優しい心ですが、損をします。
辛い話。
「こういうものですが」
「今更なんですか?」
とりあえず俺たちは今、数十年前に起きた、自殺事件のお母さんの自宅に来ていた。
幸い、住所は変更されていないようだった。
だれもいないとおもっていたところだったから、好都合だった。
インターホンを押すと出てくるのは白髪と目の下のクマの目立つ老婆だった。
初めこそ、久々の訪問者に戸惑いを隠せない表情だったが、手帳を見せると急に目つきが変わった。
「あのこの事件はもう終わったことでしょう?今更傷でもえぐりにきたんですか」
「いえ、再び同じような事件が起きているんです、何か情報を」
何を言っても聞く耳を持つ様子はなかった。
重かった扉が再び固く閉ざされようとしている。
「あの子とおなじ犠牲者をもう一回だすんすか」
そう言って声をあげたのはミヤビだった。
重く、硬く閉ざされようとしていた扉が少し開く。
同じ犠牲者。
あの子と同じ思いをする子が現れるという言葉に、正義感が心の奥からふつふつと蘇ったのか。
「お願いです、あの子のことを」
「あの子じゃない、ユウコだよ」
「ゆうこさんのこと、少しずつでもいいんです」
ミヤビの初めてみる優しい笑顔だった。
どこか遠くを見ているような。
そんな気がする笑顔だった。
「入って」
「ありがとうございます」
ミヤビの笑顔に影響されたのか。
彼女は扉を再び開いた。
「お前やるな」
「俺がいなきゃお前はダメだな」
肩を小突き、扉の中へ入っていく。
結論から言うとかなり荒れていた。
散らかった衣服。
片付けられたいない皿などの食器。
いつからか。
老婆は自分自身を抑えきれていないみたいだった。
しかし、仏壇の周りだけは別だった。
彼女の周りは綺麗に整頓されており、埃ひとつない状況だった。
「ユウコはね、優しい子だったんだよ。誰にも優しく接する心の優しい子。いじめられてる子も見過ごせない。でもその心がダメだったんだ。いじめられっ子を助けたことで自分が標的にされた。日々過激になっていくいじめに耐えられなかったんだろうねぇ、遺書を書き残して、あの世に消えちまったよ」
老婆は写真を見ながら笑顔で語った。
かつての彼女を思い出すように。
優しい笑顔で。
かつての彼女と触れ合うように。
優しい心で。
「そうですか、ユウコさんの部屋を見たいのですが」
「いいよ、昔と何も変わんない、あのこの部屋さ」
案内されると、部屋は仏壇の周りと同じように綺麗に整理整頓されていた。
しかし、完全にではなかった。
机の上に散らかった教科書。
ひっくり返ったカバン。
何世代も前の携帯がベットの上に転がっている。
今にも彼女が帰ってきそうな予感がするほどだった。
どこか不気味な感覚さえした。
「彼女が大切にしていたものってありますか」
「たくさんあるよ、私のあげたものはなんでもずっと使い込んでたねぇ。特に筆箱なんてのは小学校の頃からずーっと変わらず使い続けてたねぇ」
「それは今どこに」
思い出したくない記憶を思い出すようにゆっくりと口を開く。
「ユウコがいなくなった日だったか。あの子、無くしたって。学校から泣きながら帰ってきたのさ」
いじめられてる。
筆箱をなくした。
おそらく学校に隠されたのだろう。
彼女が大切にしていたものは筆箱。
母親がくれた思い出の品。
それがあの学校のどこかに隠されたままになっていて、取り憑いているのだろう。
そして近づくものたちを全て敵とし、自分の筆箱を盗んだものと勘違いしている。
話は案外単純だった。
彼女を救わなくては。
「どうだい、これで救えるかい?」
「えぇ、いなくなった子も、ユウコさんも」
その言葉に老婆は笑顔を浮かべた。