第2話
ポレットは両手に資料を抱え、重い足取りで歩く。天気とはうらはらに憂鬱な心は晴れない。
最終試験は座学が増えた。教官と呼ばれる人が入れ替わり講義をする。宿題としてレポートの提出が求められ、時間が出来れば資料を取りに書庫に走る。
部屋に戻って睡眠を削りながら予習や復習をしているので、気を抜くと意識が飛んでいきそうである。
しかも、今から聖女王付き研究員のレインニールに会う。
自己紹介は済ませているが、彼女から感じる自分を値踏みするような視線に恐怖を感じた。
綺麗な人なんだけど、何か他の研究員と違うのよね。
ポレットはレインニールに対して不思議な感覚を覚えていた。
肩書から聖女王から厚い信頼を感じる。また、礎たちからも怖がる必要はないと声をかけられた。
朝一に会った水の礎フロランはレインニールと特に仲が良いらしく、最初は難しいかもだけど話せば分かると元気付けてくれた。
廊下を曲がり、レインニールの執務室まで来るとその扉を背にして立っているエメリーヌがいた。
表情は暗く、肩を落としている。目には何も映っていないようだった。
以前、レインニールとエメリーヌは、時期は異なるが同じ研究機関の学舎にいた。その縁もあり、エメリーヌはレインニールの事を知っていた。詳しい話はポレットに教えてはくれなかったが、良いうわさ以上に悪いうわさがあると言っていた。
何か言われたのだろうか。
心配になり、そっと近寄り覗き込むと、パッとエメリーヌが顔を上げる。
「ポレット!急に現れないでよ」
近くで見ると目が潤んでいることに気が付いた。
「大丈夫?何かあったの?」
エメリーヌは一度、怯んだが、決意したように顔を引き締める。
「何もないわ。中にレインニール様はいらっしゃるわ」
そう言うと踵を鳴らして立ち去る。
背中を見送りながらやはり何かあったのだとポレットは確信する。
重厚感があり飾りも施してある木製の扉だが、重々しく感じて開けるのを躊躇う。この向こうにレインニールが待っている。
ポレットは思いっきり息を吐いて大きく吸う。
気合を入れて、入室の許可を求める。
返答はすぐにあった。
部屋の中は殺風景と言えた。
レインニールは普段は違う場所で仕事をしているらしく、この執務室は試験中のみの使用であるそうだ。
資料に書物を収納する棚、広い執務机、どれも調度品として立派なものだが、レインニールは最低限にしか活用していないようだった。
ポレットは執務机の脇に立ち、レインニールがレポートを読み終わるのを待っている。
指定された量はそう多くなかったので、すぐにレインニールが顔を上げる。
「書き直しを依頼します」
紙を揃えると丁寧に向きを変え、差し出した。
必死に書いたレポートが受理されず、しょんぼりと受け取る。
「ダメ、でしたか?」
「私は課題に対する貴方の考えを求めました。資料をまとめろとは言っていません」
厳しい言葉にポレットは自分のレポートをざっと見直す。
レインニールを目の前にして緊張と今までの寝不足、余裕のない頭ではどこが具体的にダメなのか分からない。
「期限を明日の夕刻まで伸ばします」
猶予はもらえたことにほっとするが、今は午後である。他にも受講する講義があるので実際の時間はそう残っていない。
話は以上、とレインニールが手を振った。
「お時間、ありがとうございました」
深々と頭を下げ、廊下に出る。
扉を背に立ち息を吐くと、エメリーヌと同じだと気が付いた。
彼女も書き直しを言い渡されたのだろう。
ならば、明日は必ず受け取ってもらわなくてはいけない。
ポレットは荷物をきつく抱きしめ書庫へ向かって歩き出した。