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カオナシ 1

Side 昂哉


 クレオが目の前で首をねじきられてから昂哉は、気づけば三階の空き教室にいた。

 自分でも無意識にここまで来てしまったらしい。それだけクレオの死に際はショックだったわけだが、我ながらよくあの状態で無事にここまでたどり着けたものだと思う。下ではなく上の階に来たのは、校庭で未だ暴れる兎の怪物の存在があるためか。


 ――――そうだ、校庭の兎はどうなったのだろう。


 悠は気になって窓に顔を寄せたが、教室で最初に兎が現れたとき、あの巨大な腕が窓を粉々に砕いてテロリストの男を掴んだことを思い出した。途端に窓から顔を出して奴に見つかったらどうする、みすみす獲物になるつもりか、と躊躇いが生まれた。


「――――驚いた、なんでお前がここにいる、悠」

「うわっ!」


 そんなときに突然耳元で囁くような声が聞こえてきたのだ。情けない悲鳴を出しても仕方がないじゃないか、と悠は誰かに向かって弁明したい。

 驚いて振り返ると、そこには我らが一年生の副担任、藤堂朝香の姿があった。悠は自分の体から力が抜けていくのを感じた。


「お、おい、大丈夫か」

「ほ、ほっとしたら力が抜けて・・・・・・」


 するするとそこに尻餅をついた悠をみて、藤堂は苦笑いを見せた。

「まあ、それもしょうがないか・・・・・・よく、無事でいたな」

「ッ・・・・・・」


 藤堂の優しい言葉に胸から熱いものがこぼれてきたが、そこで自分に同じく優しい声をかけてくれたクレオのことを思い出しそれは一気にしぼんでしまった。

 それがわかったのだろう。藤堂は表情を引き締めると悠に、


「なにがあったんだ?」


 それだけ聞いてきた。

 それから悠のたどたどしい説明を、藤堂は口を挟むことなく黙って聞いてくれた。

 しかし、ただ一度だけ、


「マーガレット? ・・・・・・いや、流石に飛躍しすぎか」


 と独り言を言ったきり、最後は涙声になった悠の肩に優しく手を置いた。


「クレオ先生のことは、その、確かな残念だ。しかし、ここでお前が死んでしまったら、お前を助けようとしたクレオ先生の意志まで無駄にすることになる。ありふれた言葉で申し訳ないが、お前はクレオ先生の分まで生きなければならないはずだ。ちがうか、悠?」

「……いえ」


 やはり先生はすごい。悠はここにきて、大人がいかに立派で、逆に自分がいかに子供かを思い知らされたような気がした。


「すみません、取り乱してしまって……もう大丈夫です。それよりも藤堂先生の方こそ大丈夫だったんですか? クレオ先生が言うには、職員室の方も怪物が襲ってきたんだとか……」

 悠の言葉には明らかに空元気が含まれていたが、それをあえて気にしない素振りで藤堂はうなずいた。


「ああ、魔法師のテロリストたちが校内に侵入したという報告を受けた直後にな。だから最初、室内が突然濃い霧に包まれたときも、相手は魔法師、人間だと思ったんだ」


 それで実力派揃いの先生方も油断したのだ、と藤堂は言う。


「まずは先行したヴライ先生がやられた。次にアンチマジックを使おうとしたセラ先生、そこからは私も必死でな。自分でも冷徹だとは思うが、逃げることに必死で誰がやられたかもよく覚えていない」


 信じられない気持ちだった。最初に名前が出たヴライ先生は、王国の近衛隊にも所属していた歴戦の猛者だし、セラ先生だって若年ながら去年王都で行われた魔法のコンペで金賞を獲ったほどの魔法の盟主だ。そんな先生方がひしめく、生徒からは『魔物の巣』と揶揄されていた職員室が真っ先に制圧されるなんて・・・・・・。悠は怪物の恐ろしさに震え上がる一方で、怪物がそのタイミングで職員室を襲撃したのは偶然なのだろうか、という疑問が脳裏をよぎった。


