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Chapter2 宝の島エスペランサ

 

「3、2、1、GO!!」


 エスペランサ島上空でリウはプライベートジェットから飛び降りた。リウの目には辺り一面に広がるエスペランサ島の山と森が映し出されていた。


 16世紀、フランシスコ・ピサロはインカ帝国から奪った金銀財宝をスペイン本土のカルロス一世へ金を溶かして金塊にして送ったが、部下に命じて宝の一部をそのまま隠した島があるという。その島こそ大西洋に浮かぶスペイン領・エスペランサ島である。スペイン人が連れてきたインカ帝国の奴隷たちが反乱を起こし、現在島では彼らの子孫が暮らしている。宝の伝説を信じた多くの探検家が行方不明になり、二十年前の大規模な調査隊がほぼ壊滅したことで、それ以来スペイン政府は島を自治領として認めて干渉してこなかった。だがインカ帝国の残り香が漂うこの島を前にして、リウは胸の高鳴りを抑えられなかった。


 リウが飛びおりる少し前に投下された荷物は風に流されてしまったが、リウはそんなことは気にせずに自身の事に集中していた。やがて海岸に打ち上げられるだろうが待つ時間はない。必要最低限のものは全て身につけているリウは荷物をきっぱりと諦めた。いずれ島民が使ってくれればいい。迷惑料代わりだ。


 島の上空からの景色を目に焼き付けるとリウは川の方へ向かって下りていった。水場の近くには人や動物が住んでいる可能性が高い。敵対関係になる可能性もあるが、できれば現地の人間の協力を得たいとリウは考えていた。時間に余裕があるのなら別なのだが。


 リウは地上に降りるとパラシュートを小さくまとめて森の中に隠した。トニーの手配では48時間後に救助艇が来る手筈になっている。それまでに全てを終わらせなければならないリウはすぐに行動を開始した。


 リウは身体に密着させて装備していたナイフを右手に持つと、慣れた手つきで草木をかき分けて森の中を進んでいく。やがてリウは立ち止まり耳をすませた。水の流れる音を聞いたリウは予定していた通りの行程であったことに安堵して歩を進めた。しかし前方から背の高い草が揺れる音が聞こえてくると巨木を背にして隠れた。風がほとんど吹いていない中で音がしたことを警戒したのだ。


 動物か?いやそれならば自分が隠れた瞬間に音が消えるだろうか。人間か、あるいは狡猾な動物がいるのかもしれない。リウは意を決して木の陰から顔をのぞかせた。瞬間、風を切る音が聞こえてきて、それと同時にリウが隠れている巨木に矢が刺さった音がする。


「随分とやさしいことだ……」


 どうやら相手は現地人らしい。リウが顔を出した瞬間に矢を放ってきた割には的――リウからは大きく外れた。いや外してくれたのか?恐らく忠告のつもりだろう。まだ青臭い奴ならば交渉ができるかもしないと感じて、リウの思考は加速する。まもなく今度は後ろの木に矢が刺さった。


 矢が刺さる角度から考えて場所を移動している。リウは相手の決断の早さに焦った。自分はまだどうすればいいのか考えがまとまっていないのに。


 その時リウよりも高地にいる相手が叫んだ。まだ若い少女のような声だ。だがリウには何を話しているのか理解できなかった。


「これは……ケチュア語?」


 ケチュア語とはインカ帝国で広く使われていたとされる言語であり、現在でも南米国家の一部では公用語と定められている。リウは交流を期待して準備した小さなメモ帳を内ポケットから急いで取り出すとページを(めく)って覗き込む。すると今度は聞き覚えのある言葉で叫んできた。


「スペイン人は帰れ!」


 先程の声の主と同一人物のようだ。リウは話すことができるスペイン語であった幸運に感謝してすぐさま返事をした。


「スペイン人じゃない、日本人だ」


 少女はいらだっているのか、早口でまくし立ててきた。リウは相手を興奮させないように落ち着いた口調で話した。しかし相手はそんなことはお構いなしに敵意を向けてくる。


「日本人など知らない!敵か!?」

「敵じゃない」

「敵じゃないなら、姿を見せろ!」


 そう言われては返す言葉もない。リウはナイフを隠すと両手をあげて武器を持っていないことをアピールしながら、巨木の後ろからゆっくりと出て行く。矢を構える女性はいったいどんな人物なのか。そしてなぜ流暢な――リウ自身と比較して――スペイン語を話すのか。リウの興味は増していった。


