堅策
Side 昂哉
「ああ」
クレオが倒された瞬間、僕は思わず落胆の声を上げていた。
それを耳聡く察知したチセが訝し気な声を上げる。
「なんだ。聞けば、今死んだ女はこの学校でも五指に入るほどの手練れだろ? 死んで喜びこそすれ、お前が悲しむことはないだろうに」
「まあそれはそうだけど」
歯切れの悪い僕の回答にチセが焦れたように続ける。
「ええい、お前は今の現実に何が不満なのだ?」
「いや、不満はないんだけど……」
ここまで来たら、僕も正直に喋ろう。
「ただ……僕には冷たかったクレオ先生だけど、その実生徒には優しかったというか……ああ、つまり、彼女が死んだことで生徒達の士気に影響が出ないか心配になったよ、僕は」
「心配? なぜだ? ……よもや貴様、手を抜いてわざと奴らを生かそうと考えているわけでは……」
「いや、そのつもりはないよ。けど、今生徒達は突然の出来事が続き相当ショックを受けていると思う。そこで更に信頼のある先生が次々と亡くなっているんだ。これから生徒達は全員手にかけなければならないけど、それでも彼らの絶望する心情を推し量ると……」
その言葉を聞いたチセは見たこともないほど目を大きく見開いたあと、大きく笑い出した。
「あっはっはっは! そうか、自分の使命よりも生徒たちの心の方が心配か! ふん、つくづくお前は大物よな」
彼女が突然笑い出すが、流石にその理由にも僕には察しがつく。
「た、確かに計画の邪魔になる人が死んだこと自体はあなたには喜ばしいことだけど、そんなに笑わなくても……!」
どんな人間だろうと、僕の標的である教員たちは血の通った人間なのだ。その中でも特に、生徒たちのことを心から想っていたクレオがこんなに早く死んだことはショックだった。
僕が掲げる“決意”を考えれば、この程度の犠牲は眉一つ動かさず対処することが正しいのだろうが……同じく生徒を大切にする教員の仲間が朽ちたことは僕の中でも簡単には噛み砕けないほどショックな出来事だった。確かに、僕の計画のこれからを考えれば、この程度で動揺していては失格だが、生徒の具体的な気持ちを考えて動ける数少ない教員がこんな早くに脱落したのは生徒サイドに立つと大きな痛手に思えて仕方がなかった。
とはいえ、ここで今更、構想を中止するかと言われると、そんな訳はなく、今の僕には彼らを少しでも早く“楽園”へと送ることが責務なわけで、この境遇は 望みこそすれ、恨むことはないはずだった。
「で、次はどうするのだ?」
しばらく笑ったあと、目元の涙を拭いてチセが訊いてきた。
「今、眷属たちは」
「一番忙しそうなのは“アルミラージ”だな。奴は魔物の中でも図体が飛びぬけてデカい。活きの良い人間たちが討伐しようと戦っているが……まあ時間は掛かるだろうが倒されはしないだろうな」
“アルミラージ”とは校庭にいる巨大な兎の眷属だ。奴のスキル『自動修復』で、文字通り大抵の傷なら即座に回復するほどの高い治癒能力を持つ。スキル自体はシンプルだが、単純な戦闘能力の高い“アルミラージ”とは相性の良いスキルだ。
「ならやらせておこう。どのみちアレは知性が乏しいようだから細かい指示は出来ないんだろう?」
「まあ、狩猟のために多少の知恵は回るだろうが、野生の獣程度だな」
「なら、先に校内に残る生徒を優先しよう。この異常な状況下なら生徒の混乱は早々治まらない。“カオナシ”と“ジャック”は」
「“カオナシ”は音で獲物を補足する。お前の言った通り、今人間たちは狼狽えているからな。音を消すというところにまで頭のいっていない生徒ばかりだ。踊り食い状態だろうさ。“ジャック”は知性が高い分気分屋だ。手練れの教師どもを半分程度減らした後は呑気に校内を見て回っているよ」
“カオナシ”や“アルミラージ”は一目見て怪物と分かるなりをしているが、残る“ジャック”と“マーガレット”は人型、いや、“マーガレット”に至っては見かけは完全に人間だ。“彼女”のことを考えると心の深い場所を抉られるような痛みを覚えるが、それを考えてしまうと彼女を上手く立ち回らせることができない。意図的に意識から除外する。
「“ジャック”に指示を送れるか? “カオナシ”と連携して生徒たちを挟み撃ちにする。安易な策ですが有効だろう」
新校舎の方は三階建てで、基本的にロの字型の造りになっている。一階は体育館への通路など、逃げ道の選択肢も多いが、二階、三階だと、化け物から逃げる場合の選択肢は廊下をぐるぐる周り続けるか、教室などに隠れる、または階段を使って別の階へ移動する、この三パターンしかない。更に都合が良いことに、それぞれの階に階段は一箇所しかなく、そこに眷属を一体置いておくだけで勝手に生徒がそこにやってきてくれるのだ。しかも未だ正常な判断ができない生徒たちの現状を考えればなおさらだ。
それを説明すると、チセは鷹揚に頷いた。
「手堅い策だな。もっと奇をてらった策を用意するかと思ったが」
「王道とは、その有用性が証明されているから王道なんだよ……とはいえ」
「うん? 何か心配事でもあるのか?」
「……こう考えると、あの校舎、いずれ改築をお願いした方が良いんじゃないかな? こういう場合に備えて」
「……お前は本当に大物だな」
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