「だから今は、生き残った先生たちもバラバラでまともに連絡も取れない状態なんだ。他に生徒たちを探そうにも、さっき私も怪物の一人に襲われてな、それどころじゃなかったんだ」

「お、襲われたって、大丈夫なんですか!」

「見ての通りだ。とはいえ、逃げられたこと自体奇跡だと思うがな」


 『鷹の目』の異名を持つ藤堂がそこまで言うとは……。


「ちなみに、どんな怪物だったんですか?」

「……あんなの、魔族の中でも見たことがない。オークほどの身の丈で、顔がない化け物さ」


 思い出すのも苦痛だ、とばかりに顔をゆがめる藤堂。悠にも、その特徴の怪物には覚えがあった。


「“カオナシ”ですね。俺もみました」

「ん、カオナシ、か。なるほど、確かにその通りだ」


 僕が勝手に心中で呼んでいた名前だが、藤堂は納得したようにうなずくと、


「ではその“カオナシ”に会ったわけだが……これがまた厄介な能力を持っていてな……スキルが通じないんだよ」

「それって……」


 藤堂も自分たちより先輩の異世界転移物だ。彼女のスキルについて思い出す。確か彼女のスキルは『魔弾創造』。彼女は意のままに効果を発揮する特殊な弾丸を作成する能力を持っているのだが……。


「ああ、私がそのとき試した魔弾の数は三十七発。しかし、そのどれもが奴の体に直撃する前に、まるで見えない壁にはじかれたようにことごとく通らなかった。もしかしたら、上手く効力を発揮する魔弾もあるのかもしれないが……それを探すのは、砂漠の中から一握りの砂金を探すくらい大変だろうさ」

「つまり……奴には魔弾が効かないと……?」

「ならまだいいが、私の予想ではそれより深刻だな」


 それはなにか。

 尋ねようとして、そこで悠は思い出した。最初にカオナシをみたとき、奴は他の生徒から攻撃を受けていた。

 だが、その実、奴にダメージはあったのだろうか。

 そこから考えられるのは。


「あいつには、スキルが効かない?」

「下手をすれば魔法も、だな。全く、事実なら魔族よりもたちが悪い」


 確かに、そんなとんでもない力を持つ相手がいるなら、大抵の魔法師、転移者もまるで歯が立たないだろう。

 だが。

 そこで、藤堂もはっと悠の方をみた。


「そうか、お前は――――」


 そのとき、耳をつんざくような甲高い悲鳴が廊下から響いてきた。

 血相を変えた藤堂がすぐさま廊下に飛び出す。悠も彼女の後を追った。

 廊下を出た途端、目に飛び込んできたのはショッキングな光景だった。


「ッ……」


 長らく魔族と戦っていた藤堂でさえもいつもの涼しげな表情を崩す。 

 そこには、蜘蛛の子を散らすようにこちらへと逃げてくる生徒たち、ぐったりとする生徒、そしてそこに無数の逆立った髪の毛を突き刺し、蜂が蜜を吸うように捕食している怪物の姿があった。

 “カオナシ”だ。


「どけぇええええええ!」

「ぐっ!」


 そのとき、こちらへと逃げてきた生徒の一人が悠を突き飛ばして通り過ぎていった。身体能力を向上させるスキルでも有しているのか、嵐のような轟音とともに二階への階段へ向けて風となって進んでいく。


「――――ミツケタ」

「う、ぉおおおおお!?」


 しかし、その数秒後に“吸い殻”を捨てたカオナシは、ものすごいスピードでこちらへ向かってきた。

 あまりのスピードに硬直した悠を、藤堂は首根っこを掴んで引き寄せ、そのまま元いた教室へと放り込んだ。その後、教室を高速で通過した“カオナシ”と、直後に先ほど悠を突き飛ばした男の悲痛な声が聞こえた。


読んでいただきありがとうございます。

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