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おじいちゃんが人殺しになる話

作者: 245

私には八十代の祖父がいる。彼は車の運転が大層好きで、それだけが唯一の趣味で生き甲斐である。

年齢から皆さんもお察しの通り、既に彼には自動車を運転する能力も資格も無い。私は少なくとも五年前から会う度に厳しく免許を返納するように求めてきたし、その頃から二度と彼の運転する車に乗ることも、彼に運転させるような用事を自分から作ることもしなかった。

この夏、私は実に数年ぶりに実家に帰り、涙ながらに祖父に免許返納の必要性を訴えた。池袋の事件の報道を観て、次は彼の番だ、と確信したからである。

結果的に、そこまで真剣に求めても祖父が私の必死の願いを聞き入れることはなかった。


兄は言った、

「おじいちゃんにとってドライブだけが生き甲斐なこと、俺はずっと見てきた。世話になったおじいちゃんがそこまで言うなら、たとえ事故が起こって自分の人生が台無しになってもいい。その覚悟はしている。」

両親は仕事が好きな人達だった。私達は彼等に変わってほぼ祖父母に育てられた。祖父は毎回車で1時間程かけて我が家を訪ね、私達兄弟の面倒を見た。祖父の運転する車で食事に行ったし、旅行もした。祖父や祖母の助け無しに私達は今ここには居ないだろう。兄もそれを痛いほど感じているのだ。

兄は優しい。身内としてその感情を理解もするし、私も祖父には勿論感謝している。しかし、私達がどれだけ祖父に世話になったかということも、彼がどれだけドライブを好きかということも、家族がいつか必ず起こる悲劇を覚悟していたことも、轢かれて殺される誰かとその家族には一切全く何の関係も無いのである。


とにかく私は祖父が事故を起こすことを確信している。しかし彼はそれを頑として認めない。

飛行機が必要な程地元から遠い距離に暮らしている私には、8月頭に帰宅するまでしか祖父を止めるチャンスはなく、つまりあと数日しか時間が無いのだ。

明日もう一度祖父を訪ねるが、頭がおかしくなりそうで眠ることすらできない。もうどうすれば良いのか分からなくなってしまった。生きてきた二十数年間で今が1番悲しくて辛い。なぜならきっと時間の許す限り毎日説得しても祖父は免許を返納しないだろうから。

そうなれば私にできることはもう無い。祖父は本当に人を殺してしまう。


怖れていた悲劇が起こったとき、私は一生後悔するだろう。例えば他人の命を奪ってしまうくらいなら、今彼の運転する車の前に飛び出して、私自身が轢かれて死んででも祖父を止めなかったこと。誰かを殺してしまうくらいなら、この手で彼を殺してでもその誰かを守らなかったこと。


今、この国に祖父や私のような人が一体どれほどいるのだろう。神様仏様、総理大臣、政治家の方々、国民の皆様どうかお願いします。今すぐに高齢者の免許返納を義務にして下さい。

祖父が人殺しになるのは明日かもしれない。



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