 上半身に南米の民族衣装に似ている服を着て―そこまで派手ではない――ボロボロになってところどころ補修してあるジーンズを履いている少女は背中まで伸びる黒い髪を後ろで纏めて編み込んでいる。浅黒い肌の少女は厳しい表情で矢を構えたままリウを注意深く見つめる。


 リウは自分よりも頭一つ分小さな少女のアンバランスな服装と力強い瞳に魅了されて思わず一歩、二歩と歩みを進める。そんなリウの目を覚ますように足元に矢が放たれた。


「動くな!」


 リウは動きを止めて正気に戻った。頭よりも体が先に動くのは良いところであり、悪いところでもあることは自覚していたがそれが裏目に出てしまった。リウはすぐさま謝罪して自分の事を話し始めた。


「僕の名はリウ。ここにはインカの宝を探しに来た。君は?」


 リウは本当の事を話した。彼女にしてみればリウが宝を狙いにきたというのは分かり切ったことである。そんなことで嘘をついても彼女は怒るだけだろう、リュウはそう考えて正直に答えた。だがリウの問いに答えは帰って来なかった。


「ここには宝などない。帰れ」


 そういわれても帰るわけにはいかない。リウが黙っていると少女は背中に手をやって矢を掴もうとする。しかしそこに矢は存在していなかった。全ての矢を使いきったことを悟った少女は顔をこわばらせ、拳を握りしめてリウに近づいてくる。


 リウは迫ってくる少女を見つめていたが、その頭上にある巨木の枝を動く蛇を目にした。気持ちの悪くなるような黄色と黒の模様の蛇が口を開いて鋭い牙を見せている。毒があるかは分からない――恐らくはあるだろう――がこんな環境の島では何が命とりになるのか分からない。リウは蛇が木の上から少女に向かって飛び降りる寸前に覆いかぶさるように飛びかかって少女を押し倒すと、抱きしめながら横に転がって蛇から離れた。


「離れ、ろ」


 思わぬ事態に動揺していた少女であったが、近くに落ちていた石を手にとってリウの頭を打つと上下を入れ替えた。少女は蛇の気配を察して視線をあげる。蛇と目が合った少女は状況を理解すると戸惑いの表情を見せた。リウは自分のことを守ってくれたのだと。少女はリウから離れると飛びかかってくる蛇の頭を素手で掴んで木に押し付けるとそのまま足で頭を潰した。


 蛇を倒した少女が後ろを振り返るとリウが手で頭を押さえて立ち上がろうとしていた。手には頭から(にじ)みでてきた血が付着していた。それを見て戸惑う少女はリウに近づくと申し訳なさそうに言った。


「すまない……私が間違っていたみたいだ。お前はあいつらとは違う」


 あいつらとは誰だろうか?トニーが言っていた組織の人間だろうか。リウが考え込んでいるとさらに少女が続けた。


「ついて来て。手当てくらいはするわ。そしたら帰って」


 また帰れか。リウはそれでも少女が態度を軟化させたことを嬉しく思った。しかしこのまま帰るわけにはいかないリウは返事をせずに後ろをついて行った。


「それで……君の名前は聞かせてくれないのかい?」


 リウの言葉に少女は振り向いたが、再び前を向いて歩きはじめた。彼女にとっては自分は外からやってきた得体の知れない人間だ。警戒するのも無理はない。


「アルセリア」


 リウは寂しさを感じつつも納得していると少女が突然呟いた。不意を突かれて聞き逃してしまったリウは慌てて訊き返した。


「アルセリア。それが私の名前」

「アルセリア……」


 リウは先を進むアルセリアの背中を見つめながら、心の中で何度もその名を繰り返した。



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