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業火を纏う泡沫の戀  作者: さわの かな
2/2

身体と意識の境界線がぼんやりとしたまま、最初に視覚が私を現実に繋ぎ止めた。

そのほんの少しの後…本当に僅かな一瞬の次、多くの情報が一気に私に流れ込んできた。

目の前に人の姿。私を覗き込んでいるのか不自然な角度での体勢だった。その背景は室内なのだと分かる。どこかの部屋。

でも、それを理解すると同時にその人の美しさに目が眩む。

ああ、違う人種だ。と、思った。

思ったが、どこかで見たことがあるような変な気分になった。

女優さんか、何か…かな。


その時、忘れかけていた聴覚に刺激を与えたのは目の前の美しい女性の声だった。


泣いている、

何かを何度も呟いている、

何を言っているのか全然わからない。

英語とも、それ以外の言語とも理解出来ない。

学校で習ったり、道端で耳にした事のない不思議な音。

たまに、私の名前と似た音が聞こえたけど今の私にはどこまでが正確な情報なのか自信がなかった。

まぁ、高校生である自分が知っている事なんてたかが知れているけど。きっとどこかの国の言葉なのだろう。

それにしても、この女性は私の心配をしてくれている。喜んでいるような、でも、とてもぐちゃぐちゃに泣いているから、私は申し訳ない気持ちになってしまった。

そういえば、私は確かに、あの海へ流れ込む川に身を投げた。

「あなたが、私を?」

思いきって話しかけてみた。それは少し掠れたが思ったより意外に、すんなり出た声に驚愕と安堵しつつ女性の顔を見上げる。

助けてくれたんですか…、は、変な気がして途中で言葉を止めた。それ以外の言い方も何かを沢山説明しなくてはいけなくなると思ったから面倒な事は避けたかった。

意外に冷静な自分がいた。

それに、どうして助けてしまったと、言えるほど私は自分が生きている事に落胆していないというか、感情がそこまで昂っていないほど落ち着いていた…というか力尽きていた。

外国人の女性は、私の言葉を聞いて顔を歪めた。


わかりやすい変化だった。

何かショックを受けている。

どうしたのだろう、何かおかしな事をしてしまったのか。

その不安気な音になっている声の原因を考えてみた。女性のその顔から視線を逸らして彼女の背後をぼんやりと眺めた。

薄暗いけど、豪華な部屋であるのはわかる。

映画やドラマで見たような細かい模様が壁や天井のあちこちに沢山あるように感じた。

変な人が住むような異様さとか、住んでるうちにおかしくなるような雰囲気とかそんな作り物みたいな感じはしない。

なんだろう、この人がおかしい…?


思考の中で視点が景色をダブらせていく…。

そうしているうちに、怖い答えが頭に浮かんだ。


私がおかしいんだ…。


うまく言えないけど、おかしいとは違うのかもしれない…。


そう、私の身に何かが起きているんだ…と。

今の私は自分の姿が見えない。そして、そういえば…と、思う。

手足の感覚が無い。動かしたいという意思の問題以前に感覚がないのだ。首から上の感覚は少しずつ覚醒している自覚はあるが、身体にはそれが無い。

テレビで見たことがある。

事故などで、身体の自由が奪われてしまった人たちの事を。

一気に血の気が引いていく。

頭が冷静さを取り戻していく。


もし、私がそうなら…この目の前の人は優しくて私にその事実を伝えられないでいるとしたら…

なんて、最悪の状態。

私は、失敗したんだ。改めて、確信した…いや確信しなければならなかった。


…放っておいて欲しかった。

どういう状況でこうなったのかはわからない。

万が一、発見されるのが遅れたら…果たせた可能性はあった。

それなのに、私は…でも、何故?どこで誰が助けたのか?あの河口は本当に海のすぐ側で、しかもあそこは開発のための海の埋め立てが進み、そのせいで昔は簡単に入れた海にも入りづらくなっていたはずだ。

