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「そのあとすぐに、セバスチャンは私専属の執事となり、身なりを整え、礼儀を学び、今日に至るのです」

 セバスチャンのことを話す時のユーリウスは、本当にいい顔をする。いつもは青白い頬が気色ばんでほんのりと紅潮し、薄青い瞳は咲き誇る大輪の花の中でキラキラと輝いて美しい。

 チクリと胸の奥を刺すような嫉妬を覚えて、真由は素っ気なく言った。

「ふうん、そうなんだ」

「それだけじゃないんですよ。セバスチャンは私の体を風に慣らし、陽光の下に連れ出し、そして剣技を教えてくれた……おかげで私、あの頃よりも随分と丈夫に……ごほっ!」

 言いかけていた言葉が途切れるほど深く、ユーリウスが咳き込む。一つ咳き込むたびに、一つ花が咲く。

 真由は慌てて片手を突き出し、ユーリウスに回復魔法をかけた。

「どこが丈夫になったのよ! ヨボヨボじゃない!」

 咳のとまったユーリウスは、申し訳なさそうに上目遣いで真由を見上げる。

「すみません……さしものセバスチャンでも回復耐性だけはどうにもできなかったようで……最近はもう、彼の回復魔術は効かないんです」

「だから私が召喚されたのね」

「本当にすいません。あなただって、あちらの世界での生活があるでしょうに、こんな茶番に巻き込まれて……」

 ションボリとしている相手をさらに恫喝できるほど真由は薄情ではない。しかも目の前にいるのは『推し』なのだから、どうしても優しい気持ちになってしまう。

「別に茶番だなんて思ってないよ。だって私は、魔王を倒しに行く勇者のお供として選ばれたってことでしょ」

「魔王を……倒す……ですか。そもそもそれが茶番なんです」

「茶番?」

「そうです。おかしいと思いませんか、魔王を倒しに行くのに私一人、供のものはみんな非戦闘員だなんて」

 それは確かに真由も思ってはいたが……

「旅の途中で仲間を増やしていくシステムなんじゃないんですか?」

「わざわざ魔族を敵に回そうなんて人間は、今の世の中にはいませんよ」

「どうして?」

「どうしてって……この世界では二百年ほど前に魔族との和平条約が締結されています。それを覆してまで魔族と争っても、何の得もありませんからね」

「じゃあ、ユーリウスさんは何のために魔王のところへ行くの?」

「それは……」

 言いにくいことなのだろうか、ユーリウスが躊躇いがちに、唇を震わせた。

「それは……言ってしまえば、生贄になるためです」

「セバスチャンさんもそんなことを言っていたわね……どういうことなの、生贄って」

「よく考えてみてください、いま、魔族と人間の関係は表向きの平和を保っている、なのにわざわざ魔王討伐など仕掛けて戦争の火種を撒く必要はないでしょう?」

「そういえば、そうね」

「王が私にくださった任は『魔王討伐』と銘打たれておりますが、それは民の目を欺くためのもの、本来魔王が望んでいるものは『勇者の家系に連なる者』です」

 話は去年の暮れに遡る。魔王の城から一通の書状が人間の王に向けて送られた。そこには『次の百年を平穏に過ごすために勇者の身柄を差し出すべし』と書かれていた。つまり今後も穏便な関係を望むならば友好の証として勇者の血筋の者を引き渡せと、そういうことである。

 しかし国の英雄である勇者の血筋の者を無条件で魔王に差し出したとあっては面目が立たない、だから表向きは魔王討伐の旅であるという体を装って魔王城に向かえと、そういうことなのだ。

 この話を聞いた真由は憤慨した。愛する推しが不当な目に遭わされているのだから当然の怒りだ。

「ねえ、まって、ちょっとまって、それってユーリウスさん一人に全部背負わせて、自分たちは知らんぷりで平和に暮らそうっていう事なかれ主義よね!」

「真由さん、いいんです、民のために我が身を投げ打つ、それが勇者というものだと私も心得ております」

「心得ちゃってどうすんのよ! 魔王の城に行ったら、殺されちゃうかもしれないよ?」

「その可能性は心得ています。でも、セバスチャンが……」

「セバスチャンが何! 助けてくれるとでもいうの?」

「はい、彼ならば必ず」

「何なのよ、それ! 何なのよ、そのセバスチャンさんに対する信頼は!」

「だって彼は、今までだって私のために奇跡を起こしてくれましたから……今回だって、私のために奇跡を起こしてくれるんじゃないかと……甘いですかね?」

 少し怯えたような眼差しと、自信なさげに震える声、そして花に彩られた死人のような青白い顔……どこにも強さのないこの推しにこれ以上きつい言葉を投げつけることなど真由にはできない。

