第四部 前編 マジシャンガールとフェイクボーイ
あれから丸2日が経った日曜日、自室のベッドで俺は物思いに老けていた。犯人があの日言った言葉…
『復讐』
その言葉は未だに頭から離れていなかった。今まで小学校、中学校を夏芽と一緒に過ごしていたけど彼女の悪い噂は全く聞いたことがなかったし、むしろ評判は良かった方だった。誰にでも優しい性格となんでも包み込んでくれるような笑顔は男女問わずそれを嫌がる人はいなかったと思っているし、実際いなかったと思う。
でも…それでも奴の言葉には確かな重みと憎悪が感じられた。あれは戯言でも虚言でもない。間違いなく本心からのものであった。
「あぁ…全てが最初からだ。」
どっと疲れが出たように呟く。実はこの間の件で俺が今までやってきたことは全て無かったことになってしまった。2日前、ストーカーの姿をこの目で確認し、この耳で声まで聞いた。そして俺の目が耳が確かなら…
犯人は間違いなく女性だった。
それに関しては今でも信じられない自分がいる。でもパーカーに隠れてあまり見えなかったけど、女性らしい華奢な体と細い足。そして少しふっくらとしていた胸。それらひっくるめて体つきは明らかに女性の特徴を捉えており、なにより声は間違いなく女性そのものだった。
そして、これはこの事件の根源を覆す出来事だった。なぜなら…
夏芽はかなり大きかったと言っていたからだ。実際に犯人が俺と向かい合った時、奴は間違いなく俺よりも小さかった。
夏芽の見間違い…。でもそんなことはないだろう。流石にあの身長をかなり大きいというのは比喩にも程がある。
となると…もう一つの考えられる理由としては…
夏芽は嘘を付いていることになる…。あの夏芽が?何のために?俺はずっと一緒に過ごしてたけどこんな嘘をつく人じゃない。それだけは信じられなかった。
7月のジメジメとした窓からの心地の良い風が俺の体に吹き付ける。
「一度、落ち着こう。」
この平日5日間、俺は出来る限り夏芽に関わる人の動向をちゃんと確認してきた。でも観察していた皆んなにストーカーという素振りは一切なかった気がした。俺が男子を中心に確認していたせいもあるけど…特に目立ったものが思い浮かばない。いつもの日常となにも変わりなかった。
アイツを除いては。
1週間全く気にしてない人物が実は1人いる。それは俺らの幼馴染みの田中である。俺は夏芽のことも考えアイツには悟られない様にと逆に自分から距離を置いていた。帰りはバイトと言って別々に帰るようにしたし。
しかもアイツは四六時中、本庄に捕まって美術室で提出期限が近い油絵を描いていたらしい。それ自体に怪しいことは何も無いし、そもそもストーカーは女性。全く見当違いだ。
俺は机の横に置いてある学校の鞄の所まで歩き、中身から古典のノートを取り出す。
作戦を決めた日からこのノートは古典の他に事件の関係するノートとなっていた。あるページを開く。そこには犯人の動向の内容がまとめてある。
「う〜ん。」
そもそも犯人の行動にはいくつか不審な点があった。夏芽が俺に相談する1週間前からストーカーをしている。なのに夏芽本人の被害が全くない。ストーカーというものは普通、被害者の住所特定や生活習慣の調査、性的暴行、最悪殺人なんかが主流だと思う。だけど今回の件では全く無いどころか予兆さえ見られない。
2つ目は何故空白の時間が出来たのか。俺は初めて夏芽と一緒に帰ったあの日。犯人が音を立てて、俺にバレそうになったから敢えて姿を現さない様にしたと思っていた。なのにあの日は俺が居るにも関わらずリスクを考えないでストーカーを実行していた。
(ドタ!ドタ!ドタ!)
ん?なんだ?
「駿!!また自分の財布リビングに置きっぱなしだよ!私らにお金取られても知らないっていつも言ってるでしょ?」
母さんがいきなり俺の部屋に入ると怒りを撒き散らかし始めた。
「やば…完全に忘れてた。」
「ほらっ」
(ドス!!)
彼女は豪速球で財布をぶん投げた。
え。ええ……もっと優しく扱ってあげて……。
「ごめん。ありがとう!今度は気をつける。」
「全くいっつもそう言って忘れるじゃない〜。次は取るから、覚悟しな。」
そう言いながらは彼女はドアを閉めると一階へ降りて行った。
本当に気をつけないと……ここは家だからまだ良いとして、外だったら確実に……
ん?
俺は意外な事実に引っ掛かった。
…まてよ…もし、犯人の狙いが夏芽じゃ無いとしたら、犯人が何かを盗むつもりだったら…。でも家の中にある物なんて到底無理なはず。家族か友達以外で中に入れる可能性なんてゼロに等しい。つまり…家の外のにある物…。
俺は夏芽の家の周りにあるものを思い出せる限り思い出す。するとある一つの物が頭によぎった。
「じ、自転車??」
よく思い出してみると夏芽の家に行った時、めぼしいものは特には置いてなく。あるとしたら彼女の自転車くらいだった気がする。でも盗むことやろうと思えば一瞬で出来てしまうし、鍵を壊すのに1週間もかかるはずがない。
なんなんだ。犯人は何がしたいんだ。考えれば考えるほど分からなくなってくる。しかし悩みはいずれ苛立ちに変わっていた。
あーーー!このストーカーの被害のお陰でこっちは色々と学校生活がめんどくさくなってるって言うのに…!!
俺は毎日他の生徒に気を張り、帰れるときはわざわざ夏芽の家まで行かなきゃいけないし、夏芽も自転車を使う様になってしまった。
そして俺は今まで行動を全て思い返していた。
すると………ある一つの回答にたどり着いていた。
「もしかしたら…あいつのあの時の行動が…」
思い返してみたら全て納得のいくものだった。
俺はすぐさまベッドの横にあるスマホを手に取り…
「もしもし…」
「おう!どうした駿?」
毎日聞きなれた声が耳の中を駆け巡る。
「休日なのに寂しくなっちゃったか?」
…田中に電話してしまった。
「いや、実はさ… 」
俺は今までのことを全て、嘘偽りなく田中に伝えた。夏芽がストーカーされていること。コンビニのバイトのこと。最近一緒に帰っていること。伝えられることは全て伝えた。
約束したのに…俺は夏芽を裏切ってしまった。
俺は後悔やもどかしさなどの感情で溢れかえっていた。
夏芽の顔が浮かぶ…
(あの涙はもう見たくない。)
後で、謝らないと…。めちゃめちゃ怒られるんだろう。めちゃめちゃ泣くのだろう。めちゃめちゃ嫌われるのだろう。
でも…
「やっぱりか…そんな気はしてたんだよな。大丈夫だ俺が必ずなるとかする!!」
「ありがとう……それじゃあまた明日…」
彼がいなければ犯人は捕まえられない。俺はそう確信していた。
スマホの電源を切り…静かにベットの上に座る。
(もう後戻りは出来ない。)