だからこそ、私はあの場所を選んだ。

勿論それだけの理由ではないけど、とにかく人通りはほぼ無いはずだった。

そもそも近所にこんな外国人もそういう人たちが住んでいる豪華な家があるなんて聞いたことがない。

あの場所で生まれ育った私がそれをいちばん知っていた。

あの場所にそんな人も家も無いと断言出来た。



ひとまず考える事は出来る。

動けないけど、さっき声は出せた。

それなら、そのうち私から全ての話を聞き出して…いや、喋らせて家に連絡をすると言うだろう…家族に迎えに来てもらおうと。


この人では言葉がダメでも、他に誰か日本人か日本語の喋れる人が近くにいるはず。だとしたら…

またどこかにこの身を投げなくてはいけないのか…。2度目があるとは思ってなかった。

…2度目を1度目とするのは絶望的に無理な気がする。

違う、そもそも動けないなら、どうやってそれを実行出来るのだろう。

言えることは、家に連絡されないようにして、更に助けてくれたこの人の目の届かない所へ行かないと、それは…もう一度試みる事は、絶対に無理な事だと思うし、申し訳ない。

そうしてあれこれ考えているうちに、急に心も…何も感じないはずの身体もずっしりと重くなって沈んでいく熱を感じた。

そして、一方では自分の一部にしては違和感のある感覚を頭部や、顔に触れる感覚を感じながら、目の前の人物に視線を戻した。




目の前に起きた事よりも、それが起こした奇跡による歓喜が私を満たした。急いで家の者達に彼女を泉から引き上げさせた。

何故なのか、

神の慈悲なのか、天使が見せてくれた目覚めない夢なのか、もしくは、妖精が一瞬の光の中にあの子を連れて来てくれたのか。

とにかく、なんでも良かった。

息があり、脈うち、肌の下には微動する血管、そこに存在するという何よりも尊い奇跡。


たとえ、これがあの子の骸で冷たかったとしても私は喜んだだろう。

あの子が会いに来てくれたんだと。

しかし、突然現れた愛しい妹…命の灯はとうに消えたと聞かされていたエヴァ…いえ、正確には私が勝手にエヴァだと思いたい少女は、ほんの少しの違いはあるが、本当にとてもあの子に似ていた。

これが本人であれば…あの訃報が何かの間違いであの子がまだこの世界に生きているのならそれはそれで喜ぶだろう。

でも、あの真面目な義弟がそんな不謹慎な嘘をつくわけがない。

だとしたら、この少女はただエヴァに似ているという特徴を持っただけの知らない人間だ。


絶望を前に、なんの冗談だ、嫌がらせだと怒りにまかせて、この誰ともわからぬ少女を放り出して、また…あの灰色の世界に身も心も浸してしまっても良かった。

それが、現実なのかもしれない。


でも、私には不思議なくらいその新しい別の存在を受け入れる…受け入れたいと思う気持ちが芽生えていた。


私の愛と哀しみと願いが天に届いたのだと。


…しかし、私の救いはそんなに容易いものではなかった。


少女の身体を洗い浄め、エヴァ(あの子)の使っていた部屋に運び入れた、あの瞬間…私の中で何かが弾けた。

この風景にこの少女が存在するというだけで心が異常に興奮したのだ。

すぐに医師や薬師を呼び、あらゆる治療と少しの調整を施した。

その調整は、そのときに私の心に巣食った醜い想いがさせた。

本当なら私の意に反するものだったかもしれない。これが、エヴァに対して施される可能性があったのかと聞かれたら間違いなく否だ。

その調()()については、医師達の反対もあったが私にはそれを聞き入れる気は全くなかった…自分でも不思議なほどに…。

そして、看病しながら様子を見ていたが数時間後、その眠りから目覚めた少女は、私にその瞳を向けた。

ああ、エヴァだと。

瞳の色はエヴァとは違い少し淡いブルーだった。

違和感になるはずのその違いさえ、今、目の前の存在が本物に成り代わる程の衝撃や悦びがあった。

エヴァ(あの子)の瞳の色は、もしかしたら濃いブルーではなく淡いブルーだったかもしれない、そう、この子が生の奇跡を呼び私の元へ…私を哀しませないために新しく生まれ変わって戻って来てくれたのだと。

悦びに全身が震える。

震えたが…


そう、

そうして、その悦びは生まれたその端から崩れていく。

愛しい姿の少女の口から聞きなれない言葉が発せられた時、憎しみにも似た感情が沸き上がる。

この偽者という欺かれたような、殺意にも似た感情。

やはり、私のエヴァ(あの子)は、もうこの世には居ないのだと突き付けられる。

何か良い変化がないかと何度となく声を描けてみたが、結果は変わらなかった。

この少女は、私達の事を理解出来ていないし、逆に私にとっても理解出来ない異物なのだと。

この時点で、諦められれば私は、あの子を失う代わりに大事な何かを手離さないで済んだかもしれない。

でも、間違うほどに私はエヴァ(あの子)を愛しすぎていたのを痛感した。


私はこの少女を私のエヴァにすることに決めたのだった。


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