第6話
コルネイルの執務室にはいくつもの楽器がある。
笛に袋が付いたようなものであったり、弦が張ってある箱のようなものが棚に飾ってある。
たまにコルネイルが気が向いたときに演奏しているのか、音が漏れ聞こえることがあった。
ポレットが部屋に訪れると、楽器の手入れをしているところだった。
「今日はポレットだったっけ」
慌てて片付けるのを見かねて横から手伝う。
「作業中、すみません」
「いや、約束忘れてたこっちが悪かった。最近、こいつらに触ってないと思ったらつい」
風の礎の仕事と聖女王試験でコルネイルは忙しくしているらしい。
手を煩わせていると感じてポレットは下を向く。
「気にすんな。本当に面倒なら、部屋にいないって」
乱暴な言い方だが、頬を染めて言い訳している姿に表情を緩める。
礎の中でもコルネイルは年若である。その分、ポレットたちと年が近い。
粗野な印象はあるが、気が利く面もある。フロランと仲が良いらしく、二人でいる姿をよく見かける。
「楽器がお好きなんですか?」
「親が弾いてたんだよ。それであちこち旅してた」
手入れ道具を箱に押し込んで、棚に置くと手を布で拭きながら戻ってくる。
「で、今日は何の話をすればいいんだっけ」
「あの、伺いたいことがあります」
ポレットは決意したように両手を握りしめる。
「コルネイル様は礎の力でどのように祈っていますか?」
相手が思いっきり首を傾げたので何か言わなくてはと慌てる。
「えっと、見えないものをどう扱えばいいのか自分でもよくわからなくて、誰に聞いたら良いのかも分からなくて、それで」
「まぁ、確かに。形として示せるものは何にもないよ」
胸の前に両手を広げ、コルネイルも困った顔をする。
「これだって見せてやれれば一番だが、そうもいかないしな。イメージを持つと良いってのが先代の教えさ」
聖域に呼ばれたころを思い出し、目を細める。
「俺のは風だから、奏でる音楽が伝わるようにってさ」
ポレットは小さな声でコルネイルの言葉を反芻する。
「やり方は人それぞれ。むやみに祈るより、目的があるほうが良いってやつさ」
「自分のやり方を見つける必要があるということですね」
「今度、聖殿に行って人前で祈るから気になったんだろ?そう構えることはないさ。どうせ、目には見えないんだ」
「でも、データには出るんでしょう?見えないと言っても礎の皆さんには分かってしまうし。例え、すぐには分からなくても、のちに影響が出ると聞きました」
どこまでも真面目なポレットにコルネイルは苦笑する。
「そのためのサポートに俺らがいるし、レインニールも付いている。心配するな」
力強く慰められてそれ以上、不安を口にすることが躊躇われた。
自分の何が聖女王候補として資格を得ているか分からない。
動揺を隠したまま、ポレットは頷く。
まだ、納得していないと感じたコルネイルは部屋を見回す。
「そうだ。お前、イチゴは好きか?」
突然の問いにきょとんと眼を丸くする。
「フロランのやつが珍しい物が手に入ったから味見しろって置いていったのがあるんだ。それでも食べて元気出せ」
部屋の隅の茶器などが並べてある棚から籠を取り出す。
「ほら、白いイチゴ。赤しかないって思っていたけど、こんなのがあるんだな。あと黒いのもあるらしいぞ」
色鮮やかな籠の中に目を奪われる。
「でもさ、白い生クリームと合わせるなら赤だよな。そっちのほうがめでたい感じがしないか?」
部屋には二人しかいないというのに、声を落としていう様子にポレットは笑みを浮かべる。
「白と言っても薄いピンクのように見えますし可愛いと思います」
「可愛いかぁ、俺には難しいな」
心底困ったような顔をするコルネイルに温かい気持ちになり、自然と笑みを深くした。