだ。それに我々の役に立ってくれるかもしれんしな」


 グレゴリオは踵を返して去っていった。


「どうやら我々の他にも招かれざる客がいたようだな」


 島民とは異なる服装のリウを見てグレゴリオは静かに笑っていた。





 リウが追手が来ない事を確認してるとアルセリアが申し訳なさそうに謝罪した。


「巻き込んでしまってごめんなさい」


 確かに迷彩服の男たちと衝突していたのはアルセリアだが、決定的に敵対したのは自分のせいなのではないだろうか。


「いやむしろ、僕は余計な事をしてしまったかもしれない」

「そんなことない。あいつら昨日突然現れてから好き放題やっていたから、あなたがやらなくても私がやっていたわ」


 アルセリアの言葉にリウは少しだけ罪悪感が薄れた。森を進んでいると先程アルセリアが救った子供が遠巻きに見ていた。アルセリアに礼くらい言ってもいいのにな。リウがそう思っていると、顔に出ていたのか、それを見透かしたようにアルセリアが悲しそうに呟いた。


「私は町で避けられてるから……」


 やや頭に血が上りやすいところはあるが、正義感の強い良い娘じゃないか。何が原因なんだろうか。リウは疑問に思ったが今はそれを聞くタイミングではないと感じて開きかけた口を閉じた。


 森を進むと他の家から離れてポツンと一軒だけ石造りの家が建っていた。


「あれが私の家よ」


 アルセリアが指さした家はやはり木々に囲まれている。家の前まで行くと座り込んでいた一人の老人が杖をついて立ち上がった。恐らく騒動を起こしたアルセリアを待ち構えていたのだ。アルセリアの前に立ちふさがると二人は話し始めた。何を話しているのかはリウには分からないが徐々にアルセリアが興奮してきていた。アルセリアがひときわ大きな声を出すと老人は立ち去っていった。


 少し離れて二人を見ていたリウは、すれ違いざまには鋭い目つきで睨まれた。しかしリウは全く気にしていなかった。人里離れた土地に行けば、排外的な人達なんてこれまでも腐るほど見てきた。アジア人の顔をしたリウならなおさらだ。実害がないだけマシだと。


 リウはアルセリアの家に招かれると、座り込んでアルセリアが用意してくれた水で血を洗い流しながら家の中を観察した。確かに石造りの外観は家は以前見たことがあるインカの遺跡にそっくりだった。しかし、中にある道具は自分たちも使うような木製の調理器具――リウは滅多に自炊しないが――などが並べられていた。以前に来た探検家たちの影響が残っているのだろうか。


 リウに観察されているのを嫌がったのかアルセリアはリウの視線を阻むように座り込んだ。リウは露骨に見過ぎたことを謝罪して先程の出来事を尋ねた。


「それであの爺さんはなんて言っていたんだ?」


 リウの問いにアルセリアは怒気をこめて言った。


「スペイン人とは関るなって。あなたともね」


 それは困るな。宝を求めるライバルとも言うべき迷彩服の男たちが現れた今、島民の協力なしでは奴らに勝てないだろう。


「それにスペイン人が去っていくまで、隠れてじっとしてろと言われたわ」


 怒気が強まっていく。リウはその迫力に圧倒されていたが、アルセリアの口調は次第に悲しみを含んでいるように感じていた。


「冗談じゃないわ!あんな奴らの好きにさせるなんて。町のみんなは誇りを失ってしまったのよ!太陽の像を失った時に」


「太陽の像?」


「そう太陽の像。町のみんなは十五年前に父が島の外に持ちだしたって言ってるわ。でもそんなはずない。母さん言ってたの。島を出て行く前に父は島に宝は残したって。だから言ってやったのよ。絶対に太陽の像は見つけて見せるってね」


 リウの中で継ぎはぎだらけだった歴史のかけらが繫がっていく。リウは頭の中を整理した。


 アルセリアの父はまず間違いなく調査隊の生き残りガスパールだろう。ガスパールは島の女性と結婚して子供が生まれた。それがアルセリアだ。彼女がスペイン語を話せるのはそのためだろう。そしてガスパールは十五年前になんらかの理由で島を去った。だが持ち帰った宝の中に太陽の像と呼ばれるようなものはなかったはず。つまりガスパールは島のどこかに隠したのだ。


 だが一方で別の可能性も考えていた。島に残した宝とはアルセリアのことではないのかと。


 リウはそれをアルセリアに伝えなかった。自分の想像に過ぎないし、アルセリアの父の手記のせいで再び武装した調査隊がやってきてしまったなんて伝える事はできない。アルセリアがそれを聞いたら責任を感じて、また突っ走ってしまうだろうと考えたのだ。


 アルセリアは溢れんばかりの思いを感情のままに吐露していった。


「でも私、父のことほとんど覚えていないの。私があなたと話せるのも父のおかげよ。それにこの首飾りも父から母さんへの送りものだって聞いたわ。父を信じたい。でも心のどこかでもしかしたらって不安もあるの……。だって母さんを捨てて島を去ってしまったのよ?寂しそうな母さんを見て父を恨んだこともあったわ」


 それはそうだろう、彼女が幼いころの話だ。アルセリアも自分と同様に父親に対して複雑な心境のようだ。不思議な共通点があったものだ。


「……それに母さんの気持ちも分からないの。どうしていずれ去ってしまう外から来た人を愛したのか、どうして島を去る父について行かなかったのか」


 なぜ初対面の自分にここまで話すのだろうか。いやむしろ島民にこそ話せなかったのかのしれない。


 アルセリアが口を閉じると家の中が重苦しい空気に包まれた。リウに思いの丈を伝えたアルセリアの目には涙が浮かんできていた。リウは涙を見て思わずアルセリアの手を取った。内心失敗したかと思ったがアルセリアに拒絶反応はない。リウは唾を飲みこみアルセリアに思い切って提案した。


「……アルセリア。僕と一緒にインカの宝を探しに行かないか?君は皆の誇りを取り戻すために太陽の像を探しに、僕はその……」


「綺麗な宝石を求めて?」


 言い淀むリウの言葉をアルセリアが遮った。リウは頷いた。アルセリアは少し考えて涙を拭った。その目を力強さを取り戻している。


「わかったわ。あいつらに取られるくらいならあなたの方が良いわ。でもそんなに沢山はダメよ。そうね……手に持てるぐらいかしら」


 同行してくれることにリウは喜び、左右の手でお皿を作りながらおどけてみた。


「両手で?」


 それに対してアルセリアはこれまでの険しさは無くなり、すこし意地悪しようかしら、とばかりに返答した。


「片手でもいいわよ?」


 リウはわざとらしく頭を下げた。


「両手で頼むよ」


 リウは下げた頭を戻すとアルセリアが微笑んでいるように見えた。


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