「あ、えーと、そうね……」

 真由は少し考え込んだ。

 確かにセバスチャンとは出会って間もない。しかし彼のユーリウスに対する忠心が本物であることはなんとなく感じている。そのセバスチャンが何の策もなくユーリウスを危険な場所へ連れて行くとは思えない。

「うん、セバスチャンさんなら、何とかしてくれるのかも」

「そうでしょう、そんな気がするんです」

 しかしそのあとで、ユーリウスは悲しそうに目を伏せて、深いため息をついた。

「私もセバスチャンのように、誰かを守れる力が欲しい……たくさんの民を救うための強大な力でなくていい、私の隣にいてくれる大切な人を……」

 言いかけて、ユーリウスはハッと我に帰った。

 いま、まさに自分の隣にいるのが、淡い恋心を向ける『大事な人』そのものであることに気づいたのだ。

「あ、あの、大切な人というのはですね……」

 しどろもどろになって弁解を試みるユーリウスに対して、真由は優しく……いや、妖しく微笑んだ。

「いいですよ、皆まで言わなくても」

「え、そう……ですか?」

「わかっています、いつも隣にいてくれる大事な人……つまりセバスチャンさんでしょう?」

「え、いえ、彼ももちろん大事な人ですけど……」

「いつも守られてばかり、だけど、ここ一番の時には愛する彼を守れる男でありたい……最高のウケじゃないですか、尊すぎてちょっとヤバいわ〜」

 異界の言葉でーーいや、異界でも特殊なオタク言語で、しかも早口で捲し立てられたユーリウスはひたすら困惑するばかりだ。

「え、愛する? え、ウケ? え? え?」

「か弱くて庇護の対象である主人を献身的に支える執事と、そんな彼に一人前と認めてもらいたくて努力する坊ちゃんとか、もう神設定すぎない? ねえ!」

「え、あ、はい」

「私は一番近くで二人の行く末を見守りたい! ううん、近くとは言っても、邪魔をするような存在になりたいわけじゃない。ああ、もういっそ、壁になりたい!」

「え、あ……」

 ユーリウスは真由の顔を見た。何を言っているのか話の内容はチンプンカンプンだが、かの乙女は目をキラキラと輝かせている。興奮し切って紅をさしたように色づいた唇がとても美しい。

 つまり『とてもいい顔』をしている。自分の思い人がこの世の嬉しみの全てを詰め込んだような笑顔でいるのを喜ばしく思わない男などいない。たとえ彼女がどれほど意味のわからないことを喚き散らしていたとしても。

 ユーリウスはついうっかり、曖昧にうなづいてしまった。

「わかります」

「わかる? ねえ、わかる?」

「ええ……とてもよくわかります」

「そう、じゃあ、がんばってよ、私もあなたの思いがセバスチャンさんに届くように、全身全霊捧げて協力しちゃうから!」

「ええと……はい、頑張ります」

 しかし、この時の答えを、ユーリウスは後悔することとなる。

 そもそも真由はアニメや漫画などの二次元世界のキャラしか推したことがない。もしもアイドルなどの三次元の推しを持ったことがあるならば本人の前でBL妄想を垂れ流すのが禁じ手であると知っていただろうに、不幸にも彼女は『三次元の推し』には慣れていなかった。

 おまけに異世界転移してきた身であり、魔法があって中世的なこのファンタジー世界には現実味を感じない。だからユーリウスに対しても『二次元の推し』的な感覚で接してしまうのだ。

 さらに不幸なことに、こちらの世界の住人であるユーリウスは、真由が持つオタク文化というものを知らない。知らないながらも想いを寄せる女性が『とてもいい顔』で語った話を必死に理解しようと、そのあとしばらくクソ真面目に考えた。

 彼が真由の言葉の意味を理解したのは昼過ぎ、セバスチャンが帰ってきた時だった。

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