第9話
ポレットはメモ用紙を見ながら書庫を歩いていた。
出された課題の書物を探しているのだ。
やっと目的の棚にたどり着き、題名と著者を確認する。
メモに書いた題名は一つだが、実際の書物を見ると分厚い上下巻に分かれていた。
今からこれを読み込み、レポートを仕上げなければならない。
足音がして顔をあげれば、エメリーヌも同じようにメモを見ながらたどり着いたようだった。
「あら、ポレットも?」
二人でメモをつき合わせればどうやら課題は一緒であった。
書物は申し合わせたように2冊ずつ並んでいる。
1セットごとそれぞれ取るとエメリーヌはすぐに背を向けた。
締め切りを考えると少しでも時間が惜しかった。
慌ててポレットも立ち上がろうとすると、手元から書物が滑り落ちる。
バタンと大きな音を立て、中身が開く。
落ちた衝撃なのかパラパラとページが捲れていく。その周りを光の粒が舞うように見えて、目を瞬く。
「エメリーヌ!」
思わず呼びかけたが、エメリーヌは声がするよりも先に次々と紙が捲れていく様にくぎ付けになっている。
ふわり、とやがて落ち着いたようにあるページで動きが止まる。
恐々ポレットが手を伸ばすと、書物はすでに動かなくなりいつの間にか光の粒も消えていた。
持ち上げると自然とある文章が目に入る。
「エメリーヌ!」
「先ほどから何なの」
何度も名を呼ばれ、面倒くさそうにエメリーヌは答える。
「大変、この本、別冊があるわ」
その言葉にエメリーヌが顔を引き攣らせて、文章を読み始める。
「え?改めて題名を変えて続きを述べるですって?」
下巻で終わりかと思われたが違うと分かり顔色を変える。
素直に2冊と思い読み進めると、最後に続きがあるという衝撃を受けるところだった。
慌てて表記されている題名を探すとすぐ近くにあった。著者が同じであったためだろう。
二人は顔を見合わせる。
「ありがとう、ポレット。別冊の存在に気付かずに読み進めるのと、分かっていて読み進めるのでは大きく差が出るところだったわ」
「ううん。たまたま本が落ちてページが…」
落ちたのは偶々だったかもしれないがその後、ページが捲れていくのには何か意思を感じた。
本の周りを鱗粉のような光の粒が踊った気がした。
思い出してみると、儀式の時から時折見かける。書庫は薄暗いこともあり、光が目立つのかもしれない。
手に持った書物はかなりの重量だ。
「ねぇ、エメリーヌ」
ポレットは一人で抱えるには重すぎると思った。
「これ、一緒に出来ないかしら?」
突然の申し出にさすがのエメリーヌが顔を強張らせる。
二人はライバル関係と言って良い。それを協力しようと誘うポレットの言葉を簡単には信じられないでいるようだ。
「全部読むわ。読むけど、理解を深めるには一人では無理な気がするの。エメリーヌは研究機関にいるし、私とはきっと見方が違うと思って。どうかな?」
「私がいるのは研究機関でなくてその学舎よ。卒業してないわ」
訂正しながらもエメリーヌはポレットの申し出に心が動いていた。
暫く、瞳を閉じて考えると肩を落とす。
「ポレットの言う通りだわ。分かった、協力しましょう」
一先ず、5日後までに目を通してから打ち合わせをすることでその場は分かれる。
提案してよかった。
ポレットはエメリーヌの背を見送りながら、ほっと息を吐く。
きっと、エメリーヌはしっかり読み込んでくるに違いない。
負けてはいられない。
別冊の存在を教えてくれた誰かさん、ありがとうございます。
胸の内でお礼を言って、歩き出す。
ふと、通り過ぎた書棚の陰に人が立っており、笑っているような気配を感じて振り返る。
戻ってみるが誰もいなかった。
不思議だと首を傾げながら書庫を出る。
怖いだとか恐ろしいだとか思わなかった。何故だか懐かしい感覚があり、疑問だけが残った。