第3話
書庫の机に資料と自分が書いたレポートを並べる。
自分の考えを書くように指示された。
つまり、内容について書く必要はないということだ。
そうなるとポレットの手は止まって、何から書いて良いか分からなくなってしまった。
唸っていると、地の礎アレクシが現れた。
慌てて立ち上がって挨拶をしようとすると、彼は手を挙げて続けるように促す。
「邪魔したようだ」
「いえ、実はまだ、どうしたらよいか考え中ですので大丈夫です」
アレクシは広がる資料を眺め、なるほどと呟いた。
「アレクシ様、お時間ありますか?」
「少しなら良いが何かあるのか?」
ポレットは先ほどの顛末を説明して、アレクシに助けを求めることにした。
彼は静かに話を聞いた後、苦笑する。
レポートを読み、自分の顎を触るとポレットに向き直る。
「レインニールの指摘は最もだな。これではただ、資料を書き写したと言われて仕方ない」
レインニールが『まとめた』と言ったのが、まだ柔らかい表現であったことにハッとした。
密かにアレクシの言葉に傷つきながら教えを乞うと彼は一つ息を落とした。
「ポレットはこの資料を読んで何を感じたのだ?」
「えっと、正直に申し上げますと、良く分かっておりません」
実はそうなのだ。
資料を何度読んでも頭に入って来ない。並んでいる数字も図解もポレットには何も感じられなかった。
だから、感想がないのだ。
「では、分からないと書けばいい」
あまりの衝撃に何を言われたのか理解できなかった。
「この資料を読んでも、図解されても何も伝わらない資料だったとありのまま書けばいいのだ」
思わず、アレクシに向けてぽかん、と呆けてしまう。
「その上で、自分ならばどのようにすれば人に知らせることが出来る、例えばこの数字の並んだ表も見やすい方法があるはずだと書けばいいのだ」
改めて資料に目をやれば、改善できる箇所が浮かんでくる。
ポレットの様子を見て、これ以上のアドバイスは不要だろうとアレクシは思った。
「そう気負う必要はない。最終聖女王候補だと言っても何か特別な経験があるわけではないことくらいこちら側も分かっている。分からないこと、ポレットが何を思っているのかを知りたいのだ」
言葉と一つ一つ噛みしめゆっくりと顔を上げると、アレクシは穏やかな表情をしていた。
「課題を出すレインニールに至っては、学舎に通っている間、進級するレポート課題にかなり苦戦したことで有名だ。それはもう、学舎全体を巻き込むくらいだった」
エメリーヌが言っていた悪いうわさはそれだろうかとぼんやりと思う。
「それでも今は研究員としている。そういうことだ」
実際にレポート課題の苦戦した面はポレットとは別だが、アレクシは黙っていることにした。今、彼女を元気付けるためにも伏せるべきだと思ったからだ。
「アレクシ様、ありがとうございます。何だか目の前が開けた気がします」
ポレットはにこやかな笑顔を浮かべ、自分がすべきことを見出したのだった。