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Chapter1 旅立ち、騙される男

 

 ロンドン郊外のアパートの二階でリウは窓を開けるとため息をついた。


 アメリカ人の父と日本人の母から生まれた彼は母を捨てた父を憎み、これまで日本人として生きてきた。友人達には本名ではなくリウと呼ばせ日本人としての誇りを持っていたが、彼が選んだ職業は皮肉にも父と同じ探検家であった。幼いころ父に色々な国に連れられたリウは経験した事のないものを求めて世界各地を旅していた。


 朝日を浴びて体内時計をリセットしたリウは、昨晩アンナがいたベッドを見つめて再びため息をついて頭を抱えた。


「あ~、やっちまった」




 リウは昨晩の出来事を思い出していた。


 夕食を終えるとアンナが訪ねてきた。リウはそれまで何度か関係を持っていたブロンドのショートカットヘアの女性を歓迎すると部屋に招き入れた。リウにとってアンナは好みのタイプであるし、彼女もそれを知っていたが二人の関係はビジネスライクなものであった。ワインを飲みながら、ひとしきり世間話に花を咲かせるとアンナは本題に入った。


「それでねリウ。今度はエスペランサ島の調査に行って欲しいのよ」


 アンナは大英博物館に雇われているエージェントである。世界各地の秘宝を求めていたアンナは旅先で偶然リウと出会い、これまで何度か仕事を依頼してそのたびに関係を持っていた。しかしアンナの提案に対してリウの反応は(かんば)しいものではなかった。


「アンナ、あそこは無理だよ。君も知っているだろ?」

「ええわかってる、分かっているわ。でもあなたしかいないのよ」


 アンナはリウにすがるような目で見つめてくる。だがリウの心が動かなかった。確かに探検家として命を懸ける事はある。だが自分の命の掛けどころは自分で決める。これまでもそうして生きてきたつもりだ。アンナという例外を除いては……。


 今から二十年ほど前、エスペランサ島攻略のために大規模な調査隊が組まれたが、数年後に一人が帰還しただけで、見つけた財宝もわずかなものだった。帰ってきた者は人が変わったように呆けてしまって碌な情報もなく、それ以降島に向かう者はいなかった。


「エスペランサなんてもう誰も行こうなんて考えないよ。ああ、アンナそんな目で見ないでくれ」

「そんなこと言わないでリウ、わたしにはあなたしか頼れる人はいないのよ」


 アンナはリウに近づくと椅子に座るリウの手を取り立ち上がらせ背中に手を回す。心臓の音が聞こえるほどリウに近づくと、ゆっくりとベッドに向かっていきリウを座らせた。アンナはリウの隣に座って肩に頭をのせると寄り添いながら時が来るのを待った。リウから自分を求めてくるだろうと。


 リウはこれまでに何度もこの透き通るような青い瞳に騙されては大変な目にあってきた。アンナとの関係は終わりにしようと何度決意したことか。リウは必死に自分の中で戦っていた。アンナは中々リウが押し倒してこないことに業を煮やして、やさしく語りかけた。


「大丈夫、あなたならできるわ」


 年が明ければ三十代になるリウは、(そび)え立つ自身に抗っていた。アンナの吐息がリウを惑わす。だがリウは大地に根を張った巨木のように動かなくなりアンナの誘いを断った。


「……駄目だよ、アンナ」


 リウはまだまだ衰えをみせない性欲に打ち勝った。その事に満足感はあったが、心の葛藤は続いていた。絶世の美男子という訳でもなく、金持ちでもない。そんな自分がアンナのような素敵な女性の誘いを断っていいのかと。リウは自分の胸の中にいるアンナの目から涙がこぼれ落ちるのを目にした。


「リウ……」


 それを見て動揺してしまったリウの手はいつのまにかアンナの涙をぬぐっていた。アンナのうるんだ瞳が期待を向けてくる。しまった。リウは蛇に睨まれた蛙の様に追い込まれて行くのを感じると、やがて観念するように呟いた。


