筆箱ですが、宝物です。
いい話。
夕方。
唐紅と鳥の鳴き声が空を覆う。
「んで、結局どゆこと?」
「なあ、嗣神、どゆことだよ」
「話は単純、あの学校に行方不明の子がいる」
「あの子もいじめられてたって話だったもんな」
「そ、だからお前は見つけ出すことだけ考えたとけ」
見つけ出すべきは筆箱。
しょうもないって言ったら話は終わるが、彼女にとっては大切なものなのだ。
絶対に見つけ出さなくては。
車を降り、校舎の中へ。
電気はすでにきていない。
スイッチを押したところで、つくはずはない。
「どうやらあのおばあさんの話では、娘さんの教室は2階らしいな」
ポケットにしまっていたライトを構えて、階段を登っていく。
どこからか。
遠くの方ですすり泣く声が聞こえる。
しくしくと。
泣いている声が聞こえる。
「2階みたいだ。急ぐぞ」
駆け足で階段を登る。
かつても生徒たちが同じように階段を登ったのだろうか。
レイコは周りを見回し、震えながらも、ついてくる。
確実にいる。
霊同士だからだろうか。
悪霊の存在を感じているんだ。
ライトを強く構える。
2階の教室の扉を開くと。
すぐ目の前にはすすり泣くレイコ。
ユウコではなく、レイコだ。
確かに実態がある。
なぜなら、ミヤビがその存在を認識できているからだ。
『ドコナノ、ワタシノ、ドコナノ....』
「おい、あんたレイコちゃん?だよな」
違う。
本能が否定している。
やっぱ悪霊だ。
なら。
取り憑いている?
いや、取り憑いているんだ。
レイコは生き霊なんてものじゃない。
死んでいるんだ。
「ミヤビ!近づくな!」
「え?」
俺が叫んだのも束の間。
ミヤビの体へと黒板消しが飛んでくる。
「なに!?ポルターガイスト!?」
頭に強烈な一撃を受けたミヤビはよろめき、その場に倒れた。
「レイコ!筆箱だ!」
「はいっ、探してきます!」
ユウコによって勝手に閉ざされ、開かなくなった扉もすり抜け、廊下へと探しにいくレイコ。
チョークや黒板消し、机に教卓。
あらゆる物体が宙へと浮遊する。
「ドコナノ、ドコニカクシタノォォォォ」
「筆箱一個でこの有様とは!とんだ化け物だ」
迫ってくる物体を避け、逃げる。
扉に触れてみるが、当然開かない。
逃げ道はなし。
帰ることもできない。
飛んできた机が体にぶつかる。
呼吸ができない。
意識が薄れていく。
ここで立ち止まるわけにもいかず、廊下へと続く扉を蹴破り、逃げ回る。
ゆっくりと。
一歩ずつだが、着実にこっちへと向かってくる。
どこなの。ドコナノ。声かもわからない心の叫びが、耳と精神を蝕んでいく。
どこへ逃げることもできない。
廊下は走らない。
そう書かれた張り紙を横目に、飛んでくる机を避け、さらに奥へと逃げ続ける。
ついに突き当たりまで来た。
逃げる事はもうできない。
ゆっくりと歩みながら近づいてくる恐怖に怯えている暇はない。
だが、どうする術もない。
早く。
早く見つけてくれ。
「ありました!」
宙に浮く筆箱。
かなり使い込んでたのか、放置されていたせいなのか、すでにボロボロだ。
「ワタシノモノダアアアア!」
レイコは壁に吹き飛ばされる。
霊体だろうと実態だろうと関係ない。
自分の障害物となるものは全て排除する。
恐怖はこの空間を完全に支配した。
投げられた筆箱が宙を舞い、手元へと。
可愛らしいキャラクターのものだった。
記憶が頭へと流れ込んでくる。
ありがとう。
たいせつにするね。
かわいいでしょ!
わたしのたからものなの!
いつまで使ってるの?
この子がもう使わないでーっていうまで!
一生大切にするね。
お母さんがくれた宝物だもん。
馬鹿みたいなキャラクターだね。
こんなの捨てなよ。
捨てるわけない。
これは大切な私の宝物。
持っていかないで。
おねがい。
隠さないで。
ワタシノ大切な。
どこへ行ったの。
離れないで。
あれがなかったら。
あれがあるから耐えれていたの。
どんだけいじめられても。
あれがあればお母さんを思い出して頑張れた。
どこに行ったの。
いったいどこに。
あぁごめんなさい。
なくしてしまったの。
ちゃんと見つけ出すから。
私の記憶を。
宝物を。
お母さん。
ごめんなさい。
お母さん。
ありがとう。
私を、
「タス、ケテ」
一瞬動きが止まる。
目前まで迫っていたチョークがその場で静止する。
自らの中で戦っているのか。
「悪いな、成仏してくれ」
レイコのお父さんの形見であるオイルライターで筆箱を燃やす。
メラメラと。
すでに崩れかけていたためか、簡単に燃えていく。
「アァ、ワタシノ.....アァ、アり、ありがとう」
笑顔を浮かべたような気がした。
その体が燃え始める。
それに連動するように。
レイコの体も燃え始めた。
自分を殺した犯人がこの世から消滅するのと連動してレイコ自身もこの世界から消えようとしていた。
彼女の力がもうなくなったのか。
押さえつけられていた、レイコの体が自由に動くようになる。
「あなたも、私と同じなのね」
燃える2人は抱きしめ合っていた。
慰めるように。
2人はより一層強く燃え上がる。
炎は涙では消えないようだった。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「もう謝らなくていいの、あなたは何も悪くない」
その光景を眺めることしかできなかった。
悪霊を退治するこの瞬間だけはどうも苦手だ。
朽ちていくユウコの魂と、レイコの魂。
燃え盛る炎の中、ありがとうや、メラメラと言う炎の中、ごめんなさいと言う声が聞こえた気がした。
「あなたのおかげで私救われた。お母さんに言っといて。ありがとうって。過ごせた時間楽しかった」
「ああ、言っておく」
「最後のお願い。私が助手になりたいって言ったらいいよって言ってくれる?」
「警察助手か、探偵じゃないんだけどな」
フッと鼻で笑った。
2人同時に。
「いいぜ、それぐらい認めてやる」
「ありがとう、またね」
どれぐらい経っただろうか。
そこに残ったのは無数の攻撃の残骸と、レイコの死体。
「悪い、タバコ吸わせてくれ」
レイコのオイルライターで火をつけ、息を深く吸った。学校という空間に似つかわしくないその煙。
宙へと舞って、割れた窓ガラスから外へと煙が舞い上がる。
外はずいぶん暗くなっていた。
空に浮かぶ三日月がとても綺麗だ。
「成仏しろよ、2人とも」
この声は届いているのだろうか。