第4話
水の礎フロランはドレス姿の美しい人だった。
ポレットは初めて会った時、女性だと思ったほどだ。
だからといって男性というには少々抵抗がある。それほどまでにドレス姿が似合っている。
講義の合間に礎の話を聞く時間があった。
彼らの執務室で行われたり、書庫であったりと場所は様々だったが、フロランはほとんどが執務室だった。
ただ、他の礎たちと違うのは必ず、お菓子とお茶が用意されており、時間帯によっては軽食が出ることもあった。
今日は軽食でサンドイッチとスムージーが出された。
聞くところによるとフロランのお手製らしい。
「このケールは苦みが少ないらしいの。栄養は他と見劣りしないし、何より合わせやすいってのが特徴ね」
濃い緑のスムージーは、見た目がかなり衝撃的である。
ポレットは意を決して口を付ける。
覚悟をしていたためか、思ったより苦みが口に残らない。
その様子を見てフロランも頷く。
「でしょ?後味も舌に残る感覚もさらっとしているし、飲みやすいのが何よりよね」
「初めはびっくりしましたが、飲んでみてさらに驚きました」
目をぱちくりとするポレットにフロランはにっこりと微笑む。
「素直な反応が見られて嬉しいわ。確かに、口にするには色が強烈よね。やっぱり、豆乳やヨーグルトと合わせるほうが色味はいいかしら。となると、カロリーが」
ぶつぶつと呟きながら、そばに置いていた紙に書きつけていく。
ポレットはまるで女友達と美容について話しているような雰囲気になり、自分が今どこにいるのか混乱する。
礎の中でもフロランは柔らかい印象があり、見た目も女性っぽいため話しやすい印象だった。事実、ポレットはよくフロランの元に訪れている。
「あぁ、ごめんなさい。つい、夢中になってしまって。話があってきたのよね」
「いえ、このようにご馳走になってしまって申し訳ありません」
「いいのよ、スムージーの感想を聞かせてもらったし。もうちょっと工夫しないとだせないわね」
まるで店でも出すような雰囲気にポレットは首を傾げる。
「どなたかにお出しするんですか?」
フロランはゆったりと微笑む。
「そうなの。いろいろ準備していたけれど、レパートリーが無くなってきちゃったの。いつもコルネイルに付き合ってもらうんだけど、さすがにお互い忙しいし時間が中々合わなくて。自分でも色々するんだけど、だんだん舌が痺れてきちゃってもう訳わかんなくなってしまったのよ。ポレットが来てくれて助かったわ」
両手を合わせて喜んでいる様は仲良くしていた友人を思い出させた。
礎という手も届かない立場だった人と一緒にお茶をして、しかも役に立っていると感謝されてポレットは頬を染める。
「聖女王候補として毎日大変だもの。このスムージーは栄養もあるし、きっとポレットにも役立つと思うわ」
フロランの言葉にちょっとだけ引っかかりを覚える。
誰かのために作っているようだが、その人物の名は言わない。
聞いてはいけないのかと疑いたくなる。
「そういえば、レポートは無事に受け取ってもらって良かったわね。私たちのところにも来たわ」
アレクシからもらった手がかりを元に分からない資料を自分なりの解釈を加え、何とか提出できた。
ぼんやりと考えていることを整理して文章とすることがこんなに難しいことだとは思わなかった。
「はい。ご心配をおかけしたようで申し訳ございません。おかげさまで次の課題に進むことが出来ました」
レポートは終わらない。一つが出来ればまた新しいものを提示される。
うんざりするような日々は当分、続きそうだった。
「ふふ。レインニールに鍛えられているわね」
フロランは可愛らしく片目を閉じる。
「気にすることないわ。レインニールも文章を書くのは苦手なの。だから付き合ってあげてね」
「アレクシ様も仰っていました。進級するのに必要なレポート課題に苦労されたとか」
アレクシの名前に、少しだけフロランは不機嫌な様子を見せた。
「アレクシ様はレインニールを幼い頃からご存じなのよね」
妬いているような口調にポレットは驚いた。
そういう間柄なのかと疑ってしまう。
「あ、ケーキもあるのよ。チョコレートとイチゴがのった生クリーム、どっちがお好みかしら?」
「えっとイチゴをお願いします」
「1カットで良いかしら?」
「はい…?」
1カットじゃないケーキを食べることがあるのかしら。
確かに美味しいケーキを1ホールごと食べたいという夢はある。けれど、人前でやるものではないし、とても食べられないことも分かる。
誰が1ホールのケーキを食べるのかしら?
その答えをポレットが知ることになるのはもう少し先の話である。