「……わかったよ。エスペランサに行くよ」


 それを聞いてアンナの瞳が輝きを取り戻した。ああ、やっぱり。リウは試合に勝って、勝負に負けたことを悟った。




 回想しているリウを呼び起こすように電話の呼び出し音が部屋に鳴り響いた。急いで電話を手に取るリウであったが陽気な声が聞こえてくると乱暴な口調で話し始めた。


「朝から何の用だ、トニー?」

「そんな悪態つくなよブラザー。聞いたぜ、またアンナに一杯食わされたんだって?いったい何度騙されたらわかるんだよ、ハハハッ」


 トニーはカリフォルニアに住むアフリカ系アメリカ人でリウの友人であり、探検家としてのリウのエージェントでもある。仕事を取ってきたり、スポンサーを連れて来てくれるリウにとっては有りがたい友人であった。


「ちがう、ちがうよトニー、僕は自分から引き受けたのさ。ワクワクする仕事じゃないか。エスペランサ島?是非やらしてくれってな」

「ああ、そうだった。確かにお前はそういうやつだ。OKわかった。それじゃあ仕事の話をしよう」


 電話相手に伝わるはずもないのに、大袈裟なアクションをしながらズケズケと物言うトニーに対してリウは虚勢を張って答えたが、十年来の付き合いであるトニーにはお見通しであった。事前にアンナから連絡を受けていたトニーは、リウがこの話を受けてしまうだろうと考えて既に予定を立てていた。


「島周辺に濃い霧が発生する日に出発するんだ。今回はプライベートジェットを飛ばして墜落してもらう。後日、救助艇を送るからそいつに乗っておさらばだ」

「墜落?」


 不吉な言葉にリウは不安になる。電話で話すトニーにはリウの顔は見えていないが予定通りの反応が返ってきたことに、にやけつつ話を続けた。


「今回は大英物館がスポンサーだからな、豪華に行こうぜ。まあ実際に墜落するわけじゃない、行方不明になって別の飛行場に雲隠れさ。リウには島の上空から飛び降りてもらうだけ、ついでに荷物も投下するから今回は荷物は少なくていい。最高だろ?」


 大英博物館だからといって多額の資金が使えるわけではない。そんなことはトニーも分かっているがリウをのせるために景気よく話した。実際問題として密かに島に渡るのには船よりも航空機の方が都合が良かった。それにリウにはパラシュートによる降下経験が何度もある。しかしリウが気にしていたのは別の事だった。


「なんだってそんな条件の悪い日にするんだ?」


 リウの問いにトニーは歯切れ悪く答えた。


「航空機が行方不明になる理由としては手頃だろ?それにその、俺が独自に入手した情報によると別の組織も島の財宝を狙っていてな。どこの奴らかはまでは分からないんだが、まあ慎重にってことさ。俺に情報が漏れるような奴らだ。なにリウならできる。問題ないさ」


 実際にトニーが入手した情報は曖昧なものだった。相手の組織や人員構成はわからず、リウに出せる正確な情報はなかった。リウに余計な心配をさせるだけかもしれないが、それでも何も知らせずに送りだすよりはよっぽどマシだ、そう思ってリウに伝えた。


 トニーはリウの追及を避ける様に国際電話を切ろうしたが、それを遮ってリウがそもそもの疑問を投げかけた。


「なあトニー、エスペランサに宝なんて本当にあるのか?」


 リウの問いかけにトニーは先程までとは打って変わって声を弾ませた。


「ああ、可能性は高いと思うぜ。最近の話なんだが、とある手記が見つかってな。エスペランサ島に調査に向かった生き残りのスペイン人、ガスパールって奴が死んで発見されたらしい。それにはこう書かれていたんだ。『私はインカの宝を見つけた』ってな。どうだリウ、面白くなって来ただろ?」


 毎度のことながらトニーは何処からそんな話を集めてくるのか、疑問に思うリウであったが心は既にエスペランサ島に向かっていた。リウは電話を切るとベッドに寝そべって天井を見上げた。


「エスペランサ島か……」


 トニーの話を聞いて一瞬怖気づいたリウであったがエスペランサ島にワクワクしているのは本当だった。リウは父を憎んでいたが、自身が探検家として活動していく内に父の偉大さに気づいていった。そんな父でさえ行った事のない島に行けば、母を捨てた父を越えられるのではないか。そんな愛憎入り混じった感情を抱えながらリウは旅立ちを決意した。


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